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母の日なので、お使いに行く

 5月上旬の夜。恭の部屋。


「明日はなんの日だ?」


 クイズっぽく問うあやめに、恭は卓上カレンダーを振り返りながら首を捻る。


「明日? 日曜? なんかあったっけ?」


 (あん)(じょう)忘れている弟に、姉は半笑いで教える。


「5月の第2日曜日は母の日だぞ。お姉ちゃんに言われなくても、そろそろ覚えろ~」

「要するに今年も母の日をやるってこと?」


 姉弟はあやめが小学校に上がってから、毎年欠かさず母の日に贈りものをしていた。


「そう。明日はお姉ちゃんが晩御飯を作るから、お前はカレーの材料と花とケーキを買って来て」

「いいけど……お前に命令されるのは、なんか嫌だな」

「お前が母の日と母さんの誕生日を自発的にしないから、お姉ちゃんが指示してんだぞ。家事もしながらフルタイムで働くってメチャクチャ大変なんだから、母の日くらいちゃんとしろ」


 弟には横柄な姉だが、母をとても大切にしている。


「そう思うなら普段から料理すればいいのに」


 恭の指摘どおり、姉弟はできる範囲で家事を手伝っているが、朝食と夕食はほとんど母が作っていた。


「やだ! お姉ちゃん、怠惰(たいだ)だから! これ以上がんばったら死んでしまう!」

「まぁ、トイレとか玄関掃除とかはお前がしてるし、これ以上やれとは言わないけど」


 あやめによると、玄関やトイレは風水で仕事運や金運にまつわる場所で、自分の開運のためだそうだ。だとしても家族が助かるのは確かなので、恭は評価していた。


「ともかく明日、お前は買い出しを頼む。ちなみに花とケーキ代は折半だから、ちゃんとレシートもらえよ」


 改めて依頼するあやめに、恭は「分かった」と素直に頷いた。


 翌日。いつも日曜日は寝坊するあやめだが、珍しく早起きすると朝食の席で母に告げる。


「母さん、今日は母の日だから、うちのことは私たちがやる。夕飯も私が作るから、外でゆっくりして来て」

「嬉しい~。今年も母の日をしてくれるの?」


 母は手を合わせてニコニコと喜んだが、「でも」と代案を出す。


「どうせなら家事をしてもらうより皆で出かけられたほうが、お母さん、嬉しいけどな」


 夫の死をきっかけに看護師として復職したが、静香はもともと家事のほうが好きなタイプだ。1人で羽を伸ばすより子どもたちと出かけられるほうが、本人としては嬉しかった。


「それじゃ母さんによる家族サービスになっちゃうぞ。お出かけは今度付き合うから、今日は家事を休んで羽を伸ばして来てくれ」


 あやめとしては母の日なのだから、静香にだけ得させたい。


 娘の気持ちを汲んだ母は「そっか」と笑って受け入れる。


「じゃあ、久しぶりにショッピングや気になってたカフェに行っちゃおうかな。ありがとう、2人とも。お土産買って来るからね」


 それから母はお洒落して出かけた。


 母を見送った後、あやめは恭を振り返って改めて指示する。


「じゃあ、お姉ちゃんは朝食を片付けたら、洗濯したり掃除機かけたりしてるから、お前は買い出しして来てくれ」

「それはいいけど、ケーキって母さんの分だけ?」


 あやめが渡したお使いメモには『母さんのケーキ』としか書いてなかった。


「食べたいなら買えばいいけど、自腹だぞ」

「俺じゃなくて、お前は食わないのか?」

「お姉ちゃんはケチだから、自分でケーキは買わないのです。特に今月は自分の誕生日があるしな」


 あやめは小説家の卵だが、執筆だけで十分に稼げる者は一握りだ。楽な道ではないと覚悟しているので、少しでも貯金しようとしていた。


「……ならいいけど」

「母さんは味よりも見た目が華やかなケーキのほうが好きだから、フルーツ系の綺麗なヤツにしてくれ。後カーネーションは、赤じゃなくてピンクな」

「花はいいけど、ケーキは分からないから写真送る」

「分かった。じゃあ、いってら」

「うん」


 恭はスーパーでカレーの材料を買うと、花屋に行った。


 注文した花束の仕上がりを待っていると、


「あ、あの、八神君」


 と声をかけて来たのは、素朴でぽっちゃりした同年代の女子だった。


 恭はジッとその子を見ると、首を傾げながら尋ねる。


「……同じクラスの人?」

「そ、そう。偶然だね、こんなところで会うなんて」


 勇気を出して話しかけたものの、彼女は恭が自分を知っていたことに驚いた。同じクラスではあるが、太目でお洒落に疎い自分は、異性にとって空気だろうと思っていたので。


「そっちもカーネーションを買いに来たのか?」


 恭の問いに、彼女は手にしていた赤いカーネーションのブーケを見せながら答える。


「う、うん。今日は母の日だし。あんまり高いプレゼントは買えないけど、せめてカーネーションくらいはって」

「偉いな。ちゃんと、お母さんを大事にしてて」


 憧れの八神君に予期せず褒められた彼女は、もじもじしながらも、なんとか返事をする。


「で、でも八神君も、お母さんにお花を買いに来たんだよね? 男子でちゃんと母の日してるのって珍しいよね。や、優しいね」


 自分が恭とどうにかなれるとは思わないが、彼女も『母の日するんだなぁ』と感心していたので、偉いねとだけ伝えたかった。


 しかしクラスメイトの誉め言葉を、恭は「いや」と否定する。


「これは姉の提案だから。俺だけだったら多分やってない」


 母にはもちろん感謝しているが、姉に言われない限り、母の日も誕生日も忘れがちな自分なので、一人ではきっとやらないだろうと恭は思った。


「そ、そうなんだ。じゃあ、お姉さんが優しいんだね」


 彼女は反射的に返した後で、


(あれ!? この言い方だと、八神君は優しくないみたいかな!?)


 と内心焦った。


 ところが恭はどことなく嬉しそうに答える。


「……まぁ、アイツ、そういうところは割とちゃんとしてるから」


 その返事に彼女が何か言う前に、花束を仕上げた店員がカウンターから恭を呼んだ。


「じゃあ、俺もう行くから」

「あっ、うん。じゃあね」


 クラスメイトは会計を済ませて店を出る恭の背を見送りながら、


(八神君のこと『クールを通り越して冷たくて怖い』って子もいるけど、本当は家族想いで優しいんだな)


 と温かい気持ちになった。

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