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凸凹姉弟、湯けむり旅・混浴

 話し合いが済むと、あやめはお部屋チェックを再開した。


「見てみ、恭。部屋についている露天風呂、すごく立派だぞ」


 あやめの後ろから露天風呂を見た恭は「おお」と感心する。


「露天風呂つきって、本当にいい部屋を取ったんだな」

「実は温泉には入りたいけど、知らない人と一緒は嫌だって私がワガママ言ったんだ。でも母さんと入るはずだったのに、1人は寂しいな」


 あやめは知らない人とは会うのも嫌だが、家族や友人など親しい相手にはベタベタしたいタイプだ。


 しかし、この場に親しい相手は恭しかいない。


「お前が一緒に入るか?」


 あり得ない誘いに弟は耳を疑った。


「……は? なんて?」


 驚く恭に、あやめは「ジュース1本余ってるけど要る?」と尋ねるくらいの気軽さで再び問う。


「こんなにいい風呂、1人で入るのはもったいないから一緒に入るか?」

「本気で言ってんのか?」


 当然だが、2人は家族とはいえ異性なので、混浴は恭が7歳の時に卒業した。しかも先に混浴を嫌がったのは、あやめのほうだったのに。


「ダメ? ここの温泉はにごり湯だし、浸かっちゃえば裸は見えないと思うぞ」

「見えなきゃ裸で混浴してもいいのか、お前は」

「いいじゃん、家族だし。お姉ちゃん、お前と温泉に入りたい~」


 あやめは恭に抱きついてベタベタとねだった。


 最初は「あり得ない」とか「おかしいだろ」と拒否していた恭だが――。


「ひひっ、相変わらず押しに弱いヤツ。これがエロ同人なら今頃大変な目に遭っていたぞ」


 姉弟は順番に服を脱いで露天風呂に入った。お湯はあやめの言うとおり、白く濁っていて鎖骨から下は見えない。


 けれど見えなければ裸でもいいとは、やはり恭には思えなかった。


「裸なのに平気で近づいて来んな」


 もともと狭い個室用の露天風呂。それにもかかわらず、あやめはさらに容赦なく距離を詰める。


「やだ! お姉ちゃんは裸だろうが、お前に近づきたい!」

「馬鹿か。羞恥心ねぇのか」

「普通にあるけど、お前の恥ずかしそうな顔を見るほうが楽しい」


 姉は典型的な迫られると逃げたくなり、逃げられると迫りたくなるタイプだった。


 変なスイッチが入ってしまっているあやめから逃げるように、


「見んな、馬鹿……」


 と恭は弱ったように、火照った顔を手で隠した。


「へっへっへ。お前の反応、本当にエロ……おっと! お姉ちゃん、今は裸だぞ! 迂闊(うかつ)に触ったら危ないんじゃないか!?」

「いつも以上に性質(たち)が悪い……」


 弟を完封した姉はニッコニコで述べる。


「完全な安全地帯からする一方的なセクハラは最高だぜ。お前と温泉に来て良かったな~」

「こっちは最悪だ……」


 一通り恭をからかって満足したあやめは、屋根の先に広がる夜空を見上げて呟く。


「当たり前だけど、露天だから空が見える。星空を眺めながら、弟と風呂に入るなんて非日常で楽しいな~」

「一応女のくせに、その余裕はどっから来るんだ……」

「お前こそ異性だからって、意識しすぎじゃないか? 母さんと風呂に入っても、そんな反応するのか?」

「そもそも母さんと風呂に入るなんて絶対に無い」

「じゃあ、お姉ちゃんとだから入ったの? お姉ちゃんのほうが好き?」


 あやめに顔を覗き込まれた恭はそっぽを向いて返す。


「知らない。押し切られただけ」


 言葉は否定しているが、行動だけ見れば、母とは絶対にしないことを姉には許すということだ。


 嬉しくなったあやめは「えへへ」と、恭の体の側面にピトッとくっついた。


 予期せぬ接触に恭はビクッとする。


「だからくっつくな!」

「いいじゃん。肩と腕はセーフティーゾーン」

「何もセーフティーじゃない……」


 段々と恭の呼吸が荒くなってきたことに、あやめは気付いた。顔どころか首まで赤くなっていると、心配して声をかける。


「お前、真っ赤だけど大丈夫? まだ入って10分くらいなのに、もうのぼせたのか?」

「お前が怒らせるからだ……」

「のぼせそうだったら先に上がっていいぞ?」

「……絶対にこっち見ない?」


 恭は裸を見られないか警戒しているらしい。


 よくセクハラをするあやめだが、意外と倫理観は強いので人が本当に嫌がることはしない。また恭の反応を面白がっているだけで、さほど男の裸に興味も無かった。


「流石に人の裸、勝手に見ねぇわ。ほら、あっち向いててやるから、さっさと上がれ」


 あやめが背を向けている間に、恭は先に露天風呂を出た。


 10分ほどして、あやめも露天風呂から上がり、部屋で待っていた恭と合流した。


「どうだ? お姉ちゃんの浴衣姿。可愛いか?」


 お決まりのくだりを笑顔でする姉に、弟は無愛想に返す。


「別に。花火大会の時にも見ただろ」

「普通の浴衣と旅館のやつって、ちょっと違くね? こっちのほうが着やすいし、部屋着感あって好きだな」


 そう言いながら、あやめはテーブルを挟んで恭の向かいに腰を下ろした。


「何? ジッと見て」


 首を傾げる恭に、あやめは少し照れたように笑って言う。


「いや、予期せずお前の浴衣姿を見ちゃったなって。濡れ髪の浴衣イケメン、最高だな」


 『美人は3日で飽きる』というが、毎日顔を合わせているあやめは異性なら必ず目を奪われるような恭の容姿に耐性がある。


 しかし今回のように見慣れない格好だと、


(ああ、コイツって本当にカッコいいんだな)


 と少し見惚れるのだった。


「弟を変な目で見んな」


 顔を歪める弟に、姉は浴衣の合わせ目を指しながら続ける。


「へへっ、もうちょっと前をはだけてくれると、お姉ちゃん喜ぶぞ」

「警察を呼ばれてぇのか」

「やめろ、母さんが泣く」


 通報を恐れた姉は弟へのセクハラをやめて話を変える。


「せっかくだから母さんに写真を撮って送ろうぜ。ちゃんと仲よくやってるところを見せたい」

「俺はいいよ。写真苦手だし」

「ダメ。一緒に撮るの」


 あやめは恭の隣に来ると、一緒に写真を撮った。ところがその写真を見て軽くガッカリする。


「自分で撮ろうと言ってなんだけど、お前と一緒に写ると顔面格差がエグいな。クラスの男子がブスって言うはずだわ」

「お前、クラスの男子にブスって言われてんの?」


 不穏なオーラを発する恭に、あやめは即座に訂正する。


「日常的に言われてるわけじゃないぞ。この間の学園祭みたいに、お前と比べるとって話」


 あやめの容姿は良くも悪くも人並みだ。好意があれば可愛く見えるし、悪意があればブスとも言える、ちょうど境目。ただ人見知りのあやめが好意を持たれることはほとんどないので、他人からの評価は自然と中の下くらいになる。だからあやめの自己評価もそのくらいだった。


「……俺の友だちはお前のこと、小さくて可愛いって」

「えっ、マジ? ちなみに友だちって、どっち?」

「主に小さいほうだけど、もう1人もお前のこと普通に可愛いって」


 自分が褒めるのは嫌だが、決してブスではないと伝えたくて恭は遠回しに教えた。


 それを聞いたあやめは「へ~」と素直に喜んだ。


 天華によるヘアメイクを拒んだように、自分を否定する者たちに気に入られる努力をするのは御免だが、素の自分を可愛いと言ってもらえれば普通に嬉しい。


 ところが姉の反応に、弟は途端にイラつく。


「嬉しそうにすんな」

「なんで? 喜ばせようとして言ったんじゃないのか?」

「お前がへこんでると嫌だけど、浮つかれるとムカつく」

「常に感情を中央値に保てと?」


 理不尽だと言いたげなあやめに、恭はぶっきらぼうに話を戻す。


「ともかくお前はブスではないから、他人の言うこと真に受けんな」


 弟の不器用な励ましに、姉は「へへっ」と笑うと、


「うん。お前が可愛いって言ってくれんなら、それでいいわ」


 と真横に座る恭の膝にポスッと頭を乗せた。


「可愛いとは言ってねぇ」


 恭は瞬時に否定しつつも、そのまま仲居さんが料理を運んで来るまで、あやめに膝を貸してやった。

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