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大ピンチの体育祭・前編

 6月上旬の夜。恭の部屋。


 あやめは勝手に恭のベッドに寝転がりながら、こんな話題を振った。


「聞いたか、恭? 今年は体育祭実行委員の暴走により、超お馬鹿競技をやるらしいぞ」

「何? 超お馬鹿競技って?」


 勉強する手を止めて聞き返す弟に、姉は話を続ける。


「借り物競争の代わりに、男の走者が女子をお姫様抱っこして走る。題してプリンセス競争」

「本当に馬鹿競技じゃねぇか。それって何年生がやるの?」


 自分の学年だったら最悪だと恭が顔をしかめて問う。


「取りあえず今年は3年がやるらしいぞ。もしこれがウケて伝統になったら、来年はお前が餌食かもな」


 あやめは他人事のように笑っているが、恭は難しい顔で懸念を口にする。


「それが3年の競技だとしたら、お前危なくないか? 異性人気は無くても、軽くて小さいから運びやすさではダントツだろうし」

「んにゃ。お前レベルのイケメンならともかく、好きでもない男子と密着したい女子なんていないから。走者は足が速いだけじゃなくて、彼女持ちの男子が優先的に選ばれるんだ。うちのクラスもそう」


 要するに、もともと相手がいる男子が選ばれると聞いて恭はホッとした。


「そっか。それならいいけど」

「なんだ~? お姉ちゃんがお姫様抱っこされないか心配したのか~?」


 姉のウザ絡みに、弟はムッとして言い返す。


「お前がよその男には死ぬほど弱いからだろ。あんま舐めたこと言ってると、何かあっても助けてやらねぇぞ」


 しかし恭の脅しを、あやめは鼻で笑う。


「高校の体育祭で何が起こるってんだ? 運動神経ゼロ、体力ゴミのお姉ちゃんは最初から戦力外扱いだから、逆になんの責任も無いね」


 ところが体育祭当日。高校のグラウンドで、あやめは恭に泣きついた。


「うわぁぁ、恭~」

「なんだよ? 情けない声を出して」


 弟の問いに、姉はギャンと口を開く。


「例のイカれたカップル競技の走者が昨日バイトでケガしたとかで、急に出られなくなったんだ! そんで代理の走者が選ばれたんだけど」

「……もしかしてソイツのペアに、お前が選ばれた?」


 弟の推測を、姉は「そう!」と勢いよく肯定して話を続ける。


「ソイツに彼女がいないばかりに! クラスのヤツラが確実に点を入れるためには、いちばん小さくて軽い私がいいんじゃないかって!」

「まぁ、勝ちに行くなら妥当な判断だけど」


 この事態に、あやめは「うぇぇん!」と我が身を嘆く。


「なんで体育祭の優勝なんかのために、私が犠牲にならなきゃいけないんだよ~!? 好きでもない男と密着して晒し者になるなんて嫌だよ~!」

「クラスのヤツラにも、そうやって駄々をこねればいいだろうが。だいたい競技1つ棒に振ったところで、そんなに影響出ないだろ」


 しかしあやめによれば、怪我で休んだ男が最後の全体リレーの走者でもあったらしい。全体リレーはいちばん得点が高い。


 リレーで勝てそうにないから、なるべく他の競技は落としたくない。そんな事情からプリンセス競争の重要度が上がってしまったようだ。


「じゃあ、仮病を使って早退しろ。得意だろ、そういうの」


 恭が助言するも、あやめは青い顔で却下する。


「この流れで早退したら確実に仮病だってバレる。悪いのは怪我したヤツなのに、私が逃げたせいで優勝できなかったとか永遠に恨まれる……」

「そんな事態を俺にどうしろって言うんだよ?」


 迷惑がる弟に、姉はワッと叫ぶ。


「ぶっちゃけ、どうしようもない! うわぁぁ! だから、このやりきれない悲しみを! うわぁぁ! ただお前と分かち合いに来た!」

「やめろ。1人で飲み込め」


 その後。あやめは迎えに来たほのかに、


「あやちゃん、大丈夫?」

「うぅ、大丈夫じゃない……。なんで私はこんな運びやすい体に生まれてしまったんだ……」


 と背中を撫でられながら去って行った。


 小さな背を見送る恭のもとに、槇がブラブラと寄って来る。


「恭~。お姉さん、どうかしたのか?」

「なんか女子を横抱きにして運ぶ競技の、運ばれ役を押し付けられたらしい」


 恭の返答に、槇は「わ~」と眉を下げて同情する。


「お姉さん、気の毒に。好きな相手ならともかく、よく知らん男と密着するなんて、女子は気持ち悪いだろうな」

「ただお姫様抱っこするならともかく、それで走るってなったら、落とさないようにギュッと抱き抱える感じになるだろうしね」


 陽太は槇に同意しつつも、ギュッと自分を抱き絞めながら叫ぶ。


「ああ、羨ましいよ3年男子! 来年もその競技やってくれないかな!?」


 それから少し時間が経ち、昼休憩。手洗い場で、ある男子たちがこんな話をしていた。


「岡本、あの競技の代走、お前がやることになったんだって?」

「ああ。女子と密着できていいなと思ってたから代われてラッキーなんだけど、相手が八神なのが残念だな」

「いいじゃん、八神。小さくて軽そうで」


 競技に有利かで考える友人と違って、岡本の目当ては女子との密着だった。


「あんなチビの幼児体型より、美人で触りがいのある女のほうがいいに決まってるじゃん」


 しかしあやめを貶しつつ、岡本はいかにも好色そうな笑みで付け足す。


「まぁ、胸は無いけどあれでも女子だし、尻とか太ももなら柔らかいかな」

「触る気満々かよ。騒がれても面倒だし、ほどほどにしとけよ」

「バレない程度にやるって」


 彼らは知らなかった。近くに女子はいないからいいだろうと油断してした会話を、ちょうど手洗い場に来ていた恭が聞いていたことを。

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