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それはうちの姉ではないな

 ある日の放課後。ボクシング部の活動が無かった恭は、学校の道場で大田原に柔道の稽古をつけてもらっていた。


 その休憩中。


「これは単なる世間話なんだが、お姉さんはどんな男が好みなんだ?」


 何気なく質問する大田原に、恭は怖い顔で口を開く。


「好みも何もアイツは男性不信だから、男と付き合うとか一生無い。強いて言うなら、人に自慢できて役に立つ男が好きとか平気で言うクズだから、付き合っても利用されるのがオチだ。諦めろ」


 一息に言い切る恭に、大田原はブンブンと手を振りながら慌てて弁解する。


「いや! 俺が付き合いたいわけではなく! 世の女性は、どんな男が好みなのかと!」

「よその女は知らんが、うちの姉は男嫌いのくせに面食いだから、イケメンじゃないと嫌らしい」

「そ、そうか。まぁ、誰だってできれば美男美女がいいよな……」


 しょんぼりする大田原を見て恭は気の毒になった。


「……外見より中身で選んでくれる人もいるだろうけど、うちの姉は文武両道で見た目もいいヤツが好きって臆面(おくめん)も無く言う超高望み女だから、本当に諦めたほうがいい」


 けっきょく姉は諦めろと言う恭に、大田原は困り顔で再び訂正を試みる。


「いや、だからお前のお姉さんを狙っているわけでは……」

「じゃあ、どんな女がタイプなんだ?」

「そうだな……俺こそ高望みと言われそうだが、優しくて上品で家庭的な感じの可愛らしい女性が好みだな」


 照れ照れと語る大田原に、恭はしばしの審議の結果。


「……それはうちの姉ではないな」

「だからそう言っている」

「じゃあ、なんでアイツが可愛いとか優しいとか褒めたんだ?」


 恭の疑問に、大田原は少し驚いた顔で問い返す。


「なんでって……友人のご家族だし、いいところがあれば普通に褒めないか?」

「……じゃあ、やたらアイツの食べ残しをもらいたがってたのは?」


 友人でもない女子の食べ残しを自分がもらうと言う。恭はてっきり間接キス狙いか点数稼ぎかと密かに疑っていた。


「それは単にお前が困っているのかと申し出ただけだ」


 あくまで大田原は、あやめを友人の姉としか思っていない。食べ残しをもらうと言ったのも、恭が本気で嫌がっていると思ってのことだった。


 大田原の真意を知った恭は自分の邪推を恥じた。


「……俺を殴れ」

「な、なんで?」


 しかしその申し出は、かえってこの心優しい友人を戸惑わせた。


【オマケ・いい雰囲気が5秒と持たない】


 大田原と話した日の夜。八神家のリビング。


「大田原、メッチャいいヤツだわ」

「なんだ、いきなり?」


 キョトンとするあやめに、恭は珍しく感動した様子で述べる。


「アイツの心の綺麗さに感動したから言いたくなった」


 何があったか知らないが、弟にとって友人の心の美しさは、わざわざ報告するほど特別な出来事らしい。


 その微笑ましい知らせに、あやめは頬を緩めて返す。


「人の心の美しさが分かるのは、自分の心も綺麗だからなんだぞ。友だちの美点に感動できる綺麗な心で良かったな」

「なんだよ、急にいい話っぽいこと言って。いつものウザキャラはどうした?」


 真正面から褒められた気恥ずかしさから、つい憎まれ口を叩く弟に、姉は「ひひっ」と笑って答える。


「お姉ちゃんはこれでも作家だぞ。たまにはいいことくらい言うわい」

「たまにじゃなくて、そっちをメインにしろよ」


 常にマトモであれと求める弟に、姉はくわっと八重歯を見せて吠える。


「いつもいいこと言ってたら、お前に慕われちゃうだろが! 私は弟をシスコンにしないために、あえてこのキャラで居てやってんだよ!」

「俺のシスコン化を防ぎたいなら、なんでゴロゴロ懐いてくんだよ?」


 恭の指摘どおり、あやめはソファーに腰かける弟の膝を勝手に枕にしていた。


「これはウザ絡みの一環だが? なんだ? 恭はゴロゴロお姉ちゃんが可愛くて、シスコンになりそうなのか? アーッ!? 調子に乗りました! ゴメンなさい!」


 発言の途中で恭に顔面を鷲掴みにされたあやめは早々に屈した。


 弟は姉の顔面を解放して言う。


「確かにお前がウザイおかげで、シスコンにならずに済むわ」

「そうだぞ。こんなに小さくてか弱いお姉ちゃんが聖女のようだったらと想像してみ? お前は絶対に『姉を脅かす者、許さないマン』になってたぞ。今でも割とその()があるのに」

「そんな気は少しもねぇよ」


 恭は即座に否定したが、あやめは笑顔で指摘する。


「前に私にハニトラ仕掛けたクソ男子どもに、ブチ切れてたのはだーれだ?」


 あやめは中2と高1の時に、クラスの男子から悪戯の標的にされた。特に中2の時は炎天下の公園で、1時間以上も待ち惚けさせられた。それを知った恭は犯人たちに殴りかかり、危うく大事になるところだった。


 当時の自分のキレっぷりを思い出した恭は、気まずそうに目を逸らしながらゴニョゴニョと言い訳する。


「あれは仕方ないだろ……。身内があんなことをされたら誰だって怒るだろ……」

「世の中には冷め切った夫婦と同様に、お互いに無関心な姉弟もいるんだぞ。だからお前が私のことで怒ってくれるのは、全然当たり前じゃない」


 あやめはソファに座り直すと、恭の手に手を重ねて笑顔で告げる。


「なんだかんだ、いつも助けてくれて、ありがと」


 姉からの素直な感謝に、弟は少し居心地が悪そうに身じろぎしながら返す。


「別に俺はそれが普通だと思ってるし……。全然特別なことじゃ……」

「へへ~っ、だとしたら、お前は弟ガチャSSRだな。全くお前は役に立つし、体はエロいしで最高だぜ……アーッ!? 褒めたのに何故!?」


 再び恭にアイアンクローされて、あやめは絶叫した。


「実の姉に体がエロいとか言われて喜ぶ弟がいるか」


 幸いその手はすぐ離れたが、あやめは懲りずにふざける。


「これが男女逆だったら『お兄ちゃんなら、いいよ……』とか可愛いことを言ってくれたかもしれないのに」

「男女逆だったら、とっくに殺してる」


 恭は殺意の表情だが、あやめはなおも冗談を続ける。


「じゃあ、お前がお姉ちゃんに欲情していいぞ。おっぱい揉むか?」

「揉むほどねぇだろ、この貧乳」


 弟の辛辣な返事に、姉はアリクイが威嚇するようなポーズで怒鳴る。


「お姉ちゃんが貧乳で良かったろうが! もしほーちゃんくらい豊満だったら、触りたくなっちゃうだろが!」

「俺はお前みたいに変態じゃないから、どんな体型だろうが触らない」


 ツンと言い切る恭の手を、あやめはおもむろに取ると、


「おりゃ」


 と自分の胸に当てさせた。


 日中はカップ付きインナーを着ているが、今は夜。寝る時は鬱陶しいからと、パジャマしか着ていなかった。


 そのためささやかだが胸の感触が分かり、恭はギョッとした。


「いきなり何させんだ!?」


 バッと手を引っ込める弟に、姉は「けけけ」とあくどい笑みで言う。


「私は天邪鬼だからなァ~。触りたくないって言われると触らせたくなるんだよォ~」


 いつもならすぐに苦情が飛んで来るところ、恭は赤くなって黙り込んだ。


 動揺のあまり何も言えなくなっている弟に気付いた姉は目を丸くして所感(しょかん)を述べる。


「お姉ちゃんの胸を触ったくらいで、そんな反応をするとは。お前は本当に見た目の割に童貞力が高いな」


 それはあやめとしては『ピュアだな』という意味で、貶したつもりはなかったが、どちらにしろ恭は激怒した。


「なんだ? 急に立ち上がって……アーッ!? イヤーッ!? 逆さ吊りはダメぇぇ!」


 『逆さ吊り』とは小柄な姉の両足を持って逆さにぶら下げる荒業だ。肉体的な痛みは無いものの、鉄棒の前回りさえ怖くてできないあやめにとって、最も恐ろしい制裁だった。


 必死の謝罪により、なんとか逆さ吊りを免れたあやめは、その後しばらく弟への軽口を控えたという。

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