あやめの進路
高3の夏休みと言えば、遊びより受験が優先だ。あやめは勉強熱心ではないが、だからこそ大学受験に備えて勉強が必要なはず。
しかし恭が見たところ、あやめはいつもどおり。あくせく勉強する様子は少しも無かった。
「この夏、お前が勉強しているところ、少しも見てないんだけど。受験勉強とかしなくていいのか?」
リビングのソファーでゴロゴロしている姉に声をかけると、あやめは無駄に不敵な笑みで答える。
「へっへっへ、問題ない。私は大学に行かないからなァ」
「大学には行かないで、このまま小説家を目指すってこと?」
「そう。私は趣味で生きて行くのさ」
「……高校生のうちに受賞するって確かにすごいけど、それって一生食っていけるレベルなのか?」
恭がネットで少し調べただけでも、専業作家で食べていけるのは一握りだと書かれていた。作家の多くは他の仕事と兼業で生計を立てているのだと。
あやめのやる気に水を差したくはないが、作家になる夢に全てを賭けて大丈夫なのかと恭は心配だった。
「お姉ちゃんが小説で一生食っていけるかは知らん。でも普通の勤め人なんかになったら、お姉ちゃんは確実に死ぬ! だから茨の道でも進むしかねぇんだ!」
冗談っぽい言い方だが、姉はこう見えて自分よりもシビアに物事を考えるタイプだ。
また本人の言うとおり、普通の勤め人を目指したら、就活の時点で精神崩壊している未来しか恭にも見えない。
「母さんは納得してんの?」
「いちおう少しは実績があるわけだし、応援すると言ってくれたぞ」
「まぁ、お前みたいな社会不適合者に普通の仕事ができるわけないしな」
あやめは人見知りで体力がなく、学校もかなり無理して通っていた。だから普通と違う道を行くと言われても、恭は止めないことにした。
弟の言外の肯定に、あやめは「へっへっへ」と陰気に笑って返す。
「私は邪道に堕ちるからよォ。お前は正道を歩めよなァ」
「仮にも夢で生きて行こうって人間が、邪道に堕ちるなんて言うな」
恭のツッコミをよそに、あやめはマイペースに話を戻す。
「とにかくお姉ちゃんは大学には行かないし、1人暮らしはお金がかかるので、小説家として安定するまでは、このまま実家で暮らします」
「……じゃあ、来年もうちにいんの?」
「大学進学を機にいなくなると思ってただろ? ところがどっこい! お姉ちゃんは来年もお前と一緒です! 残念だったなァ!」
悪役のように宣言するあやめに、恭は口元を隠しながら呟く。
「……来年もお前と一緒なんて、今年最悪のニュースだわ」
「どうせなら『いいニュースと悪いニュース、どっちから聞く?』って言ってやれば良かったな。まぁ、いいニュースは無いんだけど……あっ、もっと悪いニュースならあったぞ」
「なんだよ、もっと悪いニュースって」
無防備に問う恭に、あやめはにんまり笑って言う。
「作家として独り立ちできなかったら、お前に寄生する」
「本当に最悪のニュースやめろ」
寄生を嫌がる弟に、姉はヒラヒラと手を振って言う。
「まぁ、細々とならやっていける目算だから、せいぜいお姉ちゃんの成功を祈れよ」
「……マジで小説がんばれ。俺にお前という負債を背負わせるな」
「ひひっ、応援どうも~」




