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2人で花火・3

 八神姉弟は花火大会の会場を離れて、人気の無い場所に来た。


「花火、見えるか?」

「見えない……」


 身長の高い恭には花火が見えるようだが、低身長のあやめには建物に遮られて見えなかった。


(疲れたし、花火見れないなら帰りてぇ)


 恭に執拗に写真を撮られ、慣れない下駄で歩き回り、二度も柴崎に絡まれて、あやめはクタクタだった。


 でも恭には花火が見えるらしい。


(コイツも花火が見たかったらしいのに、疲れたから帰ろうは可哀想か)


 そう考えたあやめが「お前が見えるならいいよ」と返そうとした瞬間。


「ぎゃっ!? なんだ、いきなり!? 怖い!」

「落とさねぇから落ち着け」


 恭はあやめを高く抱き上げて言う。


「これなら花火、見えるだろ」

「わぁ、本当だ。ちょっと遠いけど、綺麗に見える」


 持ち上げられた状態だと、あやめの視線は恭より高い。


 この高さなら花火が建物に遮られることなく、小さいが全形が見えた。


「でも、ずっとこの体勢は重くね?」


 心配する姉に、弟はぶっきらぼうに返す。


「体重もっと増やしてから言え」

「確かに普通の人と比べれば軽いが、お姉ちゃんだってビール瓶2ケース(ぶん)くらいの体重はあるんだぞ」


 あやめは38キロで、ビール瓶1ケースはおよそ20キロ。


 ビール瓶2ケース分と聞くと重そうだが、恭にとってはむしろ軽すぎて心配なほどだった。


「そんな重く感じない」

「マジで? じゃあ、もうちょっとだけ花火見てていい?」

「いいよ、好きなだけ見て」


 あやめは恭の言葉に甘えて、10分ほど無言で花火を眺めた。


「なんかさ」


 突然の呟きに、恭があやめを見上げると、


「最初は花火珍しいし、綺麗だったけど、お前を見てるほうが楽しいかも」


 と姉は笑顔でこちらを見下ろした。


 なんとなくその顔を直視できなくて、弟は目を逸らしながら問い返す。


「……なんで。いつでも見られるだろ、俺なんか」

「30センチも違うと、お前の顔いつも遠い」


 あやめは恭の頬に手を当てて、こちらを向かせて続ける。


「だからお前の顔が近いと嬉しい」


 花火と月明かりのおかげで、夜でも比較的明るい。恭はあやめの目に、自分の顔が映っているのを見た。


 時を忘れたように、しばしお互いを見ていたが、あやめはふと恭に顔を近付けると、そのまま額に口づけた。


「……なんでキスすんだよ」


 突然のキスに顔を歪める恭に、あやめは二パッと笑う。


「へへ~っ、お姉ちゃんを喜ばせた罰だ」

「そんな罰があるなら下ろす」

「やだ。もうちょっとだけ」


 ギュッと頭に抱き着くあやめに、


「もう絶対、花火見てねぇだろ……」


 と弟は文句を言いつつも、姉の気が済むまで、小さな体を抱いていた。


 花火を見た後。2人はほのかの家に浴衣を返しに行った。


「お帰り2人とも! 可愛い写真を、たくさんありがとう!」


 恭はほのかの期待以上に、あやめの写真をたくさん撮ってくれた。それもりんご飴や水風船など、小道具にまでこだわったハイクオリティな写真の数々を。


(写真は撮影者の目に映る世界そのものなんだよ。つまり、こんなに可愛いあやちゃんが撮れるってことは、恭君の目に映るあやちゃんは、これほど可愛いということ! ありがとう、夏! ありがとう、花火大会!)


 妄想が大いに(はかど)って、ほのかは大満足だった。

 

 しかし姉弟から浴衣が汚れた経緯を聞くと、


「そっか。それで浴衣が汚れちゃったんだ」


 と柴崎の件を知って気落ちするほのかに、あやめもすまなそうに説明を続ける。


「いちおうクリーニング代はせしめて来たけど、こんなにベッタリついてちゃ、もしかしたら汚れ落ちないかも」

「浴衣を汚して、すみません。もしもの時は俺とコイツで、新しい浴衣を買って返します」


 深刻そうに謝罪する姉弟に、ほのかは笑いながら手を振る。


「ううん、気にしないで。クリーニングに出せば汚れ落ちると思うし、ダメだとしても浴衣は他にもあるから大丈夫」

「そう言ってもらえると助かる。ありがとう」


 浴衣の謝罪が済むと、あやめはほのかにリンゴ飴を渡した。


「後、ほーちゃん、これ。恭がほーちゃんにお土産って」

「はっ! もしかしてこれ、撮影で使ったリンゴ飴!?」

「そう。余り物みたいで悪いけど。嫌だったら捨てちゃって」


 しかしあやめが差し出したリンゴ飴を、ほのかは死んでも離さないとばかりにガシッと受け取る。


「ううん! 2人の素敵な夏の思い出が詰まったリンゴ飴、捨てるなんてもったいない! 家宝にするね!」

「いや、食べてください」


 画面越しではあるが、推しカプの花火デートが見られたほのかは大いに喜んだ。


 普段着に着替えて浴衣を返した後。秋津家を出た途端。


「うぉぉ、恭~。お姉ちゃん、疲れたよ~。おんぶ~」


 体力の限界が来たあやめは、その場にしゃがみ込んで恭におんぶをせがんだ。


「さっき散々抱っこしてやっただろ。今度はおんぶって、どんだけ甘えんだ?」

「抱っこは花火を見るためで、おんぶは移動のためだから、似て非なるものだぞ」


 すっとぼけるあやめに、恭は厳しい態度で返す。


「子どもじゃないんだから自分で歩け」

「そう言わないで、おんぶしてくれよ~。花火を見るためとは言え、慣れない下駄でたくさん歩いて疲れたんだよ~……」


 男でボクシング部の恭と、女でオタクのあやめでは体力に大きな差があった。


 いつもの戯れじゃなくて本当に疲れているのか、と恭は折れることにした。


「……分かったよ。ほら」

「へへ~っ、やった~」


 あやめは恭におんぶしてもらうと、広い背中にペタッと頬を寄せて呟く。


「持つべきものは自分より大きな弟だな」

「たいがいの男は、お前よりデカいだろ」

「じゃあ、口では嫌がっても、けっきょく助けてくれる優しい弟」

「……絶対に都合よく使ってるだけだ」


 警戒する弟に、姉はとろんと甘えた声で言う。


「使ってんじゃなくて甘えてんの。普通は親に甘えるんだろうけど、私の場合はお前がいちばん安心して甘えられる」


 あやめが母には妙に気を遣っていることは恭も感じていた。あやめは恭にだけ、良くも悪くも遠慮なく振る舞う。


「……嬉しくねぇ。そんないちばん」

「へっへっへ。私は結婚しねぇからなァ。私のいちばんはずっとお前だぞ、弟よ~」


 ギュッとしがみつく姉を、弟は背負い直しながら悪態を吐く。


「ずっとお前を背負わなきゃならないなんて最悪だな」

「嫌なら早く彼女作れ~」

「俺にしか甘えられないくせに。彼女なんて作っていいのかよ」

「お姉ちゃん、これでも弁えてるので。お前が本気で好きになった子なら、お前の背中譲ってやるよ。寂しくても我慢する」


 何せ恭は引く手数多なので、自分と違っていつまでも独りではないだろうと、あやめは考えていた。だからこそ、こんなワガママが許されるのは今だけだと、年々ウザ絡みが激しくなっていく。


「……そもそもお前のもんじゃねぇ」

「いいや! 今はお姉ちゃんのものだね!」


 力強く言い切ったのも束の間、あやめは弱った様子で弟の肩に額を埋めて呟く。


「……どうせ大人になったら離れちゃうんだから、今だけお姉ちゃんのものでいてくれよ」


 どんな時間も永遠には続かない。


 女子高生のうちに水着や浴衣を着ておこうと思い立ったのと同じように、二度と戻らない時間を惜しむように弟と居たかったのだが、


「やだ」


 と恭は硬い声で拒否する。


「どうせいつかは離れると思ってるヤツのものになんか、一瞬でもなりたくない」

「本気で拒否された。お姉ちゃん、悲しい」


 ふざけて返すも弟は無言だ。


(流石に鬱陶しかったか?)


 気まずくなったあやめは、


「……なんか機嫌悪そうだし、降りるよ。降ろして」


 と言って背中から降りようとしたが、恭はなぜか止まらずに歩き続ける。


「恭?」

「うるせぇ。黙って負ぶられてろ」

「なんだ、そのキレ方? まぁ、負ぶってくれるなら楽でいいけど」


 あやめは恭の背中に頬を寄せて、静かに目を閉じた。


 今はいちばん近い関係でも、姉弟である以上、この先はただ離れていくだけ。


 いつ終わるとも分からない時間を忘れないように、あやめは密かに心に焼き付けた。

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