大ピンチの体育祭・後編
それから2人はリビングに移動した。
あやめはソファーに座った恭の後ろに回ると、さっそく髪を乾かし始める。
あらかた髪が乾いたところで、あやめは「ひひっ」と笑って、
「髪を乾かすついでに、お姉ちゃんを助けてくれた偉い弟を、たくさん撫でちゃお」
と恭の頭をよしよしと撫でた。
「助けられた分際で子ども扱いすんな」
身じろぎして嫌がる弟に、姉は口を尖らせて尋ねる。
「じゃあ、他にどんなお礼がいいんだよ~?」
「別に礼とかいいけど……お前に頭を撫でられるのはムカつくから、いつものでいい」
「いつものって?」
素で問い返すあやめに、恭はゴニョゴニョと説明する。
「いつも礼とか言って、して来ることあるだろ……」
「お礼のチューのこと言ってんのか? チューされたいのか、恭?」
弟のまさかの要求を、姉は面白がって追及した。
「違う。どうしても礼をしたいならって話」
「じゃあ、どうしてもお礼したいからしちゃお」
あやめはローテーブルにドライヤーを置くと、恭の前に回ってニコニコと膝によじのぼる。
「今日はお姉ちゃんを助けてくれて、ありがと。アイツにお姫様抱っこされんの、マジで嫌だったからメッチャ助かったわ」
正面から弟の肩に両腕を回すと、頬や額に何度もキスした。
ところが恭は、あやめの肩を押し返すと、怖い顔で尋ねる。
「アイツにお姫様抱っこされるのは嫌って、何か変なことでもされたのか?」
水飲み場で聞いた限り、異性としての関心は薄そうだった。しかし、だからこそ邪険にされたのかもしれない。
そんな弟の心配を、姉は「んにゃ」と否定する。
「特別何かされたことは無い。向こうが勝手に私のこと『こっちが頼むなら抱いてもいいレベル』とか、ほざいてるだけ」
けれど安心させるつもりが、
「……は? 自分の恋人でもない女に、上から目線で何言ってんだ?」
と恭はかえって不機嫌になった。
我がことのようにイラつく恭とは反対に、当のあやめはあっさりと言う。
「まぁ、でも男女ともにやりがちじゃないか? 実際は話したことも無い相手に、勝手に有り無し判定するのは」
あやめも岡本のことは『地球上で最後の人類になっても付き合いたくねぇ』と思っているので、お互い様だと受け止めていた。
「だとしても付き合うとかならともかく、抱くとか最低だろ」
本人よりも怒っている弟に、姉は「ひひっ」と笑う。
「何笑ってんだよ?」
からかっているのかと顔をしかめる恭に、あやめは、
「お姉ちゃんも、そういうこと言うヤツ嫌い。だから、お前は違くて嬉しい」
と信頼し切った顔でギュッと抱き着いた。
しかしすぐに体を離すと、心配そうに恭の顔を覗き込む。
「ところで体は大丈夫か? 騎馬戦もヤバかったけど、棒倒しは特に激しくてガチの戦争みたいだったし。どっか痛めてない?」
「別にどこも痛くない。子どもの頃から鍛えてんだから、あれくらい全然平気」
居心地悪そうに目を逸らす弟に、姉はしみじみと言う。
「なんかカッコいいな。いつの間に、こんなに強くなったんだろ? 昔はなんでも『お姉ちゃん、やって~』の泣き虫の甘えん坊だったのにな」
「お前がそうやって馬鹿にするから強くなったんだよ」
「馬鹿にはしてないぞ。確かお前が『大人になったら結婚して』とか言うから『お姉ちゃんは護って欲しいタイプだから、泣き虫の甘えん坊とは結婚しない』と言っただけ」
「十分馬鹿にしてるだろうが……」
恨めしそうに言う恭に、あやめは意外そうな顔で尋ねる。
「じゃあ、お姉ちゃんに見直して欲しくて強くなったのか?」
「違う。見返すため」
キッと言い返す恭を、あやめは「ひひっ」と笑って茶化す。
「見返すっていうのは相手の理想になった上で、去ってこそ意味があるんだぞ。せっかくいい男になっても、お姉ちゃんとイチャイチャして助けてくれるんじゃ、私が得しただけ。意味ねー」
姉は笑いながら、弟の肩にグリグリと額を押し付けた。
「イチャイチャはしてない。お前が勝手にくっついて来るだけ」
恭のツッコミに、あやめは「うん」と顔を上げると、
「昔も可愛かったけど、今はもっと強くてカッコいい自慢の弟だから、大好きでくっついてる。へへっ、こんなにいい弟がいて、お姉ちゃん、いいだろ~?」
と幸福そうに自慢した。
そんな姉から弟は顔を逸らすとボソッと注意する。
「……いい加減、風呂に入って来いよ。汚ねぇ」
「いきなり酷いこと言う」
あやめも流石にショックを受けたが、
「まぁ、風呂上りに汚れた体でくっついて確かに悪かったな。じゃあ、お姉ちゃん、風呂に行くわ」
と素直に恭の膝から降りた。
「今日はありがと」
去り際のあやめの感謝に、恭は顔を背けたまま「……うん」と短く答えた。




