2人で花火・1
最初はほのかと行くはずだった花火大会。しかし恭との約束の結果、姉弟だけで行くことになった。
ただ、あやめのいちばんの目的は花火ではなく浴衣を着ること。その浴衣は、お金持ちのお嬢さんであるほのかに貸してもらう予定だった。けれど、あやめは自分で着付けができず、母は仕事で不在。
なので姉弟は秋津家に浴衣を借りに行ったついでに、ほのかの母に着付けをしてもらうことになった。
あやめの着付けを秋津家のリビングで待っている間。恭は改めて、ほのかに謝罪する。
「すみません。俺たちだけで花火に行くのに、浴衣だけ着せてもらって」
流石に図々しすぎると気に病む恭に、ほのかはブンブンと手を振って答える。
「ううん、全然! むしろ姉弟水入らずで仲よくしてもらったほうが、私も嬉しいから!」
ほのかは遠慮ではなく心から、姉弟が2人でお祭りに行くことになって喜んでいた。
「あの、でももし良かったら、あやちゃんの浴衣姿をたくさん撮って送ってもらえないかな? 浴衣姿は今見られるけど、お祭りではしゃぐ姿はまた違うと思うし」
というのは口実で、本当は推しカプの花火デートを少しでも垣間見たいだけだ。尾行は思い止まっただけ、ほのかにしてはまだ理性がある。
まさか自分たちがよからぬ目で見られているとは思わない恭は、
「なんでそんなに、うちの姉が好きなんですか?」
と、ほのかを警戒した。
「あっ、大丈夫! 変な意味じゃないよ! ただ友だちの可愛い写真がいっぱい欲しいだけ!」
いちおう恭はほのかの言い分を受け入れて、その場は写真を撮る約束をしたが、後であやめにこう尋ねた。
「友だちの可愛い写真を欲しがるのは普通の友情なのか?」
花火大会の会場。弟の唐突な質問に、姉は首を傾げながら答える。
「私もほーちゃんの可愛い写真を持ってるぞ。相手の容姿も好きな場合は有りじゃないか?」
「そういうもんか」
男と女の友情は違うのかもしれないと、恭はいちおう納得した。
「……じゃあ、俺がお前の写真を撮る?」
自分のスマホを取り出す弟に、姉はニパッと笑ってポーズを取る。
「可愛く撮ってね」
「無茶言うな」
恭は渋々といった様子で、あやめの浴衣姿を撮り始めた。ところが徐々に様子が変わり始める。
「りんご飴とか持ってみるか?」
弟の急な提案に、姉は「なんだ? 突然」と目を丸くした。
「写真。小道具とかあったほうがいいかと」
「そんな本格的に撮るのか?」
確かに金魚やリンゴ飴など持ったほうが、夏祭り感は出るかもしれない。
「でもリンゴ飴って見た目は可愛いけど、大して美味しくないよな。お姉ちゃん、美味しくないものにお金を払いたくないぞ」
写真のために無駄金使いたくねぇと、あやめは渋った。
「じゃあ、俺が払うから写真を撮った後は、あの人への土産にしたら?」
弟の申し出に、姉はマジかと目を見開く。
「そこまでして私にりんご飴を持たせたいのか? ここに来て急に芸術に目覚めたのか?」
まるでプロ並みのこだわりだと指摘するあやめに、恭は少しバツが悪そうに答える。
「そういうわけじゃないけど……浴衣を借りた上に着付けまでしてもらったんだから、相応の写真を撮らないとダメだろ」
「真面目だな~。まぁ、お前が払うならいいけど」
しかし、りんご飴を持った写真を撮った後。
「後、金魚か水風船を持ってる写真も撮ろう」
加速する恭の撮影意欲に、あやめはうんざりして来た。
「アイドルの写真集じゃあるまいし、そんな色んなバリエーション要らんだろ。お姉ちゃん、もう疲れた」
「母さんにも送るし、せっかく浴衣を着たんだから、ちょっとくらいサービスしろ」
「はじめて子を持つ親かよ……」
あやめはぶつぶつ言いながらも『母さんにも送るなら』と執拗な撮影に耐えた。
それから30分ほどして、あやめはようやく撮影から解放された。
「ここからは、お姉ちゃんのターンだ! 撮影がんばったんだから食べ歩き付き合え!」
姉はたこ焼きと焼きそばとチョコバナナとわたあめが食べたいという。
「いいけど、小食のくせに、そんなに食えるのか?」
恭の懸念に、あやめは無垢な瞳で答える。
「たくさん買って、ちょっと食べて、残りはお前にやる」
「当たり前のように残飯押し付けんな」
人の胃袋を当てにする姉に、弟は瞬時に反発した。
「いいじゃん! 私だって写真がんばったし! お金はお姉ちゃんが払うから~!」
「これで割り勘とかほざいたら殴ってたぞ」
「で、いいか? 残り食べてもらって」
「……まぁ、食べ物代浮くからいいけど」
「やった~! さっそく買いに行こうぜ!」
それから姉弟は目当ての屋台を回ると、たこ焼きとラムネを買って人込みから離れた。
「ソースで浴衣を汚さないように気をつけろよ」
「じゃあ、お前が食べさせてくれ」
あやめはそう言って「あ」と口を開けた。
「逆に難しいだろ」
眉根を寄せる弟に、姉は不敵な笑みで言う。
「へっへっへ。これで零したら、お前のせいにできるって寸法よ」
「普通に自分で食え」
「じゃあ、逆にお前に食べさせる。はい、あ~ん」
笑顔でたこ焼きを差し出すあやめに、恭は恥ずかしさで顔をしかめた。
「あ~んって……こんなところで。馬鹿か」
「急げ、恭! たこ焼きが落ちてしまう!」
「マジか。もう……」
恭はやや前に屈んで、あやめにたこ焼きを食べさせてもらった。
「へへ~っ、どうだ。美味いだろ? お姉ちゃんに食べさせてもらうたこ焼きは」
満面の笑みで言う姉に、弟は手で口元を隠しながら答える。
「お前が慌てさせるから、火傷しそうになった」
「マジで? ラムネ飲む?」
あやめは善意でラムネを差し出そうとしたが、恭が瞬時にツッコむ。
「火傷しかかったところに、刺激物与えんな」
「え~? じゃあ、水かお茶でも買いに行くか?」
「そこまで酷くないから平気」
熱々のたこ焼きをいきなり食べさせたことを反省したあやめは、こんな提案をした。
「じゃあ、次はお姉ちゃんがふぅふぅしたのをやる」
「自分で食わせろよ」
「ダメ~。ふぅふぅ……はい」
あやめが再び笑顔でたこ焼きを差し出すと、カシャッとシャッター音。
「なんで今撮った?」
予期せず写真を撮られて、あやめは目をパチクリさせた。
「……別になんとなく」
弟の返事に、姉は首を傾げながらも一先ずたこ焼きを食べさせた。
「今度は美味い?」
「……まぁ」
「ラムネも飲む?」
「……もらうわ」
姉弟がのんびり屋台フードを食べ歩いていると、後ろから声をかけられる。
「あっ、八神君だ!」
「八神君も花火大会に来てたんだ!? すごい! 偶然だね!」
それは同級生の女子4人組だった。彼女たちは一気に恭に群がる。
「槇たちと来たの!?」
「いや……」
姉と2人で来たとは言えず、恭が返答に困っていると、
「へっへっへ……」
と不気味な笑い声によって、ようやく同級生女子たちがあやめの存在に気付く。
「ギャッ!? 八神君のお姉さん!?」
「せっかく会えたのに申し訳ないが、今日は家族で来たのだよ。親が待ってるからまたね」
あやめは恭の腕を引いて、さっさとその場を離れた。
家族で来ていると言われると、彼女たちも一家だんらんを邪魔できない。
「あっ、はい……」
「せっかく会えたのに残念」
「浴衣、もっと見て欲しかったな~……」
浴衣姿をアピールできなかったことを残念がりつつ、彼女たちは大人しく恭を見送った。
同級生女子たちから逃げるついでに、姉弟は人込みを離れた。
「さっきなんで親も一緒だって言ったんだ?」
不思議がる恭に、あやめはこう答える。
「高校生にもなってお姉ちゃんと2人で花火とか、お前が恥ずかしいだろ」
「いつもは無駄に絡んで来るくせに」
「私がブラコンだと思われるのはいいが、お前がシスコンだと思われるのは避けてるんだよ。お前は煽り耐性が無いから、学校が辛くなっちゃうだろ」
欠点だらけのあやめと違って、恭は傍目には完璧に見える。そこにシスコン疑惑が浮上すれば、密かに恭に嫉妬している者たちが、こぞって馬鹿にするだろう。
だからあやめは出来のいい弟を自慢しつつも、恭がシスコンだと思われることは避けていた。
「まぁ、確かに。シスコンはともかく、お前が好きだなんて死んでも誤解されたくないけど」
「またそんなこと言って。本当はお姉ちゃんが大好きなくせに」
「その自信はどこから来るんだ?」
恭の憎まれ口に、あやめはにんまりと返す。
「『2人で花火に行きたい』ってねだる可愛い弟が与えてくれる」
恥ずかしい発言を蒸し返された弟はグッと唸って言い訳する。
「あれはそういう意味じゃなくて。秋津さんが苦手なだけ」
「ひひっ。まぁ、そういうことにしといてやろう」
「だから違うって言ってんのに……」




