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レディをキラーする話・発端

 夜、西条家。大雅の部屋。


「八神君にメッチャ似合いそうな香水を見つけてん」


 どや顔でメンズ用の香水を見せてくる天華に、大雅は呆れ顔で返す。


「なんで恋人でもない男に香水を買ってんねん」

「ええから、ちょっと嗅いでみ! バリええ匂いやから!」

「ああ、確かにええ匂い」


 大雅に褒められた天華は「そうやろ」とご満悦で語り出す。


「これ『女を酔わせる香り』ってコンセプトで開発された『レディキラー』って香水やねん。これホンマ女子はみんな好きやと思うわ。メッチャええ香りやから八神君につけて欲しい!」

「なんで八神につけさせたいねん。香水が気に入っただけなら自分で嗅いでりゃええやんか」


 至極真っ当な疑問を抱く弟に、姉は真剣に問い返す。


「アンタはええ匂いの香水と、ええ匂いの女の子、どっちが好きやねん」

「そりゃ、ええ匂いの女の子のほうがええけど」

「そやろ!? やからうちも八神君にええ匂いをまとって欲しいねん! そんですれ違いざまに嗅ぐ!」

「ああ、うちの姉ちゃんが結構な変態に……」


 ドン引きする大雅に、天華はふくれっ面で怒鳴る。


「ええやんか! 好きな人に、ちょっとええ香水をつけさせるくらい! なんも迷惑なことないやんか!」

「せやけど、恋人でもない天華ちゃんがどうやって八神に香水つけさすねん? アイツ、女子からのプレゼントは、バレンタインチョコすら一切受け取らんらしいで」


 現状、女子と付き合う気のない恭は、好意に応えられないのにプレゼントだけ受け取るのは気が引けると全て断っていた。


「そう。硬派な八神君は女子へのガードがガチガチに堅い。やからアンタがうまいこと言って八神君に、この香水をあげてきて!」

「嫌や~! なんで僕が!?」


 デスティニーランドの一件で、大雅はすっかり恭が苦手になっていた。


「ええやろ! いつかアンタに好きな子ができたら、姉ちゃんがサポートしたるから!」

「そんないつかの約束、絶対に守らんやろ。どうしても協力せぇ言うなら、現物支給にしてや」

「現物支給って何が欲しいねん?」

「僕にもこの香水ちょーだい?」


 人懐こい笑顔でねだる大雅に、天華はうげっと顔をしかめる。


「嫌や~。アンタみたいなヘタレにレディキラーなんて香水、絶対に似合わんわ」

「そんな意地悪を言うなら絶対手伝わん」


 弟の機嫌を損ねた姉は仕方なく折れる。


「分かった。香水は買うたるわ。その代わり、うちの前では絶対につけんといて」

「絶対につけんなって、なんで?」


 不可解そうに尋ねる大雅に、天華はキッと言い放つ。


「うちの中でレディキラーはもう八神君の香りやねん! アンタから香っとったら、解釈違いやから!」


 恋する乙女というより、過激派オタクのような発言をする姉に、弟はジト目でぼやく。


「一緒に暮らしとるのに自分の前でつけんなと言われても……まぁ、これ以上ごねて香水買ってもらえんのも嫌やし、なるべくそうするわ」


 後日。大雅は姉との約束を果たすために、休み時間に恭のクラスに来た。


「八神~。いいものやろっか」

「要らねぇ。失せろ」

「すげー拒否だな」


 恭が同性に、ここまで険悪な態度を取るのは珍しいと槇は瞠目した。


「その人、女子に人気の人だよね? 恭とは全然タイプが違うけど、いつ知り合ったの?」


 陽太の問いに、大雅は愛想よく答える。


「この間うちの姉とデスティニーランドに行った時に、偶然一緒になったんだ。まぁ、八神はこのとおり、俺が気に入らないみたいで超塩対応だったんだけど」

「お前らが妙に付きまとうからだよ。今日はなんなんだよ?」


 恭がイライラと用件を尋ねると、大雅は内心の恐怖を隠して笑顔で告げる。


「だから今日はこの間、せっかくの遊園地を邪魔しちゃったお詫び。これ俺のおすすめの香水なんだ。八神に似合うと思うから、やるよ」


 という口実で、例の香水をあげようとした。


 この申し出に、傍で聞いていた陽太のほうがハイテンションで食いつく。


「え~っ、すごい! 香水だって! なんか大人な感じ! 流石モデルさんはお詫びの品もシャレてるね!」

「あっ、これ俺も気になってたヤツだ。『女を酔わせる香り』だって。今評判らしい」


 槇の一言に、陽太は「えっ!?」と反応する。


「『女を酔わせる香り』!? それをつけると女子にモテるってこと!?」

(女子もいるところで大声でそんなこと言うか?)


 大雅は陽太の振る舞いに密かに呆れつつ、


「まぁ、女子が好きな香りではあるらしいよ」


 と控えめに答えた。


「いいなぁ、恭! そんなモテ香水もらって! どんな匂いなの!? 俺にもひと吹きちょうだい!」


 興味津々の陽太に、恭は冷めた態度で提案する。


「じゃあ、お前がもらえよ。俺は要らないから」

「え~、八神のために持ってきたんだから、八神がもらってよ~」


 なんとか姉のお使いを果たそうと大雅が粘るも、恭は頑なに拒否する。


「俺は香水なんてつけないし、女にモテたいとも思わない」

「まぁ、そう言わず、えい」

「うわっ!? 何すんだよ!?」


 大雅は強引に恭に香水を噴射した。近くにいた陽太と槇は、くんくんと恭の匂いを嗅いで、


「おお~。これがモテる男の香り。確かにいい匂い」

「う~ん。いいなぁ。俺も買いたいけど、高いんだよなぁ」


 と口々に感想を述べた。


「じゃっ、今日はお試しってことで。これで」


 大雅はまた恭に凄まれる前に、香水を持って速やかに退散した。


 恭はその背中を睨みながらイライラと呟く。


「いきなり人に香水を振りかけて。なんなんだ、アイツ……」


 大雅が去ると、すぐに話を聞いていた女子たちが寄って来る。


「八神君、香水つけてるの?」

「私たちも嗅いでいい?」


 単にどんな香りなのか気になるのもあるが、彼女たちは常に恭との会話の糸口を探している。


 女子に群がられる友人を見た陽太と槇は、口々にこうコメントする。


「はっ!? さっそくレディたちがキラーされてる!?」

「恐るべしレディキラー」

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