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献本を落としただけなのに・再燃

 天華に、あやめが作家だとバレた翌日。


「西城さん、ちょっといい?」


 天華の教室を訪ねたあやめは、廊下から彼女に声をかけた。


 天華は男ウケを気にしているが、真の美少女とは同性にも好かれるものだ。


 よって彼女に憧れているクラスの女子たちは、密かに反感を抱いた。


(八神君のウザ姉じゃん)

(地味眼鏡しか友だちのいない底辺が、天華ちゃんになんの用だよ?)


 しかし当の天華は、あやめの呼びかけに目を輝かせてガタッと席を立つ。


「え~っ!? 何、何、なんの用!?」


 天華の珍しい反応に、クラスメイトは目を丸くして問う。


「て、天華ちゃん?」

「あっ、話の途中なのにゴメン。友だちが呼んでるから、ちょっと行って来るね」


 天華は友だちに断りを入れると、あやめと一緒にいそいそと教室を離れた。


 残された友人たちは天華の背を見送りながら、


「と、友だち?」

「人気高校生モデルで学園のプリンセスが、あんな変人となんの友だち……?」


 と呆気に取られた。


 それから2人は人がいない場所を求めて、また屋上前の踊り場に来た。


「どしたん、先生? 先生が文猫ってことなら誰にも言わんから安心して!」


 ニッコニコで請け負う天華に、あやめは困り顔で返す。


「いや、念を押しに来たわけじゃないよ。それとどこで誰が聞いてるか分からんから、先生はやめてくれ」

「やったら、うちもあやちゃんって呼んでええ? そんでうちも、良かったら下の名前で……」


 もじもじと頼む天華に、あやめは首を傾げながら言う。


「天華ちゃん……テンちゃん?」

「うん、ええよ。テンちゃんで。あやちゃんだけ特別」


 「えへへ」と笑う天華に、あやめは目を丸くして助言する。


「テンちゃん、絶対そっちのキャラのほうが可愛いぞ」

「う~ん? でもこんなメロメロなんはあやちゃんだからで、一度関西弁を解き放ったら毒舌も出るからアカンわ」


 弟の大雅にはやや横暴なことからも分かるように、本来の天華はかなり気が強い。本気でキレると、口だけじゃなく手や足まで出るタイプだった。


 本人はその気性を恥じて封印したがっているが、あやめはニパッと笑顔で肯定する。


「毒舌キャラ、私は好きだぞ。いつか聞いてみたいな」

「ああ。相手の欠点まで愛するとか、あやちゃんの言葉の端々に文猫先生のエッセンスを感じる……」


 うっとりする天華に、あやめは照れ笑いで喜ぶ。


「テンちゃん、本当に私の話が好きなんだな。じゃあ、良かったら、これをもらってくれ」

「ん? なんなん?」


 あやめが天華に渡したのは例の本だった。


「ほぇぇ!? もしかして、これ秋津さんにあげてたんと同じ本!?」

「そう。私が献本としてもらった内の1冊。昨日サインが欲しいと言ってたから、それに書いてきた」


 推し作家からの神対応に、天華は本を抱き締めながら「へぇぇ……?」と放心気味に尋ねる。


「嬉しいけど、貴重な献本の中の1冊を、ぽっと出のウチがもらってホンマにええの?」


 自分にとって文猫は神だが、あやめにとっての自分は、まだ何者でもないはずだと天華は気おくれした。


「家族には何を書いてるか話してないし、私は他に友だちがいないから。全作品が好きなんて人は貴重だし、コミカライズが出たら布教するって言ってくれたのも嬉しかったから、テンちゃんにあげたい」


 あやめの心遣いに、天華は「ほぁぁ……」と改めて感動する。


「ホンマに神やん。ありがとう! これマジで一生の宝物にする! 漫画が発売したら箱で買って、友だち全員に配るわ!」


 天華はこの前も「コミカライズが出たら、小説嫌いの友人たちに布教したい」と言っていた。


 しかし当のあやめはありがたく思いつつも「いや」と遠慮する。


「そこまで布教を頑張らなくていいぞ。小説よりは漫画のほうが読みやすいだろうけど、それでも好き嫌いはあるし、押しつけはよくない」


 自分が好みじゃない作品をごり押しされるのが苦手なので止めた。


「う~! とにかくメッチャありがと~! でもこれはサイン付きやし、保管用にするわ! 閲覧用は自分で買って100回読む!」


 想像以上に感激する天華に、あやめは頬を染めて笑うと、


「そんなに好きになってくれて、私もありがとう」


 と礼を言って「じゃあね」と手を振って別れた。


 あやめが天華にサイン本をあげた翌日。


 夜、あやめは風呂上りに恭の部屋に来て尋ねた。


「へへ~っ、恭~。お姉ちゃん、今日はなんかいつもと違うと思わないか?」

「いつもよりウザい?」

「心理的な問題ではなく」


 ワクワクと返事を待つあやめを、恭は首を傾げながら見つめて答える。


「……いつもより髪が綺麗?」

「そう。前にデスティニーランドで会ったモデルの姉弟がいただろ? そのお姉ちゃんと仲良くなって、なんかいいトリートメントをもらった」


 あやめは上機嫌で、後ろ手に隠していた高級トリートメントを見せながら自慢する。


「へへ~っ。モデルの友だちなんてできたら、お姉ちゃん女子力上がっちゃうぜ~」


 あやめがほのか以外の友人の話をするなんて珍しい。


 あやめの喜びに水を差したくはないが、恭は遠慮がちに懸念を口にする。


「……それなんか賄賂(わいろ)じゃないのか?」


 姉は小学生の頃、何度か友だちができたと喜んでは、いつの間にか何も言わなくなった。どうやら弟狙いなのが判明し、そのたび縁が切れたらしい。


 笑顔で近付いて来る人間が、実は自分を利用しようとしている。


 また姉が無防備に人を信じて、裏切られたら嫌だと弟は心配だった。


 けれど、あやめは冷静に誤解を解く。


「最初はどうか知らんが、今はお前目当てじゃないぞ。なんと彼女は私の小説のファンだったのです。サイン本をあげたら、お返しにってくれたんだ」

「サイン本……? お前の本、もう出てんの?」

「発売はもうちょい先。彼女にあげたのは献本って言って、出版社からタダでもらったヤツ」


 サラッと説明するあやめに、恭はムッとして問う。


「それ、なんか出版記念の貴重なヤツじゃないの? 俺や母さんには未だに何を書いてるか教えない癖に、なんで赤の他人にサイン本をやるんだよ?」

「なんだよ~。お前もお姉ちゃんのサインが欲しいのか~?」


 姉はニヤニヤと肘で弟の腕を突いた。


 いつもなら違うとキッパリ否定するところだが、恭は不満そうに話を続ける。


「……別にサインが欲しいわけじゃないけど。家族も知らないことを他人と共有するのは、おかしいと思う」

「別に何もおかしくないぞ。前も言ったけど、趣味の世界は身内とじゃなくて、同好の士と共有するもんだからな」


 あくまで自分の世界に立ち入らせる気のないあやめに、恭は()れて追及する。


「結局何を書いてんだよ。いい加減教えろよ」

「お前には絶対に分からない世界だからダメ~」


 姉が本を出すと知った時から、恭はずっと読んでみたかった。


 まだ2人が子どもだった頃、あやめは即興の作り話を面白おかしく恭に語ってくれた。


 だから姉が受賞したと知った時、恭は驚くと同時にやっぱりと思った。自分の姉にはそういう才能があるのだと。


 どうやら女性向けの恋愛ものであることは、恭も知っている。ネットで酷評されがちな『なるぞ系小説』であることも。


 それでもあやめが書いたものなら、きっと面白いだろうと恭は思っている。それなのに姉は、自分には読ませてくれない。


(赤の他人にはサイン本までやってるのに)


 にわかに『姉の小説が気になる欲』が再燃した恭は、後日こんな行動に出た。

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