知らない人の墓参り
6月下旬。あやめは母にこんな頼まれごとをした。
「あやめ。今度の日曜日、また付き合ってもらっていい?」
あやめと静香は仲がいいので2人だけでよく外出する。しかし6月のこの時期の用事は、ショッピングや映画など楽しい予定ではなかった。
後であやめと母の約束を知った恭は眉をひそめて尋ねる。
「また知らない人の墓参りに行くのか?」
「知らない人じゃなくて、母さんの親友だぞ」
「俺たちは会ったことがないんだから、知らない人だろ」
恭は即座にツッコむと、不満そうに話を続ける。
「毎年欠かさず墓参りに行くくらいだから、母さんにとっては大事な人なんだろうけど、1人で行けばいいのに」
母が親友の墓参りをするのは分かる。しかしなぜ毎年、無関係のあやめを連れて行くのか?
自分だったら見ず知らずの他人の墓参りなんて、一度ならともかく何度もはしたくない。
面倒臭がりのあやめなら余計に負担じゃないかと、恭は密かに心配だった。
ところがあやめ自身は意外にも、この謎の誘いを許容しているらしい。
「そう冷たいこと言ってやるなよ。自分の親友が30歳にもならないうちに死んじゃったらって考えてみ? 仕事で結果を出したり、結婚して家庭を持ったり。自分が何かを叶えるたびに、友だちはそれをできずに亡くなったことを考えて、きっとすごく悲しくなるよ」
「だから、お前に傍にいて欲しいってこと?」
弟の問いに、姉は「そう」とおどけて笑う。
「無愛想なお前と違って、お姉ちゃんは情緒的なサポートに定評があるので」
「細やかなサポート、少しも期待できそうじゃない」
ムッとする恭をよそに、あやめはさっさと話を戻す。
「とにかく母さんがついて来て欲しいなら、知らない人の墓参りくらい付き合う」
その週の日曜日。あやめと母は約束どおり、亡くなった親友が眠る霊園に行った。
墓を掃除し、新しい花を供えた静香は笑顔で娘を振り返る。
「お花を選んでくれて、ありがとう。あやめはセンスがいいから助かるわ」
母は親友が亡くなった6月以外にも、掃除を兼ねて定期的に墓参りに来ている。
それは親友が天涯孤独で、静香の他に世話をする人がいないからだった。だから母は『いつもは自分が選んでいるから』と6月の墓参りだけは、あやめにお供えの花を選んでもらっていた。
母の感謝に、あやめは「いえいえ」と愛想よく笑って返す。
「母さんの親友さんも気に入ってくれたらいいけど」
「喜ぶわ、きっと。あの子は、あやめと雰囲気が似てたから」
「親友さんは、いくつで亡くなったんだっけ?」
「お母さんが恭を産んだ年だから……26歳かな」
母の言葉を聞いたあやめは、冷たい墓石をジッと見つめながら呟く。
「そんなに若いうちに亡くなるなんて想像もできないな。きっと、やりたいことがたくさんあっただろうね」
「そうね……そうだと思う」
「ゴメン、泣かせて」
「ううん、私こそ」
母は顔を隠すように俯いて首を振った。しかし涙を堪えることはできず、声を震わせて続ける。
「ゴメンね、もう17年も経つのに。どうして私は何もしてあげられなかったんだろうって、未だにずっと考えちゃって……」
詳しく聞いたわけではないが、母の親友は過労が原因で亡くなったらしい。けれど親友が亡くなった頃は、静香も恭を産んだばかりで大変だった。お互いに日々の忙しさから連絡できないでいるうちに親友は亡くなった。
(あの子には支えてくれる家族も恋人もいなかった。私だけがあの子を助けられたのに)
普段は秘めているが、静香はずっと親友を助けられなかった自分を責めていた。
あやめだけが毎年の墓参りで聞く断片的な情報から、母の後悔を知っていた。
だからあやめは自分に似ていたというその人の代わりに告げる。
「私と親友さんが似てるなら、自分が死んだ後も忘れずに訪ねて来てくれる人が、1人でも居るだけで嬉しいよ」
さらに母の背を撫でながら、こう続ける。
「だから寂しくて泣くのはいいけど、自分を責めるのはやめて。ここに来る時は一緒に居て楽しかったことだけ思い出して欲しい」
あやめに彼女の気持ちが分かるはずはない。それなのに静香には、あやめの言葉が本当に亡き親友のものに聞こえて、もっと激しく泣き出した。
静香が泣き止んだ後、霊園を出て車に乗り込もうとした時。
「母さん。ちょっとお墓に忘れ物したから戻る」
「えっ? 忘れ物って何を?」
「途中で買ったお茶。ゴミを置いて行くみたいで悪いから、ちょっと戻って回収して来る」
あやめは母に車で待っているように言うと、1人で墓に戻った。
あやめは墓石の横に、わざと置き忘れたペットボトルのお茶を回収すると、手提げから1輪の花を出した。
「これは私から」
先ほど備えた仏花に白いカーネーションを足す。
次に静香が墓参りに来るのは1か月以上先。その頃には野晒しの花はすっかり朽ちて、白菊と区別がつかなくなっているだろう。だからあやめのこの行為は誰にも知れずに済む。
「この花が見当違いならいいけど」
あやめは苦笑いで言うと、乾いた声で付け足す。
「……もし間違いじゃなかったらゴメン」
そして最後に再び墓前に手を合わせると、
「……じゃ。また来年」
と別れを告げて、知らない人の墓を後にした。




