レディをキラーする話・結果
恭が香水をかけられてから2時間ほど経った昼休みの教室。
陽太はクラスの女子たちを軽く見回しながら口を開く。
「今日はいつにもまして女子たちが、恭にうっとりしてんね。やっぱ俺も買うべきかな!? あの香水!」
「まぁ、マジレスすると、イケメンがいい香りさせてるから女子に響くんであって、効果は人によると思うな」
苦笑いでツッコむ槇をよそに、
「俺、ちょっと水道で臭いを落として来るわ……」
と恭はげんなりしながら水道に向かった。
恭が廊下を歩いていると、あやめが声をかけてきた。
「おっ、恭だ。何してんの?」
「なんか変なヤツに香水かけられて、落としに行くとこ」
「香水? どんな匂い?」
「おい。嗅ぐなよ」
「え~? すごくいい匂いじゃん。つけておけばいいのに」
姉の反応に、弟は意外そうな顔で尋ねる。
「お前、香水好きなの? 軟派なヤツ嫌いなくせに」
あやめは化粧したり香水をつけたりしているようなチャラい男は嫌いなはずだ。
その認識は間違いではないが、この香水については気に入ったらしく、あやめはこう述べる。
「香水が好きなわけじゃないけど、これはいい匂い。う~ん。ここが家なら、もっとじっくり嗅がせてもらうのにな~」
「嗅ぐな」
「でも本当にいい匂いだよ。落としちゃうなんてもったいないな」
「いいから、もう行けよ。学校でベタベタすんな」
「ちぇっ、恭のケーチ」
あやめが立ち去った後、恭は水道でできる限り香水を落とした。
けれど、その帰り。
恭は教室に戻る前に、自分から大雅に会いに行った。
「……なぁ」
「わっ、何!? 無理やり香水かけたから怒ってる!?」
制裁に来たのかと怯える大雅に、恭は「そうじゃなくて」と否定すると少し言いにくそうに頼む。
「……やっぱ、さっきの香水くれ」
「えっ? すごく嫌がってたのに、どういう風の吹き回し?」
お試しで気に入ってくれればと願っていた大雅だが、望み薄だと諦めていた。
しかし恭はばつが悪そうに目を逸らしつつ、ボソボソと答える。
「……友だちが高い香水だって言うから、もらっといたほうが得かなって」
「へ~? 八神も意外とそういうところあるんだ。でも本当にいい香水だし、もらっといたほうが得だよ。じゃっ、これ」
「どうも」
その夜の西条家。
「なぁなぁ。八神君、香水もらってくれた?」
「最初は嫌がっとったけど、高い香水だと知ったら、もらってくれたわ。意外とがめついところあるなアイツ」
大雅としては「人間らしいところあるやん」と逆に親しみが湧いた。
弟の報告に、姉の天華も歓喜して声を弾ませる。
「ともかくもらってくれたんやな!? じゃあ、そのうち学校にもつけて来るかもしれんよね! や~、次会う時が楽しみやな~!」
一方。いつものように恭の部屋に遊びに来たあやめは、あることに気付いた。
「あれ? まだあの香水の匂いがする。風呂に入ったのに、匂い取れなかったのか?」
「違う。プレゼントだってもらったから、使わないのももったいないし、家でつけることにした」
弟の返事に、姉は不思議そうに首を傾げる。
「なんで家で? 香水は普通、外でつけるもんだぞ」
「これをつけるとやたら女子が寄ってくるから、外ではつけない」
「確かにいい匂いだもんな。へっへっへ、このルックスでこの匂いは、確かに女を狂わせるな」
「人の匂いを嗅ぎながら変なことを言うな」
恭が冷たく返すも、あやめは弟の膝に横から腹這いになって言う。
「やだ~。お前がお姉ちゃんの前で、いい匂いさせてんのが悪い~」
「……ゴロゴロしやがって。またたびを嗅いだ猫か」
「そうかも。ニャ~。お前の匂いに酔わされた~」
姉は弟の腕を抱き締めながらじゃれた。
「……お前はいつも酔っぱらってるようなもんだろ」
恭は憎まれ口を叩きながらも、自分の膝で寛ぐあやめの頭を撫でた。
月曜日の朝、高校の昇降口。下駄箱から上履きを取り出す恭に、陽太がハイテンションで声をかける。
「恭! 俺も買ったよ、レディキラー! お年玉貯金を崩して! どう!? いい匂い!?」
相変わらず全力で軟派な友人に、恭は呆れ顔で返す。
「いい匂いだけど、学校に香水をつけてくるのはどうかと思う」
「だって女の子がいるところでつけなきゃ意味ない! それに匂い付きの制汗スプレーとかワックスとか使ってる人は多いし、香水だって言わなきゃバレないと思う!」
「まぁ、好きにしろ」
2人は一緒に教室に向かった。
その途中の廊下。恭とすれ違うべく2年の廊下をウロウロしていた天華は、例の香りに気付いて言う。
「あっ、この匂い。もしかして弟があげた香水? ちゃんと使ってくれてるんだ。すごくいい匂いだよね!」
やっとつけてくれたんだと喜んで話しかけるも、恭は「いや」と否定する。
「俺は学校で香水つけないんで。今つけてんのはコイツです」
「えっ?」
学校一の美人に声をかけられたと思った陽太はニッコニコでアピールする。
「俺も買ったんです、レディキラー! 本当にいい匂いですよね! 良かったら、もっと嗅ぎますか!?」
「あ、ありがとう。大丈夫……」
失意の天華はフラフラと自分の教室に戻った。
その後。恭の教室。陽太が例の香水をつけていることを知った女子たちはヒソヒソと言い合う。
「陽太のヤツ、レディキラーを買ったんだって」
「どんだけ女にモテたいんだよ……」
「必死すぎてキモいよね……」
さらに軽蔑の目で陽太を見ながら、不愉快そうに鼻を押さえた。
「なんでぇぇ!? なんで俺と恭でこんなに反応が違うのぉぉ!?」
大袈裟に嘆く陽太に、
「まぁ、そもそも『女にモテる香水をつけてる』なんて、あんまり言うもんじゃありませんよ……」
と槇は控えめにツッコんだ。
【オマケのレディキラー】
恭が家で香水をつけるようになって3日。
初日はいい匂いだと喜んでいたあやめだが、夜、リビングのソファに座る弟の匂いを嗅いで、
「お前この香水、本当になくなるまでつけるの?」
と微妙な顔をした。
「なんで? この匂い、好きなんじゃないのか?」
もしかして香水をつけすぎたのか? と恭は考えた。
しかし、あやめが香水を嫌がったのは別の理由だった。
「最初はいい匂いだと思ったけど、お前の匂いが分からなくなるからやだ」
「俺の匂いって……」
「まぁ、もらったのに使わないのは、もったいないって気持ちは分かるけど。お前の匂いがいちばん好きだから、やっぱ香水は苦手だわ」
恭の匂いが好きなのもあるが、洗練された香りをまとった弟は際立って整った容姿も相まって、どこか遠い存在に感じられた。
あやめは嗅ぎ慣れた匂いが大人の香りに上書きされてしまったことに少し寂しそうな顔をすると、早めに自室に引き上げた。
翌朝、教室に入るなり恭は槇を呼び止める。
「槇、これ要る?」
「これ、あの香水じゃん。どうしたの?」
「……結局アイツにもらったんだけど、しばらく使ってみて合わなかったから。槇、要るかなって」
恭の申し出に、槇は「へぇ、ラッキー」と明るく笑うと、
「じゃあ、もらうわ。ありがとな」
と、もともと欲しかったので喜んでもらった。
ところが無防備に香水をもらう槇に、陽太がクワッと警告する。
「その香水は危険だよ、槇! 生半可な男が誘惑の香りをまとったら、逆に女子に嫌われるんだよ!」
さんざん女子に白い目で見られた陽太は、同じ轍を踏ませまいと槇を止めた。
けれど、その会話を聞いていた女子たちは、
「槇はいいよ。普段からオシャレだし」
「許せないのはアンタだけ」
と次々に無慈悲な発言で陽太を打ちのめした。
「なんで俺だけ~!?」
本人は嘆いているが、槇のオシャレは純粋な趣味で、陽太のオシャレは女を釣るため。その違いによる反応の差なのだが、大雑把な陽太には分からなかった。
その夜。台所で弟と出くわした姉は「あれ?」と気付く。
「香水やめたのか?」
「……友だちがあの香水を欲しいって言うから、やった」
鬱陶しい香りが消えたことに、あやめは「そうなんだ」とパッと笑う。
「やっぱお前は香水をつけないほうがいいよ。そのままがいちばんいい匂い」
嬉しそうに恭に抱きついて、嗅ぎ慣れた匂いのする胸に顔を埋めた。
「好きな匂いだからって嗅ぎにくるな」
「お前の匂い久しぶりだから、やーだ」
口では嫌がりながらも押し返しはしない弟に甘えて、姉は久しぶりの匂いを堪能した。




