修学旅行・5
すっかり暗くなった頃に恭は家に戻った。
ドアを開ける前に、カバンから例のシーサーと赤いリボンを取り出す。
恭が見た色別の運勢では赤が仕事運だった。しかし独創性の黄色と感受性やカリスマ性の紫を優先したせいで、肝心の赤を入れられなかった。
だから、
(雌のシーサーならリボンを巻いてもおかしくないか。そのほうが可愛いかもしれないし)
と、わざわざリボンを買ったのだった。
でもクラスメイトたちから、さんざん変だと言われた。
リボンなんて巻いたらもっとダサいかもと、恭はすっかり自信を失くした。
それでも仕事運って言われたんだしと、シーサーに赤いリボンを巻いて、
「……ただいま」
と家のドアを開ける。すると、すぐにあやめがニコニコと出迎えた。
「お帰り~。待ってたぞ、シーサー」
いっそ忘れていてくれればと思ったが、そんな都合のいい話は無かった。
「そんな楽しみにするようなもんじゃないだろ」
「最初は要らなかったけど、お前が私に作ってくれるのかと思ったら、ジワジワ嬉しくなった。で、どう? いいの、できた?」
「いいのも何も仕事運って言われたら、選べる色が限られるし……」
ゴニョゴニョと言い訳する弟に、姉は「へっへっへ」とあくどく笑う。
「その様子だと微妙な出来みたいだな。それならそれで面白いから、さっさとくれ」
「……これ」
恭が渋々シーサーを渡すと、あやめは驚いたように目を丸くして呟く。
「黄色に紫に赤いリボンって……」
陽太いわく破壊的な配色だ。「変だ」とか「ダサい」と言われることを恭は覚悟した。
ところが弟の悲観と裏腹に、姉は満面の笑みで喜ぶ。
「すげー。仕事運欲張りセットじゃん」
「仕事運欲張りセットって?」
「あれからシーサーの色の意味を調べ直したんだ。仕事運ってリクエストしたから、単に赤いのを作ってくるかと思ったら」
あやめは手にしたシーサーを眺めながら、
「センスやカリスマ性の紫に、金運やオリジナリティの黄色。仕事運の赤が入れられなかったから、リボンで取り入れたんだろ?」
と恭がその色を選んだ意図を正確に汲み取って、
「私も黄色と紫が気になってたから、すぐに分かった。私がいい小説を書けるように、いろいろ考えてくれたんだなって」
と見た目の可愛らしさよりも、そこに込められた意味に気付いて笑顔で言う。
「自分のことは神社に行っても1個しか願わないくせに、お姉ちゃんのことはずいぶん欲張ってくれたじゃん」
それが最初に言った『仕事運欲張りセット』の意味らしい。
けっきょく最後はからかってくる姉に、弟は顔を歪めて反論する。
「違う。お前が路頭に迷ったら、俺にしわ寄せがくるから過剰になっただけ」
「そうそう。私がニートになったら、お前に寄生するからな。これからも、せいぜい姉の成功を願えよ」
薄笑いで肩を叩いてくるあやめに、恭はムッとして注意する。
「礼くらい普通に言え」
「シーサー、すごく嬉しい。ありがと」
いざマトモに感謝されると気恥ずかしくて、弟は俯いた。さらに動揺を誤魔化すように、お土産を取り出す。
「……これ頼まれてた菓子」
「わ~い。お菓子だ~」
「俺は風呂に入って来る」
あやめにお菓子の入った袋を渡すと、さっさと脱衣所に逃げた。
しかし恭が風呂から上がり自室に戻ると、
「へっへ~。待ってたぜ、恭~」
とベッドに横向きに寝転がったあやめが、不敵な笑みで待ち受けていた。
「我が物顔で人のベッドに寝るな」
弟に叱られた姉は、素直にベッドから降りて本題に入る。
「だって早くお礼を言いたかったんだもん。家用に1箱って言ってたのに、紅芋タルトもサーターアンダギーも両方買ってくれたこと」
「別にお前だけの土産じゃないし。せっかく沖縄に行ったから、自分がいろいろ食いたくなっただけ」
「でもお姉ちゃんが得したのは事実だからなァ。お前にはお姉ちゃんの感謝を受ける義務がある!」
そう言うと、あやめは真正面からギューッと恭に抱き着いた。
「……いろいろ言って、本当はただくっつきたいだけだろ」
「そう。でもお前がいっぱい嬉しいことをしてくれたから、もっとくっつきたくなった」
「土産そんなに嬉しかったの?」
「それもあるし、お前が帰って来て嬉しい」
姉は弟の胸にグリグリと額を擦りつけながら、
「3日もお前が居なくてメッチャ寂しかったわ」
と恋しさを口にした。
恭はあやめの小さな頭に手を伸ばしかけたが、途中で引っ込めると、
「……こっちは沖縄メッチャ楽しかった」
と、いつのも憎まれ口で返した。
「じゃあ、余計にお姉ちゃんを慰めろ! 自分だけ楽しい想いをして来た罰だ!」
「横暴が過ぎる」
一旦は反発したものの、恭は自分から尋ねる。
「……慰めろって、どうして欲しいんだよ?」
「立ったままだと顔が遠いから、そこ座って?」
あやめの指示どおり、恭はベッドに腰を下ろした。
「……当然のように膝に乗って来る。しかも対面って。気まずく無いのかよ」
あやめは恭の肩に両腕を回すと、「へっへっへ」とチンピラのように笑って述べる。
「こっちはお前の顔が近くていい感じだぜ。これならギューもチューもし放題だからなァ!」
「チューし放題は与えた覚えが無い……本当にメチャクチャして来るし。やめろ、鬱陶しい」
弟は細い肩をやんわり押し返したが、
「やだ! 3日分のお前を堪能する!」
あやめは頬や額に何度もキスした。
「……あんまりしつこいと俺もするぞ」
「へへーん。してみろよ~。お前にキスされても、お姉ちゃん嬉しいだけだぜ~」
どうせ口だけだとあやめは挑発的に返したが、恭は相手の後頭部に手をやると引き寄せて頬に口づけた。
弟からのキスに、姉は一瞬驚いたものの、すぐに上機嫌に笑う。
「へへっ、本当にしてきた。私を喜ばせるだけとも知らず、愚かな弟め」
「頬とは言え、弟にキスされて笑ってんなよ。少しは嫌がれ」
「嬉しいから無理。えへへへへ」
あやめは恭の膝にまたがったまま、弟の肩に額をこすり付けた。
「……もういい加減離れろ、鬱陶しい」
恭はあやめの肩を軽く押して離そうとした。
「なんだ? お姉ちゃんとイチャイチャしてドキドキしちゃったか? って、ギャンッ!? 突然の頭突き!」
「良かったな。顔が近いお陰で、レアな制裁が受けられて」
冷ややかに返す恭に、あやめは震えながらおでこを押さえて言う。
「お姉ちゃん、お前のレアな制裁を喜べるほどコアなファンじゃないんだわ……」
「じゃあ、さっさと退け。早く晩飯食いたいんだよ」
「私もご飯まだなんだ。一緒に食おうぜ~」
それから姉弟は一緒に夕食を取り、それぞれの部屋に戻った。




