遊園地・1
デスティニーランドには、11月の最初の休日に行くことになった。
夜、八神家のリビング。姉弟は並んでソファに座りながら、タブレットを手にあれこれ計画を立てる。
「ほーちゃんが言うには、デスティニーランドには動物耳のフードがついたアニマルポンチョっていうのがあって、ティーンの間で流行ってるらしい。付け耳カチューシャの代わりに、お姉ちゃんも買っていいか?」
「どんなの?」
「こんなの」
あやめが見せた画面には『猫耳ポンチョ(黒)』を着た女の子が映っていた。
「お前、学園祭でも猫だったくせに、また猫になるの?」
「だって猫可愛いじゃん……お前は可愛くないって言うのは禁止な!」
「別に何も言ってないだろ。好きにすれば?」
弟の許可を得た姉は、デスティニーランドのアトラクションやフードを調べながら、
「へへ~っ。これを着て、お前にニャンニャン甘えちゃお」
と言って恭にもたれかかった。
「……こんなの着なくても、いつも甘えてるくせに」
「お姉ちゃんの本気はこんなもんじゃねぇ! まだまだ行くぜ!」
「来るな」
「やだ。行く」
姉は笑いながら、弟の頬にチュッとキスした。
「……日常的にキスすんな」
「日常なんだから慣れろ~」
あやめはソファーの上で膝立ちになると、恭の肩に両腕を回して、さらに深く顔を寄せた。柔らかな唇が頬や額に何度も触れる。その感触に恭は顔を歪めながら苦情を述べる。
「隙あらばキスして……また口に当たったら、どうすんだよ」
「ラッキーって思う」
「……変態」
顔を伏せる弟に、姉は満面の笑みで尋ねる。
「口ではそう言いつつ、本気で逃げないのはなーんでだ?」
「知らん……でもお前にキスされたいからでは絶対に無い」
そう言いながら、やはり恭は顔を背けるだけで逃げも押し返しもしなかった。
「へっへっへ。なんにせよ本気で逃げない限り、お前はお姉ちゃんの餌食だぜ」
「俺が嫌がったって、どうせ勝手にするくせに」
「お前が本気で嫌なことは、お姉ちゃん、しないぞ」
あやめは真顔で言うと、恭の顔を覗き込んで問う。
「お姉ちゃんにキスされるの、本当に嫌?」
どう答えればいいか分からず、恭は声を詰まらせた。
姉弟のどちらかが再び口を開く前に、玄関のドアがガチャッと開く。
「あっ、母さんが帰って来た」
あやめは恭からパッと離れると「お帰り~」と母を出迎えに行った。
「あら、リビングにいたの? お出迎え嬉しい~」
それから親子は3人で夕食を取った。
「えっ? 今度2人でデスティニーランドに行くの? お金は?」
「恭が学園祭でデスティニーランドのペアチケットをもらったから、それで」
あやめたちの報告に、母は「いいな~、2人だけ」と羨ましがる。
「お母さん、自腹を切るから、どうせなら久しぶりに家族3人で行かない?」
思いがけない母の提案。母に対してはいい子でいたいあやめには断れず、
「あ~……じゃあ、3人で行く?」
と困り笑いで了承した瞬間。
「俺はやだ。この年で家族とテーマパークなんて」
「ええっ!? なんで!? あやめとは行くのに!?」
母はあからさまにショックを受けたが、恭は頑なに拒否を続ける。
「だってコイツだけなら周りからは家族だと思われないし。でも母さんが一緒だと、明らかな家族連れになるだろ」
「うぅ、最近お母さんと出かけてくれないと思ったら、そんな理由が。母親と外出なんてダセェとか、そういう年頃なのね、恭」
息子に邪険にされて悲しむ母を、あやめは即座にフォローする。
「私は母さんのお供、喜んでするぞ。今度2人でどっか行く?」
「そうね! 恭がお母さんに意地悪するなら、こっちはあやめと2人で女子旅しちゃうんだから!」
「勝手にどこにでも行け」
食事が終わった後。あやめは自室に戻る恭について行くと、先ほどの母への態度を注意した。
「お前も年頃なのは分かるが、もう少し母さんに優しくしてやれよ」
「なんだよ、自分だけいい子ぶって。お前だって母さんが一緒に行くって言った時、微妙な顔してただろ」
弟の指摘に、姉は「あ~、なんかな~」と気まずそうに笑って認める。
「母さんには悪いけど、お前と2人で行きたいと思っちゃった」
「……だったら、いいだろ。2人で行けて」
「それはそれとして、母さんが可哀想だって気持ちはあるわけよ。だから恭には母さんへのフォローを求めます」
「フォローって何すりゃいいんだよ?」
恭としても女手一つで自分たちを育ててくれている母を蔑ろにしていいとは思っていないので、素直に聞き返した。
「『さっき言い方がキツかったらゴメン』とか『母さんが嫌いなわけじゃないから』みたいな」
けれど、あやめの指示に、恭は微妙な顔をする。
「……確かに言い方がキツかったかもしれないし、母さんが嫌いなわけじゃないけど、わざわざ言いに行くのはなんかやだ」
「この反抗期め。父さんの保険金があるとはいえ、女手一つで子どもを育てるってメッチャ大変なんだぞ。心で想うだけじゃなくて、ちゃんと言葉にして労わんなきゃダメだ」
姉弟もそれぞれ家事を手伝っているが、あやめは創作、恭は部活があるので、やはり母の負担がいちばん大きい。
だからせめて母が笑顔でいられるように、あやめは優しくするように心がけていた。
「分かったよ。じゃあ、スマホで伝えとく」
「よしよし偉いぞ……って、それ、完全にさっき私が言った台詞じゃねぇか。ちゃんと自分の言葉で言えよ」
「やだ。これが俺にできる最大限の譲歩」
あやめが出した例文を、恭はそのまま母に送った。
すると、すぐに母から返信が届く。
『分かってるから大丈夫!』
『私も大好き!』
と怒涛のようなメッセージに続き、『チュッチュ』『ビッグラブ』とダメ押しのスタンプ攻撃。
無言でスマホを見下ろす恭に、あやめは横から薄笑いで指摘する。
「こら、母の愛に死んだ目をするな」
「違う。お前との血縁を感じただけ」
愛情過多だと言いたいらしい弟に、姉はあえてベターッとくっつく。
「いいだろ~? 母さんとお姉ちゃんに、こんなに愛されて幸せだろうが~」
「俺が母さんを鬱陶しく感じるの、お前の相手だけで手いっぱいだからかもしれないわ」




