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告白詐欺事件・前編

 それはあやめが高1で、恭が中3の秋。高校の学園祭を控えた10月半ばのこと。


 恭が中学から帰宅すると、すぐにあやめが玄関によたよたと現れる。


「ああ~、恭~。タスケテ、タスケテ……」

「なんだよ、弱った声を出して。学校でなんかあったのか?」


 あやめはそのまま恭によろよろと縋りついて言う。


「最近ある男子に、やたら付きまとわれてる。狙われてる気がする……」

「狙われてるって……お前が好きってこと?」


 弟の問いに、姉は「はぁ?」と顔を歪める。


「こんな夜な夜な妄想小説を書いてる腐れオタク女が好きとかあり得んだろが。どうせまたアレだよ。男同士で非モテ女をからかおうって汚ねぇ算段ですよ」

「お前が中2の時に遭遇したようなクズ、そうそういねぇだろ」

「いや、私には分かる。私に話しかける時のあのにやけ面。クズの波動を感じる」


 明確な悪意を向けられたのは中2の時だけだが、美形の母と弟を持つあやめは、他の男子にもよく残念な女扱いされた。


 そのせいであやめは女としての魅力に自信がなく、例のトラウマにより完全に男性不信になっていた。


「……まぁ、お前がそう思うなら、ただ避ければいいんじゃないの?」

「避けたら避けたで『非モテのくせに生意気だ』とか言われるに決まってんだよぉ! 男ってのは、そういう理不尽な生き物なんだよぉ!」

「いくらあんなことがあったからって、男に偏見持ち過ぎだろ」


 恭は自分に泣きつくあやめの頭を撫でながら、


「なんかあったら、また話を聞いてやるから」


 と落ち着かせた。



 それから数日後。あやめはまた玄関で、帰宅直後の恭を待ち伏せした。


「聞いてくれ、恭! 例の男に告白されたぞ!」


 ハキハキと報告する姉に、弟は「……は?」と固まってから怪訝な顔で問う。


「なんでそんな嬉しそうなんだよ? まさか付き合うのか?」

「は? あんなクズと付き合うわけないだろが! その場でキッパリお断り申し上げたわ!」


 理解不能なあやめの言動に、恭は呆れ顔で質問する。


「じゃあ、なんで意気揚々と報告して来たんだよ」

「私が前に言ったとおり、断ったら『非モテのくせに生意気だ』と。しかも告白は嘘で、やっぱり罰ゲーム的なあれだったと判明したことを、お前に報告したかった」


 要するに『ほら、お姉ちゃんの言うとおりだったろ』と自慢したかっただけだ。


 しかし姉の被害報告を聞いた弟はそれどころじゃなかった。


「なんだよ、それ。また相手の男はお前を調子に乗せて、からかおうとしたってこと?」


 イライラする恭に、あやめも「そうだよ!」と大声で激怒する。


「しかも今度はやけに準備に時間をかけやがって! 危うく本気で私が好きなのかと思いかけたわ!」

「それでよくちゃんと断ったな」


 中2の時、あやめは人並みに恋愛したがっていた。


 もし本心から言い寄られたら、今でも嬉しいのではないかと恭は思っていた。


 けれど今回あやめが告白を断ったのは、こんな理由もあった。


「単に顔が好みじゃなかった。人のこと言えんけど、勉強も運動もパッとしないヤツだし。かと言って性格がいいわけでもなく、笑顔もキモイ」


 半笑いでディスるあやめに、恭は真顔で言う。


「それ全部ソイツに言ってやれば良かったのに」

「そんなことを言ったら余計に的にされるわ。向こうは顏だけじゃなくて人格まで歪んでるんだからな。ここは泣き寝入りするのが吉」


 姉はここで愚痴って終わるにするつもりのようだが、弟のほうが2、3発殴らなければ気が済まなかった。


「ソイツ、腹立つな。俺が締めてやろうか?」

「やめろ、脳筋。だいたいお前は空手の有段者だろ。素人と喧嘩したらヤバいんじゃないの?」


 単なる暴力も発覚すれば問題だが、例えばプロボクサーならライセンスはく奪などもあるはずだ。


 しかし恭はペナルティを失念しているわけではなかった。


「別にいいよ。段位を失おうが、大会に出られなくなろうが。俺は強くなれればそれでいいし」

「私が良くないわ! 母さんだって泣くぞ!」


 あやめは珍しく強く叱ると、続けてこう言い聞かせる。


「いいか、恭。創作の世界と違って、現実じゃ手を出したほうが負けなんだよ。いくら強くなったからって、簡単に暴力に頼るな。人間なんだから、空気を読んで頭を使え」


 真剣に諭された弟は自分の軽率さは認めたものの、仕返しは諦められなかった。


「でもムカつくだろ。そんなことされて、こっちは泣き寝入りなんて」

「う~ん。お前が協力してくれるなら、合法的に凹ます手段はあるぞ」


 それから数日後、あやめの高校の学園祭。


 姉の教室を訪れた弟は「……姉ちゃん」と遠慮がちに声をかける。


「わー、よく来たね、恭君。いらっしゃい」


 やや棒読みで挨拶する姉弟に、クラスの女子が真っ先に気付く。


「えっ!? 八神さん。その男の子と知り合いなの?」

「うん。私の弟」

「嘘!?」

「全然似てない!」


 チビで地味なあやめとは似ても似つかぬ八頭身イケメンの恭に、主にクラスの女子たちが騒然となる。


「よく言われる。でもほら家族写真。残念ながら私は似なかったけど、弟は母さん似なんだ」


 あやめのスマホを見た女子たちは、画面に映る美しい母と息子の姿に目を輝かせた。


「わぁ、確かにお母さんも女優みたいな美人!」

「八神さんに、こんなにカッコいい弟さんがいたなんて……」


 うっとりする女子たちに、あやめはダメ押しとばかりに恭を売り込む。


「弟は私と違って勉強も運動もできるし、空手の全国大会で何度も優勝してるんだ。なっ、恭」

「まぁ」


 自慢が苦手な恭が言葉少なに認めると、女子たちはいっそう盛り上がる。


「すごーい! 全国大会優勝って! そんなに空手が強いんだ!?」

「そのルックスで、そのスペックは強すぎ!」

「いいなぁ、八神さん! こんな素敵な弟さんがいて!」

「えへへ。うん、カッコいいでしょ。自慢の弟なんだ~」


 あやめはクラスメイトたちに思う様、ハイスペックな弟を見せつけた。

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