インターハイのご褒美
決勝戦が終わった後。自宅で結果を待つあやめに恭から連絡が来る。
「あやめ。電話、恭からだったの? インターハイどうだった?」
ソワソワと問う母に、あやめは満面の笑みで吉報を告げる。
「優勝したって!」
「きゃあ、すごい! うちの子、天才! お祝いのご馳走、何にするか恭に聞いといて!」
インターハイで北九州にいた恭が地元に戻ったのは、すっかり日が落ちてからだった。
学校から自宅までの帰り道。恭のスマホに、あやめからメッセージが届く。
『うちのマンションが見えたら教えて』
『なんで?』
『お前を最初に出迎えたいから』
予期せぬ言葉に、恭は少しの間を置いて返信する。
『別にいつもどおりでいいのに』
『ダメ。命令』
『じゃあ、着いたら知らせる』
『違う。マンションが見えたら』
なんでだと思いつつ、恭は家族で暮らすマンションが見えて来た辺りで、あやめにメッセージを送った。
恭はてっきり『最初に出迎える』とは、あやめが玄関のドアを開けることかと思っていた。
ところが姉のお出迎えは別の場所だった。
「お帰り」
「なんで外に」
蒸し暑い夏の夜。マンションの前に立っていたあやめに恭は驚いた。
「さっき言ったじゃん。今日は母さんが家にいるし、お前をいちばんに出迎えたかったから。ここで待ち伏せ」
悪戯っ子のように笑う姉に、弟は眉根を寄せて注意する。
「もう夜なのに1人で外に出んな」
「連絡もらってからだし、5分くらいだぞ?」
「それでも」
「へへっ、この過保護~」
あやめはご機嫌で恭の腕に巻き付いた。
「……外でくっつくなよ」
恭に拒否されるも、あやめは「やだ」と腕に頬を寄せて言う。
「6日もお前がいなくて寂しかった」
「優勝を祝いに来たんじゃないのか?」
「もちろんお祝いもするぞ。インハイ優勝おめでとう! ボクシングでも全国一になるなんて、お前は本当にすごいな!」
満面の笑みで見上げるあやめから、恭は目を逸らして謙遜する。
「別に俺がすごいんじゃなくて、先生と先輩たちの指導のおかげ」
「おっ、偉いな。そうやっていいことがあった時に、周りを立てられるのは美点だぞ。私の指導の賜物だな」
「お前はもっと謙虚になれ」
2人は腕を組んだままマンションに入った。
家族でワイワイとお祝いのご馳走を食べた後。
恭が寝る頃を見計らって、あやめは枕を持って弟の部屋に来た。
「今日は久しぶりに一緒に寝ようぜ~」
「インハイ帰りで疲れてんだけど」
迷惑顔の恭に、あやめはしつこく迫る。
「そのインハイのために何日留守にしたと思ってるんだ? お前がいなくて寂しかったお姉ちゃんが、可哀想だとは思わないのか?」
「……じゃあ、せめて静かに寝ろ」
「今日は全く抵抗しないな? もしかして本当に疲れてる?」
いつもならもっと粘るのに、とあやめは心配になった。
「そう言えば調子が悪いって言ってたし、本当に疲れてるなら……」
しかし思い直して自室に戻ろうとすると、
「ゴチャゴチャ言わないで、寝るならさっさとしろ」
と恭に引き留められて「じゃあ、一緒に寝る」と、あやめは笑顔でベッドに乗った。
隣に寝転ぶと同時に、姉は遠慮なく弟に抱き着く。
「当たり前みたいに抱き着くな」
「だって、お前がいなくて本当に寂しかったんだもん」
弟の逞しい胸板にギューッと頬を寄せた姉は、あることに気付いてクスクスと笑う。
「お前の鼓動いつも速。お姉ちゃんとくっついてドキドキしてんのか?」
「自分で黙れねぇなら俺が黙らせるぞ」
「こんなめでたい日に姉を殺してはいけない」
命の危険を感じたあやめは一旦、恭から離れたが、
「インハイお疲れ。おやすみ、恭」
と、ほっぺにチュッと口づけた。
突然のキスに恭は不満げに唸りながら言う。
「抱き着いてキスして、やりたい放題か」
「いいじゃん。久しぶりなんだから、お姉ちゃん孝行しろ~」
恭はしばしの無言の末、あやめをグッと抱き寄せると頬に口づけた。
予想外の行動に、姉は目を丸くする。
「え~? 珍しい。なんでキスしたの?」
「……お前が孝行しろって言うから」
「へ~。なんでも言ってみるもんだな」
味を占めたあやめは甘やかに微笑んで強請る。
「じゃあ、今日はこのままギュッてして寝て?」
いつものわざとらしい媚態を正視できず、恭は目を逸らしながら、
「……今日だけだからな」
と姉の小さな体を強く抱き締めた。




