ご褒美マカロン
無事に花束を買った恭は、最後にケーキ屋に入った。
事前に打ち合わせたとおり、見た目が華やかなフルーツ系のケーキを数点撮影すると、あやめに送って判断を仰ぐ。
すぐにあやめから返信が来たので、それを注文した。
「ケーキはこちらの1点で、よろしいですか?」
店員の確認に、恭はふと思いついて追加注文する。
「じゃあ、そのラズベリーのマカロンを1つください。ケーキとは別会計で」
それから恭は買い出しを終えて自宅に戻った。
「ただいま」
「お帰り~。カーネーション、ちゃんと買えたか?」
玄関まで出迎えに来た姉に、弟はピンクの花束をバサッと渡す。
「毎年やってんだから、今さら間違えねぇよ。これでいいんだろ?」
「うん。やっぱり花束を渡すなら、このくらいのボリュームがないとな」
恭の帰宅から40分後。
台所でカレーをかき混ぜるあやめのもとに、恭が「風呂掃除終わった」と報告に来た。
「偉いな。ご褒美にチューしてやろうか?」
「カレー混ぜてろ」
冷たく断られたあやめは急に苦しそうな顔で言う。
「ところでお姉ちゃん、早くも力尽きはじめてる。た、頼む。私の代わりに米を洗って、ご飯を炊いてくれ……!」
「けっきょく家事までやらせる」
弟は文句を言いつつも、姉の茶番に付き合い、炊飯器からお釜を取り出した。
その様子を見ながら、あやめは笑顔で述べる。
「お礼にお姉ちゃんの愛情カレー、いちばんに食べていいぞ」
「それ単に俺たちだけ昼もカレーってだけだろ」
弟の鋭い指摘に、姉は「バレたか」と笑いながら続ける。
「残ったらもったいないから、いっぱい食べてね」
恭が炊飯器をセットした頃。あやめもガスコンロの火を止めて調理を終えた。
「じゃ、ご飯が炊けたら、お昼にしよ。それまでお姉ちゃんは休憩じゃ」
あやめは恭に一時解散を告げると、冷たいお茶が入ったコップを手にリビングに向かった。
ところがソファに座ってテレビを点けると、なぜか恭がついて来る。
「どうした? お前も休んでいいぞ」
「目ぇ閉じて口開けろ」
不可解な命令に、あやめは目を丸くする。
「なんだ? 激しいキスでもするのか?」
「姉弟でそんなことするか」
「じゃあ、なんで?」
「いいからやれ」
あやめは首を傾げつつも、指示どおり目を閉じて口を開けた。
すると、すぐに口の中に何か突っ込まれる。
「んっ!?」
あやめは驚いて目を開けると、口を押さえながら恭に尋ねる。
「何これ美味しい。お菓子?」
「マカロン。ケーキを買ったらオマケだって」
滅多にケーキ屋に行かないあやめは恭の嘘を素直に信じた。
「へ~、ラッキーだったな。で、その1つしかないマカロンをお姉ちゃんにくれたの? 優しい~」
ニヤニヤする姉に、弟はムッとして言い返す。
「違う。俺は要らなかっただけ」
「どっちにしても得しちゃったぜ。やはり善行は積むものですね」
「あと自分で食え」
恭はあやめに半分になったマカロンを渡そうとした。ところが姉は餌付けを待つ雛のように、目を閉じて「あ~」と口を開く。
「あ?」
「あ~」
暗に『食べさせて』と言うあやめに、恭は眉根を寄せながらもマカロンを食べさせてやった。
「へっへっへ。イケメンの弟に食べさせてもらうマカロンは格別だなァ」
上機嫌のあまりチンピラ化する姉に、弟は不満そうに愚痴る。
「なんで母の日に、お前に奉仕しなきゃならねぇんだ」
「母さんへの労いは母の日と誕生日だけでいいけど、お姉ちゃんへの奉仕は年中無休だから」
「親より上に立つな」
「尽くした分の礼はするぞ。ほら、ご褒美のチュー」
あやめは恭の頬にチュッと口づけた。
恭はバッと頬に手をやりながら、悔しそうに口を開く。
「……チューがご褒美とか、今どき漫画のヒロインでも言わないぞ」
「ひひっ、大丈夫。私はウザイ身内キャラだから。主人公に嫌がられるウザ絡みお姉ちゃんはたくさんいるだろ」
「ウザい自覚があるならやるな」
「とか言いつつ、私の間合いから逃げないのは、もっとしてくれってことか?」
あやめの指摘どおり、恭はソファの隣に座ったままだ。
「違う。逃げそびれただけ」
「じゃあ、その隙に乗じて、もっとくっついちゃお」
あやめは側面から恭に飛びかかった。とは言え虚弱チビの姉に、格闘技をしている弟を押し倒せるはずはない。
ところが恭は容易くソファーに引っ繰り返された。
「やめろ。ウザイ」
「とか言って簡単にマウントを取らせる。やはり対弟戦において、お姉ちゃんは無敵」
「勝手に言ってろ」
不服そうな弟の上で、姉は猫のように腹這いになって言う。
「今日はお使いとお手伝い、ありがと。ケーキ美味しそうなの買えたし、母さん、きっと喜ぶぞ」
満足げに笑う姉に、弟はふと手を伸ばす。
「なんで頭を撫でるんだ?」
「別に……今日はお前もがんばったかなって」
恭の不器用な労いに、あやめはくすぐったそうに「うん」と笑顔で返す。
「お姉ちゃん、今日はがんばったぞ。だから、おらっ! もっと労え!」
「すぐ調子に乗る」
自分の胸にドリルのように額を擦りつけて来るあやめに、恭はうんざり顔をした。
しかし逃げることはせず、ご飯が炊けるお知らせ音が鳴るまで、姉の頭を撫でていた。




