姉弟と手料理
昼休み。恭の教室。
例によって弟に会いに来た姉は「えへっ」と可愛い子ぶりながら、綺麗に包装したクッキーを差し出す。
「今日は調理実習でクッキーを焼いたの。大好きな恭君のために、がんばって作ったから食べて?」
「いきなり、なんだよ? そのキモイ小芝居。本音を言え」
顔を歪めて真意を問う恭に、あやめは一瞬で素に戻って言う。
「ぶっちゃけ素人の作るクッキーって大して美味しくなくない? 案の定、微妙な出来だから、お前が食ってくれ」
「弟を残飯処理に使うな」
「お前が嫌なら友だちにあげてもいいぞ。私が美味しくないものでカロリーを取りたくないだけで、可もなく不可もなくな出来だから。タダ飯ならぬタダクッキーなら誰か食ってくれるんじゃね? じゃっ、これ。任せた」
「あっ、おい」
姉は弟に強引にクッキーを押し付けると、足早に逃げた。
恭が不機嫌そうに自分の席に戻ると、
「聞いたぞ、恭~。お姉さんからクッキーをもらったみたいだな~?」
と陽太がゾンビのように寄って来る。
「だからなんだよ?」
「お姉さんは美味しくないと言ってたけど、見た目は普通だし、きっと美味しいはず! 恭はいらないんでしょ? 俺にちょうだい!」
あやめも友だちにあげてもいいと言っていたし、陽太は当然もらえるものと思っていた。
「は? いらないなんて一言も言ってないけど?」
まさかの拒否に、陽太は「えっ?」と驚いて、
「でもさっきは、あんなに嫌そうにしてたのに」
と指摘すると、恭は早口で言い返す。
「それはいらないもんを押し付けられるのが嫌なだけで、クッキーが嫌とは言ってない。むしろ今日は異常に腹が減ってるから、アイツの手作りだとしても食料が手に入って良かった」
「え~? だとしても5枚くらい入ってるみたいだし、1枚くらい良いじゃん~」
陽太が粘るも、恭は断固として断る。
「ダメ。今日も部活だから、ちょっとのカロリーも無駄にできない」
クッキーを巡って争う男子たちに、清楚な雰囲気の女子がおずおずと声をかける。
「あの、八神君。そんなにお腹が減ってるなら、私のお弁当を分けてあげようか? 自画自賛みたいでアレだけど、毎日作ってるから美味しいと思うんだ」
ちょうどお弁当を開いたところで、メインのハンバーグが手つかずで残っていた。メインを失うのは手痛いが、気になる男子に料理上手をアピールしたい。
ところが彼女の思惑とは裏腹に、恭は陽太を指して無慈悲に頼む。
「じゃあ、コイツにやってくれ。女子の手作りに飢えてるみたいだから」
「えっ」
「やったー! クッキーかハンバーグなら断然肉だよね!」
「う、うぇぇん……」
好きな人の前で『テメェに言ったんじゃねぇ!』と言えなかった彼女は、気の毒に陽太にハンバーグを奪われた。
3分後。もくもくとクッキーを食べる恭に、槇が微笑ましそうに尋ねる。
「どう? お姉さんの手作りクッキーは?」
「別に普通……」
【オマケ】
休日の夕方。ほのかの家から帰宅したあやめは、恭の部屋を訪ねると、バーン! と、あるものを見せつける。
「恭、見ろ! ほーちゃんと作った、この見事なカップケーキを!」
それは言葉どおり、透明な袋にリボンでラッピングしたカップケーキだった。
あやめは母の代わりに食事を作るかイベントごと以外では、ほとんど料理をしない。しかしほのかの趣味がお菓子作りなので、彼女と一緒にあれこれ作ることはある。
「なんだよ? また俺に食えって?」
「ううん。これはすごく美味しくできたから、お姉ちゃんが食べる」
大事そうにカップケーキを引っ込めるあやめに、恭は怪訝な顔で尋ねる。
「じゃあ、なんで見せに来たんだよ?」
「お前がいつもお姉ちゃんの手作りを嫌がるから、美味しくできたヤツをあえて見せつけて『あーげないっ』しに来た!」
八重歯を見せて無邪気に笑う姉に、弟はおもむろに立ち上がって近づくと、
「アーッ!? 無言で取り上げるな! アーッ!? それは私が食べるって言ったのに!」
と叫ぶあやめからカップケーキを強奪し、あっという間に平らげた。
「確かに、この前のクッキーより美味いわ」
「ゴミだけ返すな! 恭のチクショウ! 今度はお前が作ったもんを私に寄越せよ!」
あやめは捨て台詞を吐くと、負け犬のように恭の部屋から退散した。
次の休日。珍しく恭のほうから、あやめの部屋を訪ねて問う。
「お前、今日の昼はどうする?」
「えっ、何? なんか買って来てくれるの?」
早くに父親を亡くした八神家は母子家庭だ。食事は基本的に母が作ってくれるが、不在の時は自分で買うか作るかしていた。
休日だと外出嫌いのあやめは冷凍食品かカップ麺で済ませ、恭は外で食べるか買って来ることが多い。
しかし今日は、弟がこんな提案をした。
「違う。俺はチャーハンを作るけど、ついでだからお前も食う?」
「え~? 恭が作ってくれんの? 珍しい。食べる食べる」
1時間後。ダイニング。
恭は細かく刻んだハムとネギと玉子のチャーハンに、ネギとザーサイの中華スープを作った。
あやめは美味しそうにチャーハンを食べながら、ほくほく顔で感想を述べる。
「やっぱり鉄鍋を振れるのは強いよな。チャーハンと野菜炒めは、お前が作ったほうが美味しい」
「まるで自分のほうが料理上手みたいな言い方をするな」
弟の厳しいツッコミに、姉は「なんだよ~」と口を尖らせる。
「お姉ちゃんだって母さんに頼まれて、週2くらいで晩御飯を作ってるだろ~?」
「味付けが違うだけで材料は同じなカレーかシチューか肉じゃがか、どっちにしても一品料理ばっかだろ」
手抜きの自覚はあるので、あやめは特に怒らず、ご機嫌で話を戻す。
「そう! だから今日のお昼は豪華! このザーサイの中華スープも美味しいし、なんか知らんが得しちゃったぜ」
この前カップケーキを奪われた件を、あやめはすっかり忘れていた。そもそも『見せびらかしに来た』というのは冗談で、恭が欲しがればそのままあげてもいいと思っていた。
わざわざ思い出させる気の無い恭は、黙ってスープを飲んだ。




