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大ピンチの体育祭・中編

 昼休みのグラウンド。レジャーシートで弁当を食べているあやめとほのかのもとに、クラスの女子が声をかけに来る。


「八神さん、昼休憩が終わったら例の競技だからね。チームの優勝のためなんだから嫌がらないで、ちゃんと運ばれてね」


 彼女は一方的に要求すると、あやめの不幸を喜ぶようにニヤニヤしながら去って行った。


 親友のピンチに、ほのかは「うぅ」と涙ぐんで謝る。


「あやちゃん、ゴメンね。助けてあげたいけど、私も男子が苦手だし、あやちゃんより10キロ以上も重いから……」

「いいよ。私の代わりにほーちゃんが行ったら、その魅惑のHカップを堪能(たんのう)されてしまうに決まってる……」


 性的な魅力で言えば、自分よりもほのかのほうが明らかに高くて危険だとあやめは考えていた。


「でも岡本君って教室で平気で猥談(わいだん)するような人だし、あやちゃんだって、もしかしたら変なところを触られるかも」


 ほのかの言うとおり、岡本の話題の8割は猥談だ。


 成人向け作品や性的嗜好(しこう)の話だけならまだいいほうで、彼の興味は身近な異性にも向いており、よく友人と女子の胸の大きさを当てっこしたり、『誰は抱ける。誰は無理』など話したりしている。


 身近な人物について話す時は流石に声を潜めるが、周囲にはバレているし、女子にも当然嫌われている。


 同じクラスの女子で彼の格付けから逃れられる者はいないので、あやめも『抱いてくれって言うなら有り』と勝手に評されていた。


 ちなみに、あやめのほうは『お前に抱かれるくらいなら死を選ぶわ』と思うほど岡本が嫌いだ。


 そんな男にこれから体を触られることに、あやめはすでに死にそうなほどの不安とストレスを感じていた。


「お願いだから不安にさせないで。受け入れるしかないと分かってるけど、平気なわけじゃないんだ……」

「あ、あやちゃん……」


 死相を浮かべる親友に、ほのかもいっそう心配で胸が苦しくなった。


 どんよりする2人の前に、ある人物が足早に現れる。


「ちょっと来い」

「えっ、恭? 何?」

「秋津さんも」


 恭はあやめの手を引いて、2人を校舎裏に連れて行った。


「なんだ? 急にこんなところに連れて来てって……むぎゃっ!?」


 恭はあやめの鼻から下に突然グリグリと手を押しつけた。


 その手が離れると、あやめの顔を見たほのかがギョッとして叫ぶ。


「あやちゃん、大丈夫!? 顔から血が出てるよ!?」


 しかし親友の指摘に、あやめは「血が出てる?」とキョトンとしながら鼻の下を擦る。


「別にどこも痛くないけど……って、えっ!? 何これ、絵の具!?」

「それで鼻血を出したってことにして、どっかで休んでろ」


 恭の指示に、あやめは困惑しながら聞き返す。


「要するに仮病を使って逃げろってこと? ただ具合が悪いと言うよりは信じてもらえそうだけど、これで優勝を逃したら、けっきょく私のせいにされるんじゃ……」


 あやめの自業自得だが、女子に対して日頃の行いが悪すぎるので、この機会に叩かれるおそれがあった。


 けれどその懸念に、恭はこう宣言する。


「優勝すりゃいいんだろ。お前が抜けた穴は俺が埋めるから、競技には出るな」


 体育祭のチーム分けはクラスごとの縦割りで恭とあやめは同じチームだ。なので、あやめの損失を恭が埋めることは確かに可能だった。


 恭は一方的にあやめに命じると、今度はほのかに指示を出す。


「秋津さんはコイツの嘘をフォローしてやってください」

「わ、分かった」


 30分後。


「鼻血が出るほど体調が悪いって、信じてもらえて良かったね」


 ほのかの言うとおり、あやめの嘘はあっさりクラスメイトに受け入れられた。


 血のり代わりの赤い絵の具に、ほのかの証言。これだけ小道具が揃えば、推理漫画の世界でも無い限り、そうそう疑われない。


 ちなみに絵の具はクラスメイトに見せた後、さっさと水道で落として証拠も隠滅(いんめつ)した。


 しかし安堵の笑みを見せたのも束の間、ほのかは眉を下げて再び口を開く。


「でも岡本君が走者の時は、あやちゃんに運ばれ役を押し付けたくせに、自分たちが危うくなった途端、走者自体を変更するのは、なんかズルいね」


 珍しく憤る友人に、あやめは投げやりな笑みで返す。


「まぁ、人間は利己的な生き物ですからね。ほーちゃんはともかく、仮病を使ってまで姫抱きを回避した私に言えることはありませんよ」


 走者変更によって、岡本によるセクハラ被害に遭う女子は出なくて済んだ。その代わりポイントは取り損ねてしまった。


 これで優勝できなかったら、やはり『八神が鼻血なんか出さなければ』という空気になるだろう。なんとか今後の競技で挽回したいところだ。


 一方、恭はチームメイトの男子とこんな交渉をした。


「悪いけど、お前の代わりに棒倒しに出させてくれないか?」

「えっ? でも八神は最後の全体リレーの走者だろ? 棒倒しは怪我のリスクが高いから、いちばん高得点のリレーに出る選手は出ないことになってたのに」

「騎馬戦も棒倒しも絶対にリレーには響かせないから。頼む」


 恭の勢いに押されたクラスメイトは、


「わ、分かった。確かにうちのチームは劣勢だし、優勝を狙うなら八神をバンバン出したほうがいいかも」


 と交代に応じた。


 それから恭は最後の全体リレーと騎馬戦の他に棒倒しにも出場。その全てで鬼神のごとき活躍をし、見事にチームを優勝に導いた。


「すごい! 恭君のおかげで本当に優勝しちゃった!」


 歓喜するほのかの隣で、あやめもバンザイして、


「アイツのおかげでクラスのヤツラに白い目で見られずに済んだぜ! ありがとう、恭~!」


 と弟の勝利を喜んだ。


 その夜。恭と一緒に帰宅したあやめは改めて感謝を告げる。


「恭~! 今日はマジでありがと~! 本当は棒倒しに出る予定じゃなかったのに、わざわざ出てくれて! あそこで勝ってなかったら、騎馬戦と最後のリレーが1位でも総合優勝は無かったわ! お前のおかげで高校最後の体育祭に苦い思い出を残さずに済んだよ! 本当にありがと~!」


 姉は感激のあまり弟の背中にギュッと抱き着いた。


「感謝してんのは分かったから、後ろから抱き着いて来んな」

「いや、無理だ。お姉ちゃん、嬉しすぎて今日はお前から離れられない」


 姉は弟の背中にベターッとくっついたまま、ゴロゴロと額を擦りつけた。そもそも男子は苦手だが、岡本は特に無理なので、助けてもらえて本当にありがたかった。


「馬鹿なこと言ってないで、さっさと風呂に入れ。俺も早く汗を流したいんだよ」


 普段はボクシング部の恭よりも、帰宅部のあやめのほうが早く帰る。そのため風呂は、いつもあやめが先だった。


「私はそんなに汗かいてないから、今日はお前がお風呂先でいいぞ。なんなら助けてくれたお礼に、背中を流してやろうか?」

「俺に全くメリット無いからやめろ」


 体育祭で大活躍した分、恭は汗や砂ぼこりで酷く汚れていた。なので姉の勧めどおり、先に風呂に入った。


 しかしあやめも早く入りたいだろうと、長湯はせずに風呂を出た。


「へっへっへ。待ってたぜ、恭~」


 なぜか廊下で出待ちしていたあやめに、恭は不可解そうな顔で返す。


「そんなに待たせてないだろ。お前もさっさと風呂に入れば?」

「風呂の順番を待ってたわけじゃねぇ。お前いつも面倒がって髪を乾かさないだろ? 体育祭で助けてくれたお礼に、今日はお姉ちゃんが乾かしてやる」

「いいよ、別に。放っといても、すぐに乾くから」


 冬場は流石にドライヤーを使うが、恭は短髪なので、温かい時期はタオルドライで済ませていた。


「そう言わずに、お姉ちゃんの言うこと聞け~。お礼させろ~」


 姉が執拗にまとわりつくので「しつけぇな。分かったよ……」と弟は折れた。

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