お中元の水ようかん
7月上旬。八神家のリビング。
「恭~。さっきの宅配、何が届いたんだ~?」
あやめの問いに、玄関から戻った恭は難しい顔で答える。
「八神のじいちゃんたちから。お中元の水ようかんだって」
『八神』は亡くなった父方の親族だ。一家は父親の死後も八神の姓を使い続けているので、同じ苗字だった。
恭の報告で差出人を知ったあやめは半笑いで感想を述べる。
「涙ぐましいな。こっちは小学校を卒業してから、ずっと顔を見せてないのに」
「手紙に『部活があるなら夏は仕方ないけど、正月は顔を見せてくれ』って書いてある」
恭は母伝手に『お盆に遊びに来て欲しい』と頼まれていたが、『部活が忙しいから』と断っていた。
祖父母からのラブコールに眉を寄せる恭を、あやめはソファーにぐでっと伸びながら「ひひっ」と笑う。
「愛されてる孫は大変ですね。愛されてないお姉ちゃんは、タダで水ようかんだけ味わえる」
姉は軽口のつもりだったが、弟は苦い顔で黙り込んだ。
先ほど本人が言ったように、父方の祖父母は恭だけを溺愛して、あやめには無関心だ。
今はすっかり捻くれたあやめだが、子どもの頃は祖父母に気に入られようと努力した。
『私も作文で賞を取ったんだよ』
『おじいちゃんとおばあちゃんの絵を描いたから見て』
しかしあやめの必死のアピールは、
『そう。良かったね』
『ありがとう』
と言葉1つで流されて、絵や賞状が祖父母の家に飾られたことは一度も無かった。
祖父母によるやんわりとした拒否は、あやめから徐々に笑顔と口数を奪った。
それでも祖父母はあやめを気にかけず、恭にだけニコニコと話しかける。それが嫌で、恭は祖父母を避けるようになった。
弟の顔色に気付いた姉は、わざとへらへら言ってのける。
「そんな顔すんなよ~。お姉ちゃん最近はマジで、下手に関心を持たれてなくていいって思ってんだぜ~」
「……まぁ、確かに返せない好意を向けられても困るけど」
けれど、その弟の一言には、こう注意する。
「だとしてもじいちゃんたちは、お前に水ようかんをくれたんだからな。会いに行けとまでは言わないけど、お礼状くらい出してやれよ」
「俺もじいちゃんたち、好きじゃないんだけど」
自分を愛してくれる祖父母を嫌いとは言えないが、なるべく関わりたくない相手だ。恭はできればお礼状も送りたくなかった。
ところが意外と義理堅い面のある姉は、打って変わって真面目な顔で諭す。
「他人に対しては『好きじゃない』で切ってもいいけど、お前の父親を育ててくれた人たちだぞ。直接世話になった覚えが無くても見えない恩があるんだから、お前に害があるんじゃなければ優しくしてやれ」
「じゃあ、せめて文面を一緒に考えてくれよ。お前だけ、のうのうと水ようかんを食うのはズルい」
弟の頼みに、姉はぞんざいな物言いで返す。
「そんなもん『水ようかん、美味しかったよ。ありがとう』『学校や部活が忙しくて会いに行けなくてゴメン』『暑いから体に気を付けてね』のお礼、謝罪、気遣いの3点セットで十分だろうが」
言い方は適当だが、お礼状の要点は満たしていると感じた恭は逆にある疑問を抱いた。
「お前なんでそういう挨拶は如才なくできるのに、実生活では人見知りなんだよ」
「対面には弱ぇんだよ~! お前と違って顔面強者じゃねぇからよ~!」
「そんなキレなくてもいいだろ……」
弟は姉の剣幕に怯みつつ、ボソッと発言を続ける。
「……つーか、自分で思ってるほどブスじゃないし」
しかし恭の不器用なフォローに、あやめは冷めた態度で返す。
「どっちにしろ、物事は誰がするかが重要なんだよ。お前がさっきの文面を送れば、じいちゃんたちは大事に取っておくだろうけど、私なら即ゴミ箱。そんな世の中」
否定できれば良かったが、過去にあやめが祖父母に贈り飾られることのなかった絵や賞状は、それこそすでに処分されているだろう。そんな祖父母がお礼状だけは大事に取っておくとは考えられない。
「そう思うような相手なら、なんで気にかけるんだよ」
祖父母の無関心に、あやめは酷く傷ついたはずだ。
いっそ嫌えばいいだろうと恭は思う。自分にも無視しろと言えばいいと。
そうすれば恭は祖父母への対応を迷わなくて済む。あやめが祖父母を嫌うなら、自分も一緒に縁を切る。
けれど、あやめは祖父母との関係を諦めた一方で、こんな気持ちも抱いている。
「お前がじいちゃんたち苦手なのって、私のせいだろ。私がいなきゃ気まずくなることも無かっただろうと思うと、可哀想だから」
あやめは自分の存在が、恭と祖父母の仲を悪くしていると気に病んでいた。
だから自分のために祖父母を嫌う弟に、姉は珍しく大人びた笑みで言う。
「私じゃあの人たちを喜ばすことはできないから、お前が代わりに孝行してやれ」
「……水ようかんの礼は書くけど、お前が求めるほどの孝行はできない」
「今どきちゃんとお礼状を出すだけで立派」
あやめはソファーから立つついでに恭の肩をポンと叩くと、
「水ようかんを冷やして来るから、夜になったら食べようぜ~」
と笑って、水ようかんの箱を抱えてリビングを出た。




