学園祭・1
10月中旬、修学旅行が終わったと思ったら今度は学園祭だ。
ただでさえ2年生には忙しいスケジュールだが、さらに気の重い問題が恭を襲った。
「もうすぐ学園祭だな。恭のクラスは何をやるの?」
夜。いつものように部屋を訪れたあやめの質問に、恭は渋面で答える。
「……劇」
「その浮かない顔! さては主役級の役を任されたな!?」
「なんで分かるんだよ……」
うんざり顔で問う恭に、あやめは当然のように返す。
「こちとらもう17年もお前の姉をしてるんだぞ。弟の身に起こりそうなことはだいたい分かる。で、どんな劇?」
「もう台本は出来てて……こんな劇らしい」
弟から受け取った台本を、姉はペラペラとめくって確認した。
「へ~、すごい。オリジナルの劇なんだ。しかも王子様が出てくる謎ファンタジーじゃなくて、大正ロマン風の恋愛もの。しかも、お前の役はエリート軍人なんだ? じゃあ、軍服とか着る感じ? 絶対に似合うじゃん。楽しみ~」
あやめはワクワクしているが、恭は不機嫌に愚痴る。
「こっちは全然楽しみじゃない。なんでこんな茶番をやらなきゃいけないんだ」
役を振られた時に断ったが、クラスメイトにしつこく頼まれて、しぶしぶ引き受けた。
「まぁ、そう言わず、やるとなったからには完璧に仕上げろよ。恥ずかしいからって手を抜くほうがダサいぞ」
「……じゃあ、練習付き合え」
「え~、面倒臭い」
「うるせぇ。お前も俺の苦労を知れ」
小説とコミカライズの出版を控えたあやめは高校生作家と言っても過言ではない。学業は半ばぶん投げているとは言え、それなりに忙しい。ただこの弟には日頃から助けられている。
「う~ん。まぁ、私も前に体育祭で、お前に助けられたし。ちゃんと台詞を覚えたか、たまにチェックするくらいならいいぞ」
「分かった。それでいい」
数日後の夜、今度は恭があやめの部屋を訪ねた。
「台詞全部覚えたから聞け」
「おっ、すごいじゃん。じゃあ、チェックするから台本貸して」
姉は台本を手に、弟の台詞をチェックした。
恭の台詞を聞いたあやめは呆れ顔で指摘する。
「確かに全部合ってるけど、すげー棒読みだな」
「台詞が入ってるかのチェックなんだから、演技は要らないだろ」
「弟の本気が見たいぞ。ちょうど山場だし、ちょっと気合を入れてみて」
あやめの指示に、恭は嫌そうに眉を寄せる。
「……なんでお前に愛してるだの言わなきゃいけないんだよ」
「いいじゃん。どうせ練習で何度も言ってんだろ」
「ここはまだ練習してない」
こことは恭演じるヒーローが、ヒロインに求婚するシーンだ。
「本番3日前なのに、いちばん大事なシーンを練習してないなんてことある?」
驚愕する姉に、弟はふてくされた顔で言う。
「ワガママなのは分かってるけど、愛してるとか結婚してくれとか、演技でも言いたくないんだよ」
要するに恭が拒否したせいで、練習ができなかったようだ。
「まぁ、愛してるとか結婚してくれとか、お前のキャラじゃないしな。でもそれを聞いたら余計に、お前の愛してるを聞きたくなったぞ。よその女にやるくらいなら、お前の初・愛してるをお姉ちゃんにくれ」
「なんでお前に、はじめてやんなきゃいけないんだよ」
当然ながら難色を示す弟に、姉はへらへらと答える。
「お姉ちゃん、お前のはじめてをコレクションしてるから。初恋とファーストキスも奪ったんだから、初・愛しているももらっていいだろ」
「初恋を奪われた覚えは無い」
恭はキッパリ否定したが、あやめは笑顔で蒸し返す。
「昔お姉ちゃんと結婚するって言ってたのは、だーれだ?」
「無知な子どもの過ちを、いつまでも引きずるな」
「分かった。じゃあ初恋はリリースしてやる。でも母さんによれば、お前の初台詞はパパでもママでもご飯でもなく『ねぇね』だったらしいぞ。だからやっぱりお前のはじめては、だいたい全部私のもの」
「分かったから、もう昔の話を引っ張り出すな」
弟を言い負かした姉は「へっへっへ」と不敵に笑って指示する。
「じゃあ、告白シーン、行ってみよう」
合図を出された恭は気まずそうに目を伏せて、
「……子どもの頃から」
と少し声をつっかえさせながら口を開く。
「子どもの頃から、ずっとお前だけを想っていた」
演技有りでと言われたからか、顔を上げて、熱っぽくあやめを見つめると、
「愛している。どうか俺と結婚してくれ」
と懇願し、小さな手を取って続ける。
「この恋が叶うなら、他に何も要らないから」
最後の台詞に、あやめは「えっ?」と驚く。
「そんな台詞無いぞ?」
「……そこには書いてないけど、後で付け足しになった」
弟の説明を、姉は「へぇ」と素直に信じる。
「そうなんだ。めっちゃドキドキした。その台詞を考えたヤツ、センスあるな」
追加の台詞によってヒーローがどれだけ切実に、ヒロインに恋焦がれているのか伝わって来た。
あやめの感想を聞いた恭は俯いたままボソッと呟く。
「……愛している」
驚く姉をよそに、弟は堰を切ったように同じ言葉を繰り返す。
「愛している。愛している」
「なんだ? 突然」
目を丸くするあやめに恭は、
「……言いづらいから練習」
と答えると、再び顔を上げて、焦がれるような眼差しで切り出す。
「子どもの頃から、ずっとお前だけを想っていた」
さらに姉の手を取る手にやや力を込めると、切なげに眉を寄せて、
「愛している。どうか俺と結婚してくれ」
そう告げる表情も声もあまりに切実で、まるで本物の告白のようだった。
あやめは恭の真剣な眼差しから「……あ~」と逃げるように目を泳がせると、内心の動揺を誤魔化すように笑って言う。
「お前、意外と演技の才能あるな。そんだけ情熱的な告白ができるなら、もう十分じゃね?」
軽く手を引っ込めると、恭もすぐに手を放した。
「これ本当に他のヤツにも言わなきゃダメか?」
「ダメに決まってるだろ。さっきの演技、すごく良かったのに。そんなに愛してるって言いたくないか?」
「……言いたくない」
弟の返答に、姉は先ほどの告白を思い出す。
「……まぁ、お前の愛してるは破壊力ありすぎだから、他の女には聞かせないほうがいいかもな。ただでさえヤバいのが多いお前のファンが、ますます狂ってしまう」
あやめも人前で言わないほうがいいだろうと判断した。
「でも今さら主役を代わってもらうわけにも、告白シーンをスルーするわけにもいかないよな」
困っている弟に、姉は「へへ~っ」と悪戯な笑顔で助け船を出す。
「そこはお姉ちゃんに任せろ。お前が嫌なワードを避けつつ、劇も壊さない秘策を授けてやる」




