オマケ・恭がいちばん怖いこと
寝る直前まで怖い映画を見ていたせいか、恭は例のウイルス感染ホラーの夢を見た。
恭はあやめを連れて、次々と破裂する感染者たちから逃げまどう。
無人の家屋を見つけて逃げ込み一晩。
目が覚めるとあやめは居なくて、恭はテーブルの上に1枚の書き置きを見つける。
『私も感染した。どうせ助からんから、お姉ちゃんは1人で死ぬ。お前は生きろ』
最後に『2階は見るな』と書いてあった。
その指示に逆らって、弟は2階に駆け上がった。まだ間に合うかもしれないと一縷の望みに懸けて。
しかし2階の1室で恭が見たのは――。
「――おい、恭。大丈夫か?」
暗い部屋の中。姉に肩を揺すられて、弟はビクッと覚醒した。
「……こ、ここは?」
恭の反応に、あやめは目を丸くする。
「『ここは?』って、お前の部屋だぞ。すげーうなされてたから起こしたけど、いったいどんな夢を見てたんだ?」
「……お前がウイルスに感染して死ぬ夢」
ボソッと答える恭に、あやめは「メチャクチャ影響受けるじゃん」と笑った。
「何? もしかして夢の中で、お姉ちゃんに道連れにされたか?」
そう言って、からかうように弟の顔を覗き込むも、
「って、恭?」
と、すぐに相手の異変に気付く。
「すげー震えてんじゃん。そんなに怖かったのか?」
心配するあやめに、恭は何も答えない。
本気で怯えている弟が気の毒になって、姉は珍しく親身に慰める。
「お前を道連れにするなんて嘘だよ。自分が死ぬからって、大事な弟を巻き添えにするはずないだろ?」
さらに恭の頭を撫でながら優しい声で続ける。
「どんだけ怖い想いをしたって、お前まで死なせるなんて絶対にしないから……」
しかしその言葉を遮るように恭が叫ぶ。
「やめろ! 怖いこと言うな!」
かえって怯える弟に、姉は困惑して尋ねる。
「怖いって何が? 何があっても、お前は道連れにしないって言ってんのに」
「昨日はさんざん俺を道連れにするって言ったくせに、今さら真っ当なことを言うな」
「何を怒られてんだ、私」
あやめは戸惑いながらも恭の背中を撫でると、
「取りあえず落ち着け。お姉ちゃん、ちゃんと生きてるだろ。ほら、胸の音聞いてみ?」
と言って弟の頭を引き寄せると、自分の左胸に耳を当てさせた。
あやめの心音を聞いても恭の不安は去らず、華奢な体にしがみつきながら言う。
「今は生きてても、いつか死ぬかも」
「まぁ、それは誰もが通る道だし」
「お前が死ぬ時は俺も連れて行く?」
道連れにすると言ったのが、そんなに怖かったのか。
反省した姉は、縋るように自分を見る弟の頭を優しく撫でながら訂正する。
「連れて行かないから大丈夫だよ」
「連れて行けよ」
「なんでだよ」
怖がっている割に殺せと言う恭に、あやめはツッコんだ。
「だってお前が死んで、俺だけ生き残るなんて……」
「なんだ。もしかして死ぬことじゃなくて、置いて行かれるのが怖かったの?」
あやめの問いに、恭はコクンと頷いた。
普通は死ぬほうが怖いだろうに、置き去りにされるほうが恭は嫌なのか。
そう言えば、あやめが卒園して小学校と幼稚園に分かれた時も『なんでお姉ちゃん一緒じゃないの!?』と泣いてキレていた。弟のメンタルはあの時から少しも成長していないらしい。
あやめは色々と考えた末に、こう言った。
「……じゃあ、私が死ぬ時はお前も連れてっちゃお。どんな最悪の死に方でも必ず巻き添えにして、地獄でも傍にいさせる。それでいい?」
『最悪の死に方』『巻き添え』『地獄』など、あえて不穏なワードを使ったのは、ツッコミ癖を利用して弟を我に返らせるためだった。
しかし『いいわけねぇだろ』と返すかと思いきや、恭はコクンと頷いた。
弟の反応に、姉は重症だなと呆れつつ、
「冗談のつもりだったんだけど……まぁ、いいや。もしもの時は一緒に連れて行ってやるから安心して眠れ」
と言って弟の頭を撫でると、慰めるように額に口づけた。
あやめに道連れを確約された恭は、小さな体にしっかり抱き着き直すと、ようやく安堵して眠りについた。
翌朝。あやめは恭よりも先に起きた。やがて目を覚ました弟に、同じベッドに寝そべったまま「おはよ」と優しく微笑んで尋ねる。
「昨日のこと覚えてる?」
「……覚えてない」
悔しそうに顔を赤くする弟に、姉は「へへ~っ」と横から抱き着いて宣言する。
「まぁ、約束は約束だからな。有事の際はお姉ちゃん、全力でお前を道連れにしてやるぜ~」
「だから覚えてないって!」




