凸凹姉弟、湯けむり旅・翌朝
それから2人は宿の人が用意してくれた食事を一緒に取った。
「お前と風呂に入れたし、ご飯も美味しくて最高~。旅行に来て良かったな~」
「こっちはドッと疲れた」
「じゃあ、少し早いけど、もう寝る?」
「……寝る」
2人はベッドに移動した。ダブルなので離れて寝ることも可能だったが、せっかく広いベッドなのに、
「へへ~っ」
と、あやめは案の定、恭にギュッとくっついて来た。
「当然のようにくっついて来んな」
「やだ。お前といっぱいくっついて寝る」
「お前にくっつかれると寝れないんだよ」
「なんでだ? ドキドキするからか?」
笑顔でからかう姉に、弟はムッとして言い返す。
「違う。鬱陶しいから」
「でも心臓はドキドキしてる」
胸に耳を当てられた恭は、あやめの頭を軽く押し返して拒む。
「人の心音、勝手に聞くな」
「お姉ちゃんの心音も聞いていいぞ」
「お前の薄い胸に耳を当てて何が楽しいんだよ」
「まぁ、騙されたと思って、やってみ」
恭は渋々あやめの胸に耳を当てた。浴衣越しのささやかな膨らみの奥から、とくんとくんと規則的な鼓動が聞こえて来る。
あやめは珍しく自分より低い位置にある恭の頭を撫でながら話す。
「人の心音って、なんか落ち着くだろ? 本当かどうか知らんけど、一説には胎児の時に聞いた母親の心音を思い出して安心するんだってさ」
心音のせいか不明だが、恭は確かに自然と瞼が重くなるような心地よさを覚えた。
「気に入ったなら、このまま寝てもいいぞ」
気に入ったとは絶対に言いたくないが、離れがたくて無言になる弟に、姉は優しく頭を撫でながら告げる。
「おやすみ、恭」
「……おやすみ」
翌朝、旅館のダブルベッド。
「……おーい。恭君やーい」
「……うるさい。まだ寝る」
恭は目を閉じたまま腕の中にある華奢で柔らかい何かをギュッと抱きしめて、むずがるように顔を擦りつけた。
あやめは「……ん」と何かを堪えるような声を漏らすと、少し恥ずかしそうに注意する。
「そこでそんなことされたら、お前の髪がくすぐったいんだが?」
「は? 何……って!?」
恭は自分が顔を押し付けていた、滑らかで柔らかな何かの正体に気付いた。
慌てて起きようとしたが、
「おっと。いきなり動くな」
と、あやめがギュッと恭の頭を抱きしめる。
「やめろ! 変なもん押し付けんな!」
「そっちこそ暴れんな。いきなり離れると中が見えちゃうだろ。目を閉じて、ゆっくり離れろ」
「分かったから離せ……」
恭は昨日、あやめの胸に耳を当てたまま寝た。けれどパジャマやTシャツと違って、浴衣ははだけやすい。朝には、あやめの胸に直接顔を埋める形になっていた。
恭が離れた後。浴衣の乱れを直したあやめはベッドに乗ったまま、半笑いでからかう。
「へへっ、きょう太さんのエッチ」
お風呂を覗かれたトラえもんのヒロインのような台詞に、弟は赤くなった顔を歪めて言い返す。
「何笑ってんだよ。もしかして、わざとか?」
「言っとくけど、寝ぼけてお姉ちゃんの浴衣をはだけさせたのは紛れもなくお前だぞ」
浴衣の生地より素肌のほうが気持ち良かったらしく、浴衣の合わせ目に手を突っ込んで背中に腕を回していた。
そして自然と開いた胸元に、顔を埋めて寝ていた。あやめは浴衣の下に、何も着ていなかったのに。
普段一緒に寝る時も、朝には姉を抱きしめていることは多かった。しかし流石に寝ぼけて服の中に手を突っ込んだことはない。
「覚えてない……つーか、気付いてたなら抵抗しろよ」
「恥ずかしさよりも、放っておいたらどこまでやるんだろって好奇心が勝った」
「勝るな」
鋭くツッコむ弟に、姉は「でも」とあくどい顔で話を変える。
「寝ぼけてたとはいえ、お前がお姉ちゃんを脱がせたのは事実だからなァ。この責任は取ってもらうぞ」
「……責任を取るって、どうすりゃいいんだよ?」
恭は嫌な予感がしつつも罪悪感から、あやめの要求に従うことにした。
そんな弟に、姉は手をワキワキさせながら宣言する。
「目には目を、歯には歯を、おっぱいにはおっぱいをだ。お前もお姉ちゃんに生チチ触らせな!」
「絶対やだ!」
ところが5分後。あやめはベッドに仰向けになった恭の腹にまたがっていた。
「ひひっ、絶対やだとか言ってたくせに。やはり弟は、お姉ちゃんの奴隷」
「もういいだろ。さっさと退けよ……」
恭はあやめに浴衣を乱されて、露出した胸と腹筋を小さな手でペタペタ触られた。
恥ずかしさに耐えながら腕で顔を隠す弟に、姉は八重歯を見せて笑顔で拒否する。
「やだ。空手とボクシングで鍛えた弟の逞しい体、もっと堪能する」
「馬鹿。変態。セクハラ女」
悔しそうに罵る恭に、あやめはかえって「へっへっへ」と喜んで言い放つ。
「お姉ちゃん、心がモブおじさんだから、罵られたほうが興奮するぜ!」
「マジで性質悪い……」
結局あやめが満足するまで弄ばれた後、2人は浴衣から洋服に着替えた。
客室を出ると、あやめは「いや~」と清々しい笑みで感想を述べる。
「旅行という特殊イベントに相応しい楽しい朝でしたね!」
「こっちは朝から最悪だった」
「でもしっかりセクハラされたおかげで、お姉ちゃんに悪いなって気持ちは失せただろ?」
「今は殺意しかない」
不機嫌そうに睨まれても、姉はどこ吹く風で答える。
「じゃあ、いつものお前じゃないか。良かったな。攻略対象がお姉ちゃんだけのラブコメがはじまらなくて」
「なんだ、その地獄」
あやめはボケるだけボケると、さっさと話を変える。
「気を取り直して朝食バイキングに行こうぜ~。美味しいものを食べたら、お前の機嫌も直るさ」
「お前も少しは引きずれよ……」




