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お守りを買いに行く話

 それはあやめが高2で恭が高1の冬。2月に入ったばかりの八神家のリビング。


「へっへっへ。今年もこの季節がやって参りましたね」


 あやめの前ふりに、恭は首を傾げながら問い返す。


「またあの神社に参拝しに行くってこと?」

「そう! 今年もお前が勝ちまくれるように、今度の休み神様にお願いしに行くぞ!」


 2人は恭が中学に入った頃から、年1である神社に通っている。


 そこは武道や勝負事を司る神様を祀った神社で、オリンピック選手もわざわざ足を運ぶほど、ご利益があるらしい。


 あやめが空手をがんばる弟のために何かできないかと、ネットで調べたのだ。


「交通費は?」

「いつもどおり母さんが出してくれる」

「じゃあ、行く」


 日曜日。2人は(くだん)の神社に来た。ここに来るのは、これで4回目だ。


 恭はあやめと境内を歩きながら何気なく質問する。


「なんで正月じゃなく、2月に来るんだっけ?」

「某占い師さんが、お札やお守りが新しくなるタイミングが節分だって言ってたから。お守りのご利益は1年だって言うし、どうせなら新しいのを買いたいだろ」


 姉の返答に、弟は去年買ってもらった武道のお守りを手に呟く。


「……せっかく買ってもらったお守り、1年で手放すほうがなんかアレだけど」

「なんだ~? お姉ちゃんが買ってやったお守り、恭はそんなに大事にしてるのか~?」


 ニヤニヤと横から体当たりして来るあやめに、恭はムッとして言い返す。


「違う。紐が切れたわけでもないのに、捨てるのがもったいないだけ」

「捨てるんじゃなくて、お返しするだけだから大丈夫だぞ。神様に1年のお礼を言う機会にもなるし、ちょうどいいだろ」


 2人はまず古いお札やお守りを返納する場所に来た。


「ほら、参拝の前に去年のお守りを返して来い。お賽銭(さいせん)を入れるだけじゃなくて、去年がんばれたこと、ちゃんと神様に報告して手を合わせてから返すんだぞ」

「分かってる」


 恭はあやめに言われたとおり、自分が日々努力できること。その成果が着実に出ていることを、神様に感謝して手を合わせた。


「じゃあ、次は神様に今年のお願いをしに行くぞ」

「神社では、お願いじゃなく日頃の感謝だけするようにとも言われてるらしいけど、それは守らなくていいのか?」


 弟の問いに、姉は半笑いで答える。


「お姉ちゃん、都合のいい女だから、いいと思ったことしかしない。感謝はするけど、お願いもする」

「適当なヤツ」

「それでもお前は、ちゃんと結果を出してるだろ~? お姉ちゃんの小説もけっこう評判いいし、調子がいいってことは許されてる証拠」


 それから2人は拝殿に向かう列に並んだ。


「で、今年は何を願う?」

「別にいつもどおり。もっと強くなれますようにって」


 弟の返答に、姉は不可解そうな顔で尋ねる。


「ボクシングは春と夏に大きな大会があるんだろ? この神社は武道だけじゃなくて勝負ごとの神様でもあるし、『優勝できますように』って願えばいいのに」

「勝つだけなら相手の不調やミスの可能性もあるだろ。俺が欲しいのは肩書きじゃなくて実力だから、ただ強くなりたいとだけ願う」


 恭が欲しいのは勝利よりも強さらしい。


 普通は勝つために強くなりたいものだろうにと、あやめは不思議に思って問う。


「今さらだけど、なんでそんな強くなりたいんだ? 倒さなきゃならん敵でもいるのか?」

「敵はいないけど……強くて困ることは無いだろ」


 恭の答えに、あやめは二パッと八重歯を見せて言う。


「確かに強い弟がいると、いざという時に盾にできて、お姉ちゃん安心」

「せめて『護ってもらえて』って言え」


 恭は軽く睨み返したが、あやめは怯むどころかスルッと弟の腕に抱き着く。


「お前が護ってくれるから、お姉ちゃん安心」


 言葉どおり安心し切った笑みで言う姉に、弟は一瞬言葉を失くしたが、


「……人前でくっつくな」


 と遅れて注意されたあやめは、あっさり恭の腕を放して話を戻す。


「でも肩書きがあると、戦わずして勝てて便利だからな。何かあった時『わ、私にはボクシング日本一の弟がいるんだぞ!』って威嚇(いかく)できるように、私はお前の優勝を願おう」

「自分の願いごとはいいのか?」

「ここは武道の神様だから、願うのはお前のことだけ。自分のことは今度、母さんと別の神社に行った時に願う」


 あやめは神様も適材適所と考えている。ここは武道の神様なので、小説家になりたいという自分の夢は願わなかった。


「……俺もそれついて行こうかな」

「なんで? 家族での外出、嫌がるくせに」

「別にいいだろ。武道とは別に、勉強のことだって願いたいし」

「へっへっへ。強欲なヤツ」


 それから姉弟は並んで参拝を済ませた。


「よし! じゃあ、次はお守りを買いに行くぞ! お姉ちゃんに続け~!」


 2人はお札やお守りを授与する社務所に向かった。かなり大きな神社なので、選び切れないほどたくさんの種類のお守りが並んでいる。


「勝負に勝つお守りもあるけど、お前の願いが強くなることなら、いつもどおり武道上達のお守りかな」


 あやめは社務所で『武道上達のお守り』を授与してもらうと、その場で恭に渡した。


「ほれ。ありがたく受け取れ」

「……毎年ありがと」


 ぎこちなくもすぐに礼を言う弟に、姉は二パッと笑顔になる。


「珍しく素直じゃん。へへ~っ、きっとこれでまた1年、大活躍間違いなしだぞ」


 翌週の日曜日。別の神社。


「今年は恭も一緒で嬉しいわ。家族で遠出するなんて久しぶりね」


 子どもたちを後部座席に乗せた母は、ルンルンと自動車を運転した。


 あやめは恭の腕を指で突きながら小声で諭す。


「母さんったら、こんなに喜んで。お前も早く反抗期を卒業して、母さんとたくさん出かけてやんなきゃダメだぞ」

「別に反抗期じゃねぇ」


 1時間半ほどかけて、親子は目的の神社に到着した。ここは主に厄除けで知られる神社だ。


 いちばんの目当てが家内安全の札なので、災難から護ってくれる神社がいいだろうという考えである。


 あやめの願いからはズレているが、自分のために遠出する気力は無い。だから自分の願いごとは、ここで済ませていた。


 親子は参拝を済ませた後、社務所に向かった。


「いつもお母さんとあやめは、お守りを買って交換してるんだけど、恭にも何か買ってあげようか?」


 あやめが『お守りは人からもらったほうがご利益がある』と信じているので、いつも母子で贈り合っていた。


 けれど母の申し出を、恭は素っ気なく断る。


「この間、コイツに買ってもらったからいい」

「ここには勉強の祈願に来たんじゃないのか?」


 自分が贈ったのは武道のお守りだ。勉強の祈願に来たのだから、学業成就のお守りを買ってもらえばいいのに、とあやめは思った。


 しかし弟は重ねて拒否する。


「欲張ったら願いが叶わない気がするから、自分のことは1つでいい」

「え~? でもせっかく一緒に来たのに。お母さん、恭に何か買ってあげたい」

「……じゃあ、ちょっといい?」

「何?」


 恭はなぜか母を連れて社務所を離れた。


「お~い。なんでお姉ちゃんを置いて行くんだよ~?」

「うるせぇ。お守り見てろ」


 あやめが1人でお守りを見ていると、母だけ戻って来た。恭は他の参拝客の邪魔にならないように、離れた場所で待っているそうだ。


「けっきょく恭は、なんだって?」

「え~っと、帰りに美味しいものでも買ってくれって」

「なんだ、それ。別に私の前で言ったっていいだろうに」

「それよりあやめは、今年はなんのお守りにするの?」


 母の質問に、あやめは目当てのお守りを差し出してニッと笑う。


「私は今年も心願成就。小説家になるまでは、これにするつもり」

「良ければ今年はそれ以外にも何か買わない? 厄除けとか健康とか、親としては子どもがまた1年無事に過ごせることが、いちばんの願いなので」

「母さんの気持ちはありがたいけど、家族の安全や健康は家内安全のお札に含まれるんじゃないか? 恭じゃないけど、私も自分の願いは1つに絞りたいからいいよ」

「そ、そっかぁ……」


 残念そうな母をあやめは不思議がりつつも、今度は自分が質問する。


「それで母さんは、なんのお守りにするの?」

「そうねぇ、お母さんは……」


 神社からの帰り道。親子は道の駅に立ち寄った。


「恭~。お姉ちゃんのソフトクリームを1口やるから、たこ焼き1つくれ」

「仕方ねぇな」


 仲のいい姉弟を見ながら、母は神社でのことを思い出した。


『俺には何も買わなくていいから、アイツのお守り代を出させて』

『えっ? どうして?』


 目を丸くする母に、恭は無愛想に理由を話す。


『……いつもわざわざ武道の神社に連れて行ってもらってるから、たまには俺がアイツにお守りを買いたい』

『だったら、あやめに直接お守りを買ってあげるって言えばいいのに』

『アイツすぐ調子に乗るからやだ。母さんからってことにして』


 息子の天邪鬼な厚意を、母は微笑ましがりながらも、


(2人が仲良くて嬉しいけど、せっかく神社に来たのに、自分は子どもたちに何も買ってあげられなくて、お母さん、ちょっと寂しい……)


 と密かに苦笑した。

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