マジですごい話
4月下旬の夜。
あやめは例によって恭の部屋を訪れると、ニマニマしながら話を切り出す。
「恭~。お姉ちゃんのすごい話、聞きたい?」
「別に聞きたくない」
どうせくだらない話だろうと恭は秒で拒否した。
「なんだよ、つれないな。マジですごい話なのに、本当に聞かなくていいのか?」
「なんだよ? マジですごい話って」
あんまり冷たくして拗ねられても面倒だと、弟は仕方なく姉の話を聞いてやることにした。
あやめの夢は小説家になることで、家族もそれを知っている。
小説家と言っても、図書館に置いてありそうな小難しいヤツではなく、漫画やアニメに近いいわゆるラノベだ。
あやめはネットの小説サイトにオリジナル作品を投稿しており、その流れでコンテストに応募したのだが、それが入賞したと言う。いちばんいい賞ではないが、10万円の賞金に加えて書籍化とコミカライズが確約されるらしい。
つまりあやめの作品が出版社の目に留まり、本になるということだ。
姉の報告に、弟は流石に驚いた。
「マジですごい話じゃん」
「だからすごい話だって言っただろ」
ケロッと返す姉に、弟は思わずカレンダーに目をやる。
「……今日エイプリルフールじゃないけど、嘘吐いてるわけじゃないよな?」
「お姉ちゃん、くだらない嘘と必要な嘘は吐くが、こんなバレた時に虚しいだけの嘘は吐かんぞ」
あやめは年中ふざけているが、意外と慎重なので、あとあと自分の首を絞めるような嘘は吐かない。
じゃあ、本当なのかと納得した恭は、放心気味に口を開く。
「前から『小説家になる』とは言ってたけど、正直、半分冗談かと思ってた。いつもヘラヘラふざけてて、人の作品については語っても、自分の小説については全然話さないし」
しかし実際はコツコツと作品を投稿し、これ以前にも短編がコミックアンソロジーの一遍として採用されたことがあるという。
「高校生で賞を取るって、しかも前にも短編が漫画化されたことがあるって、お前そんなすごかったのか……」
珍しく尊敬の眼差しを向ける弟に、姉は逆に顔をしかめる。
「やめろ。そこまでの称賛は求めてねぇ」
「なんだよ。褒められたくて自慢しに来たんじゃねぇのかよ」
「んにゃ。ただの成果報告」
あやめは吉報の大きさとは裏腹に、ドライな物言いで説明する。
「家族である以上、お前もお姉ちゃんの進路が気になるだろ? お前がさっき言ったとおり、なんの成果もないのに小説家になるって言っても寝言にしか聞こえんだろうし。いちおう『なんの見込みもないわけじゃないぞ』って示すために報告しただけ」
加えて本を出すと多額の印税が入るので、母に税金関係の相談をするために知らせる必要があった。それで恭にも話したらしい。
「それとお姉ちゃんが書いてるのは一般小説じゃなくて、いわゆる『なるぞ系』だからな。普通の小説よりは受賞や商業化のハードルが低いし、この1タイトルで小説家としての地位が確立するもんでもねぇ。つまりお姉ちゃんは、まだ何者でもねぇから過度な尊敬はするな」
小説家として成功する難しさは、その道を目指すあやめがいちばん分かっている。自分はようやくスタートラインに立っただけなので、ここで浮かれている場合ではないし、家族にも必要以上に期待して欲しくなかった。
あやめに注意された恭は、自分だけ浮かれているようで恥ずかしくなり、誤魔化すように発言を撤回する。
「別に多少見直しただけで、もともとそこまで尊敬してない」
「じゃあ、よし。後お姉ちゃんが受賞したとか本を出すとか他のヤツには言うなよ?」
「なんで? 守秘義務みたいなこと?」
出版社との契約上、言ってはいけないのかと恭は思った。
「それもあるけど、他人に自分の未完成の夢、踏み荒らされたくねぇ」
姉の言わんとすることが弟にはよく分からなかった。そのせいで、あやめの意向に反する質問をしてしまう。
「他人って、どこまで? 親戚とかには言っていい?」
「なんでわざわざ親戚に話すんだよ?」
嫌そうな顔を見れば答えは自ずと知れたが、恭は気まずそうに言葉を続ける。
「だって言えば、皆お前のこと見直すだろ」
親戚に限らずあやめを知る者の多くは『優秀な弟と違って、なんの取り柄もない取るに足らない人間』として姉を見ている。
でも高校生で本を出すと知れば、周りは皆あやめをすごいと見直すだろう。なんならこれからは恭のほうが『お姉ちゃんはすごいのに』と言われるようになるかもしれない。
ところがあやめは呆れ顔で、恭の考えを否定する。
「さっきも言ったけど、一般小説とは違うんだぞ。ネット小説の賞を1回取って本を出したくらいじゃ、褒められるどころか『それで小説家として食べていけるなんて勘違いしなきゃいいけど』とか話のネタにされるだけだね」
「捻くれ過ぎだろ」
反射的にツッコんだが、あやめの見立てにも一理あると恭は思った。1回結果を出しただけでは『そのくらいで調子に乗るなんて馬鹿だ』と否定する者も確かに居るだろう。
それがさっきあやめが言っていた『他人に未完成の夢を踏み荒らされたくない』ということなのかもしれない。
「とにかく、お姉ちゃんも母さんとほーちゃんにしか言ってないんだから、お前もそれ以外の人には絶対に言っちゃダメ」
他人はともかく親戚くらいには言いたい気持ちが、やはり恭にはあった。本人以上に弟のほうが、姉が周囲に低く見られることを嫌っている。
ただあやめが危惧するとおり、未完成の夢を無防備に晒して否定されたら、大事な分だけ傷つくだろう。
そう考えた恭は、大人しくあやめの意向に従うことにした。
「……お前が秘密にしろって言うならそうするけど、本になるくらいちゃんとした小説なら俺も読みたい。どこで読める?」
「あ? 読ませるわけないだろ」
「なんでだよ」
ムッとする恭に、あやめはくわっと牙を剥いて吠える。
「お姉ちゃんが書いてるのは女性向け恋愛小説だぞ! 別に男でも純粋に好きで読むならいいけど、『家族が書いてるから~』なんて理由でニワカが踏み込むでねぇ!」
「禁域を護る老婆みたいな言い方をするな」
「ともかくお前と母さんには本が出るって知らせただけ。その内容について教える気は永遠にねぇ。じゃっ、そういうことで」
あやめは早口にまくしたてると、さっさと恭の部屋から退散した。
置き去りにされた恭は、
「どうでもいいことはペラペラ話すくせに、あの秘密主義……」
と不満そうに閉じたドアを睨んだ。




