学園祭・2
学園祭当日。劇や演奏などの大掛かりな出し物は、体育館のステージを借りて交代で行う。
恭のクラスメイトたちが、衣装や大道具の準備をする合間。
「今日の劇どうなるだろう?」
「八神君、けっきょく練習じゃ一度も『愛してる』って言ってくれなかったもんね」
「八神君は真面目だし、本番でもスルーなんてことはしないだろうけど……」
心配そうに言い合う女子たちをよそに、担任がナレーションの子に声をかける。
「もしものことがあっても柔軟に対応できるように、締めのナレーションは特に気を引き締めてね」
「えっ!? 私にかかってるんですか!?」
本番10分前。舞台袖で出番を待つ演者たちのもとに、あやめが不敵な笑みでやって来る。
「見に来てやったぜ、恭~」
「全く呼んでない」
いつもどおり塩対応の恭の軍服姿を、あやめはしげしげと見つめて評する。
「実際の軍服と違うけど、こっちのほうが舞台映えするな。やはりイケメンの軍服姿は正義! これだけで名作確定だな!」
上機嫌の姉と違い、弟は不安そうに尋ねる。
「本当にあれでうまく行くのか?」
「お姉ちゃんを信じろ。脚本家は気を悪くするかもしれないけど、劇としては成立するはずだぞ」
あやめが平然と請け負うので、恭はなんだかホッとした。
「もし失敗したら、お前にメチャクチャ八つ当たりするわ」
「じゃあ、ちゃんと成功したら、お姉ちゃんにいっぱい感謝しろ~」
「考えとく」
恭と別れたあやめは、ほのかが待つ客席に向かった。
それからすぐに劇がはじまる。
本作はヒロイン視点の恋愛ものだが、花形は若きイケメンエリート軍人の恭だ。
脚本担当の生徒は、もともと恭をイメージして書いたので、自分と大きく違うキャラを演じる難しさは無い。
それでも相応の演技力は必要になるが、恭はそつなくやってのけた。
「恭君、すごい。素の恭君に近いキャラではあるけど、演技も上手だし、本物の役者さんみたいだね」
「えへへ。まぁ、自慢の弟なので」
と感想を言い合うのは、ほのかとあやめだけではなかった。
「や~ん! 八神君、カッコいい!」
「王子じゃなくてあえて軍人なのが! 硬派な八神君のキャラに合ってる!」
「八神君の衣装を作った人、天才かよ!」
「写真集欲しい~!」
「お願い! デビューして!」
など恭のファンの女子たちも大いに盛り上がった。
ここまでは好調だが、やがて問題のシーンに差し掛かった。恭が拒否したせいで、読み合わせすら一度もできていない部分。
恭と2人きりで舞台に立つヒロイン役の子は、
(問題の告白シーンだ。八神君、ちゃんと言ってくれるかな?)
と内心ハラハラしていた。流石に自分が甘い台詞を言われたいよりも、劇が失敗しないかの心配が勝る。
そんな彼女を恭は静かに見据えて口を開く。
「子どもの頃から」
(あっ、良かった。流石にちゃんと言ってくれるっぽい)
けれどヒロイン役の子の予想に反して、恭はこう続ける。
「いつか必ずお前を手に入れると決めていた」
(えっ!? なんか台詞が違くない!?)
ヒロイン役の子が僅かに狼狽える。
しかし恭は有無を言わせぬ態度でヒロイン役の子の腕を取ると、腰に手を回して引き寄せて命じる。
「黙って俺のものになれ。拒否は許さない」
「ひゃ、ひゃい……」
突然の至近距離に真っ赤になった彼女の反応は、劇の流れに自然とハマった。
恭の大胆かつ強引な求婚に、客席からひと際大きな歓声が上がる。
ナレーションの子もしばし呆然としていたが、ハッと我に返ると締めの言葉を言う。
「こ、こうして叶うはずのなかった雛子の初恋は、思いがけず成就したのでした」
舞台の幕が下りた後。
「や、八神君。最後の台詞って……」
ヒロイン役の子に問われた恭は、すまなそうな顔で謝る。
「……ゴメン。どうしても愛してるって言いたくなくて、勝手に台詞を変えた。劇をメチャクチャにしてゴメン」
ウケたからいいという問題でも無いと、軍帽を取って頭を下げた。
「いや、いいよ! 全然メチャクチャになってないし! むしろメチャクチャ良かった!」
真っ先に声を上げたのは脚本を書いた生徒だ。
同じく物書きであるあやめは『勝手に台詞をいじられるの、脚本の子は嫌がるかも』と危惧していた。
ところが本人は、
「いいのか、あれで?」
と問う恭に、興奮気味に答える。
「自分で言うのもなんだけど、『愛している結婚してくれ』なんて、あまりに平凡すぎる台詞だし! 『黙って俺のものになれ』からの『拒否は許さない』! ワイルドですごく良かった!」
あやめよりも寛容なタイプのようで快く許してくれた。
さらに他のクラスメイトたちもハイテンションで同意する。
「ねっ! 客席も大盛り上がりだったし!」
「私もすごくときめいた~!」
「次回からの公演は、さっきの台詞を正式に採用しよう! そのほうが盛り上がるから!」
「分かった。ありがとう」
無事に劇を切り抜けられて、恭はホッとした。
人心地つくと弟はすぐに、スマホで姉にメッセージを送った。
『劇なんとかなった』
『そうだろ、そうだろ。お姉ちゃんを称えよ!』
あやめのボケをスルーして、恭は追加のメッセージを送る。
『礼はするからなんか言え』
『お礼はハグとチューでいいぞ』
どこまで本気か分からない回答に、恭は『セクハラ以外』と返信した。
『じゃあ、劇の衣装を着てる写真』
『そんなもん撮ってどうする?』
『メッチャ似合ってたから保存してニヤニヤする』
いつもなら即座に断るところだが今回は助けられたので、
『……ものすごく嫌だけど分かった』
と返してスマホを仕舞った。
それから恭は槇を見つけて声をかけた。
「槇。俺の写真、撮ってくれ」
「ん? どうして? 誰かに送るのか?」
「劇の台詞を変えただろ? あれ考えたのうちの姉で、その礼に写真を寄越せって」
恭の説明に、槇は「へ~、そうだったんだ」と目を丸くするとニコッとして言う。
「でも台詞を考えた礼に写真を寄越せって。本当にお前が好きだな、恭のお姉さん」
「……ウザくて困るわ」
軍帽を目深に被りながら言う恭のもとに、
「あの、八神君。良かったら、私たちも八神君の写真が欲しいなって」
と話を聞いた女子たちが、おずおずと寄って来た。
「……悪いけど、他人に自分の写真を持たれんの好きじゃない」
「うぅ、でもせっかくの学園祭だし、お姉さんにあげるなら、私たちにも記念に1枚……」
「それはいちおうアイツへの礼だから。他人にはやだ」
「わ、分かった……」
頑なに拒否された女子たちは、すごすごと去って行った。
その様子を見た槇は苦笑いで口を開く。
「写真くらい撮ってやればいいのに。どうせお前の写真、勝手に撮ってる子いるぞ」
「だとしても嫌であることは表明しておく」
「となると、お前の写真って貴重だな。俺も1枚もらっておこうかな?」
槇の発言に、恭は不可解そうに首を傾げる。
「俺の写真なんか撮ってどうすんだよ?」
「『俺の友だちイケメンだろ~?』って母さんと妹に自慢する」
「やめろ」




