姉弟でショッピング
大田原と約束した日の夜。八神家のリビング。
「大田原も海、一緒に行くって」
恭の報告に、あやめは「そっか」と機嫌よく話を切り出す。
「じゃあ、海行きが決まったところで今度お前の部活が無い時、一緒に水着を買いに行こうぜ」
「なんで俺と? 普通は女同士で行くだろ」
首を傾げる弟に、姉はくわっと八重歯を見せて叫ぶ。
「どうせ水着を着るなら男の目線が知りたいだろうが!」
「男の目線って何? ただの遊びじゃなくてナンパされたいってこと?」
急にピリピリする恭に、あやめは「いや」と首を振る。
「男に声をかけられたいわけじゃない」
「じゃあ、なんで?」
再び恭に問われたあやめは堂々と言い放つ。
「変なヤツが寄って来るのは御免だが、お姉ちゃんは完璧な安全を保った上で男に可愛いと思われてぇ」
「迷惑」
都合のいい願望を瞬時に一蹴されるも、姉は「いいだろ~」と弟の腕を引っ張りながら強請る。
「可愛い水着を着させてくれよ~。お姉ちゃん、これが高校最後の夏なんだぞ~。JKのうちに一度くらい可愛い水着を着とかなきゃ、もったいないだろが~」
「だとしても俺が選ぶ水着が、他の男にとっていいか分からないだろ」
しかしその返事に、姉は弟の腕にむにっと頬をくっつけながら答える。
「少なくとも、お前が可愛いと思ってくれるならいいじゃん。お姉ちゃん、お前にいちばん可愛いと思われたいわ」
予期せぬ言葉に、恭はサッとあやめから目を背けて「……ブラコン」と詰った。
ところがオープンブラコンのあやめは恥じるどころか開き直って笑う。
「ブラコンでもないのに弟と海に行きたがるはずないだろが! 分かったら、お前が可愛いと思う水着を教えるんだ!」
「分かったよ……。付き合えばいいんだろ……」
夏休みに入ってすぐ2人はショッピングモールに水着を買いに来た。
しかし水着売り場を目にした恭は顔をしかめて言う。
「……やっぱ男が入るところじゃないだろ、ここ」
「禁止はされてないから大丈夫。さぁ、さっそく水着を見ようぜ~」
姉は渋る弟を引っ張って、水着売り場に入った。
「へへ~っ、これとかどうよ? 男は好きだろ? こういうの」
あやめが見せたのは面積少なめの白ビキニだ。
もちろん本気ではなく『似合うと思ってんのか貧乳』などの辛辣なツッコミを期待している。
「は? ふざけんな。そんなの下着と変わんねぇだろ。もっと服みたいなの選べよ」
ガチギレする弟に、姉は目を見張って驚く。
「男目線どころか完全に保護者目線。まぁ、私も人前でビキニを着る勇気は無いが」
「じゃあ、もっと普通のヤツを選べ」
「これかこれだったら、どっちがいい?」
次にあやめが選んだのは、Tシャツに短パンのスポーティーな水着と、フリルのついたミニスワンピース風の水着だった。どちらも露出は少なめだが、後者のほうがガーリーで男ウケしそうだ。
「……右」
恭はスポーティーな水着を選んだが、
「へへ~っ、じゃあ、左だな」
と、あやめはガーリーなほうを選び直した。
「なんで人に聞いといて、わざわざ逆を選ぶんだよ」
「それはお前が保護者目線だからだ! つまりお前が選んだヤツの逆が、本当に可愛い水着ってこと!」
あやめの指摘どおり、男ウケしそうだからと恭は反対した。
「そんなヒラヒラ、絶対に似合わないからやめろ」
「やだ。せっかくだからヒラヒラしたの着る」
「いくら水着が可愛くだって、着る人間がお前じゃどうしようもないだろ。大人しく地味なの着とけ」
あやめはチビだの貧乳だのは言われ慣れているし、自分でもネタにしている。それらは美醜とは直接関係のない単なる個体差だからだ。
よって女性としての価値を否定されれば普通に傷つく。
「……お姉ちゃん、そんなにブスか?」
姉の声音の変化に、弟はギクッとして弁解する。
「ブスって言ったわけじゃ……ただキャラ的に合わないと思っただけで……」
「キャラじゃなくても一度くらいは、可愛い水着を着てみたいわ」
「……だったら俺の反応なんて気にしないで、勝手に着りゃいいだろ」
「お前に変だと思われながら着たくない」
言った後で、あやめは自分の発言が理不尽だと気付いた。
そもそも恭に意見を求めたのはこちらで、その答えが『似合わないからやめろ』なのだ。
じゃあ、似合わないものは確かにやめたほうがいい。それで恥を掻くのは自分なのだからと、あやめは考え直した。
「……だからいいや。お前が選んだほうで。これなら変じゃないんだろ?」
しかし勧められた水着を買おうとするあやめを恭が止める。
「……別にさっきのだって変じゃない。自分が本当に着たいほうを着たらいいだろ」
「いいよ。わざわざ変な水着を着てトラウマ増やしたくない」
あやめは中2の時、クラスの男子に騙されて普段はしないお洒落をしたせいで、とんでもない恥を掻いた。多少のお洒落はいいが、調子に乗ったらまた痛い思いをするかもしれない。
けれど自制するあやめに恭は、
「だから変じゃないって」
と言ってレジに向かおうとする姉の手首を掴んで引き留めると、
「疑うなら着てみろよ。変なら変って、ちゃんと言うから」
と試着を勧めた。
それから2人は試着室に向かった。
あやめは水着に着替えると、半分だけカーテンを開いて不安そうに問う。
「……どう?」
姉の水着姿を見たのは小学生の頃が最後だ。
弟は珍しい姿を直視できなくて、やや目を逸らしつつ感想を述べる。
「……やっぱり別に変じゃない」
「変じゃないだけ?」
「……普通に似合ってる」
「もう一声」
「ちゃんと可愛いよ! これでいいだろ!?」
真っ赤になって怒鳴る恭に、あやめは「じゃあ、これにする」と笑ってカーテンを閉じた。
2人は水着を買うと、水着売り場を出た。
あやめはご機嫌に通路を歩きながら、恭に話しかける。
「やっぱりお前について来てもらって正解だったわ」
「こっちはドッと疲れた」
不満そうな恭を、あやめは横からニヤニヤ見上げて言う。
「さっきは嬉しかったぞ。嘘でも可愛いって言ってくれて。普段はつれないのに、必死に励まそうとしてくれる辺りに、弟の愛を感じちゃったな~」
「本当にウザイ……って、なんで手を繋いで来るんだよ?」
「いいだろ、別に。どうせお前と私じゃ姉弟に見えん」
「……姉弟に見えないとしたら何?」
少し硬い声で問う弟に、姉は二パッと笑って答える。
「ちんちくりんの癖にハイレベルな彼氏がいるいけ好かない女と、趣味の悪いイケメン」
「ものすごく不名誉なんだが」
渋面を作る恭に、あやめは映画の悪役のように高らかに言い放つ。
「手を離して欲しければ、代わりに私の荷物を持つんだなァ! それなら荷物持ちのために、この手を解放してやろう!」
「俺に全くメリットの無い二択やめろ」
恭はピシャリと注意すると、
「荷物を持って欲しいなら、持ってくださいって普通に頼めよ」
と付け足した。
「荷物も持って欲しいけど、お前と手を繋ぎたい気持ちもある。心が2つある~」
あやめはおどけつつも、弟が『ふざけんな』と手を振り払って、荷物も持たないだろうと予測した。
ところが恭は手を繋いだまま、あやめからサッと荷物だけ奪った。
あやめは恭の対応に目を丸くした後、「へへっ」と笑う。
「まさか手繋ぎも荷物持ちも両方叶えてくれるとは。お前いい彼氏になるよ」
「都合のいい男の間違いだろ」
ぶっきらぼうに言う弟の腕に、姉は満ち足りた顔で頬を寄せる。
「優しいからいい彼氏」
「お前の彼氏じゃねぇ……」
恭は羞恥に震えながらも、繋いだ手は離さなかった。




