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婚約破棄を全国放送された悪役令嬢ですが、公開処刑されたのは無能王子の方でした  作者: カルラ


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第六章 国家機密を公開します

翌朝、目が覚めた瞬間から緊張していた。

天の声が「王国の闇」と言っていた。

最初の騒動が婚約破棄の暴露だったとすれば、次は何が来るのか。

財務の問題、とアレクシス卿は言っていた。

私のメモした数字が、その糸口になるかもしれないとも。

着替えながら、頭の中で数字を辿った。

二年前から続く、規則的な誤差。

同じ地域、同じ時期、少しずつ消える金額。

修正してしまったから、元の数字はメモにしか残っていない。

 

「リリアーヌ様、顔色が優れません」

 

「眠れなかった」

 

「やはり」

 

「財務のことが気になって」

 

アネットが心配そうな顔をした。

でも何か言えるわけでもないから、お茶を淹れてくれた。

それで十分だった。

 

朝食を取りながら、メモを引っ張り出した。

几帳面な習慣のおかげで、数字は細かく記録してある。

見返すと、やはり規則的だ。

毎年同じ月に、同じ地域の税収報告が、前年比でわずかに少ない。

少ない金額は小さいが、積み重なると相当な額になる。

これを誰かが意図してやっているとしたら——。

 

「おはようございます全国の皆様!! 天の声、本日も参ります!! 昨日お伝えしました通り、本日からは新たな局面へと突入でございます!! テーマは——王国財政の闇!!」

 

始まった。

お茶を一口飲んで、心を落ち着かせた。

 

「まず最初に、全国の皆様に謝罪がございます!!」

 

謝罪。

天の声が謝罪をするのは初めてだ。

外もざわついた気配がある。

 

「これからお伝えする内容は、本来であれば国家機密に該当する情報を含みます!! しかしながら王族監査システムの性質上、国家危機の解消のためには公開が必要と判断されました!! 以上をご了承の上、お聞きください!!」

 

国家機密。

私はメモから目を上げた。

国家機密を公開する、と言った。

これは——かなり大きな話になる。

 

「では参ります!! 現在の王国財政の状況でございます!!」

 

外が静まり返った。

雨上がりの朝の静けさとは違う。

みんなが息を呑んで聞いている静けさだ。

 

「王国の今年度財政収支——赤字でございます!!」

 

どよめきが走った。

 

「赤字の規模——王国年間税収のおよそ三割に相当!! これが五年連続で続いております!! なお国民の皆様にはこれまで黒字と発表されてきました!! 大変申し訳ございません!!」

 

五年連続の赤字。

黒字と偽っていた。

私は手元のメモを見た。

五年前から、数字がおかしくなっている。

一致している。

 

「続けます!! 赤字の主な原因として、二点が確認されています!! 一点目——王族の不必要な支出の増大!! 二点目——税収の一部が正規のルートを経由していないこと!!」

 

正規のルートを経由していない。

それは——横領だ。

 

「横領の疑いがある取引を追跡した結果、資金の流れに規則性が確認されました!! 毎年春と秋、東部三州および北西部二州の税収報告において、申告額と実際の徴収額に差異が生じています!!」

 

東部三州。

私のメモにある地域と、完全に一致した。

 

「差異の総額——五年間の累計でおよそ金貨二十万枚相当!!」

 

二十万枚。

外から悲鳴に近い声が上がった。

私も声が出なかった。

修正したときに感じた違和感の総量が、これほど大きかったとは思っていなかった。

一回一回は小さな数字だったから。

でも積み重なれば、国家が傾く規模になる。

 

「ここで!! 重要な証言者が登場でございます!!」

 

天の声のトーンが上がった。

 

「王太子殿下の婚約者として財務書類の整理を担当していたリリアーヌ・エルシェイド嬢が、二年前にこの差異に気づき、記録を残していたことが判明しました!!」

 

私の名前が出た。

顔が熱くなった。

 

「リリアーヌ嬢は誤記として修正処理を行いましたが、修正前後の数字を几帳面に記録していました!! その記録が現在、唯一の物的証拠となっています!!」

 

「やめてほしい……」

 

小声で言った。

 

「大変申し訳ございませんが公益情報のため続けます!!」

 

分かっていた。

そういうシステムだと、もう理解している。

 

アネットが顔を青くしている。

 

「リリアーヌ様、外がすごいことになっています」

 

「見たくない」

 

「ですよね」

 

カーテンは今日も閉めておくことにした。

 

しばらくして、アレクシス卿が来た。

約束通り、メモを取りに来たのだ。

応接間に通すと、彼はすでに天の声の内容を聞いていたらしく、表情が普段より僅かに引き締まっていた。

 

「聞きましたか、今朝の内容を」

 

「聞きました。二十万枚というのは……予想より大きかったです」

 

「私も驚きました。あのメモがそこまで重要だとは思っていなかったので」

 

「見せていただけますか」

 

メモを手渡すと、アレクシス卿は無言で読み込んだ。

読みながら、眉がわずかに動いた。

何かに気づいた顔だ。

 

「リリアーヌ嬢、これを見てください」

 

彼がメモの一箇所を指した。

 

「この地域の差異、春と秋で金額が違います。春の方が常に少ない」

 

「はい。農作物の収穫量の差かと思っていました」

 

「北西部は春も秋もほぼ同量の収穫がある地域です。気候的に」

 

「……知りませんでした」

 

「私の管轄地に近いので詳しいんです。つまりこれは農業収入の変動ではなく、意図的な差額調整の可能性が高い」

 

意図的な差額調整。

誰かが計算して、金額を操作していた。

 

「誰が、こんなことを」

 

「それが問題です。今日の天の声が続きを言うと思います」

 

言い終わった直後だった。

 

「続報でございます!! 資金の流れを追跡した結果、横領に関与している可能性が高い人物の特定が進んでおります!! 本日中に続報をお伝えする予定でございます!! ただいま調査中です、少々お待ちください!!」

 

少々お待ちください、というのが妙に気軽な言い方だった。

アレクシス卿も天井を一瞥して、また視線をメモに戻した。

 

「このメモは預かっていいですか。王族会議に提出したい」

 

「構いません。ただ——私が認識していた違和感がこれで全部です。他に何かあっても、私には分かりません」

 

「十分です」

 

「本当に役立ちますか」

 

「現時点で物的証拠はこれだけです。十分すぎるくらい役立ちます」

 

また断言された。

この人はいつも迷いなく言い切る。

私とは正反対の話し方だ。

 

「……そうですか」

 

「リリアーヌ嬢は、なぜ誤記として処理したんですか。おかしいと思ったのに」

 

聞かれて、少し考えた。

 

「言える立場じゃないと思っていました。財務の専門家でもないし、婚約者として書類を整理しているだけで、判断を下す権限は私にはない。だから誤記として直して、記録だけ残しておいた」

 

「誰かに報告しようとは」

 

「したいと思ったことはあります。でも誰に言えばいいか分からなくて。殿下に言っても、たぶん聞いてもらえなかったと思います」

 

言ってから、それは殿下への批判になるかと思った。

でもアレクシス卿は眉一つ動かさなかった。

 

「正直な評価だと思います」

 

「……殿下の悪口を言いたいわけじゃないんですが」

 

「分かっています」

 

短く言って、アレクシス卿はメモを丁寧に折り畳んだ。

大事に扱ってくれていると分かった。

 

お昼を過ぎた頃、天の声が再び口を開いた。

 

「お待たせいたしました!! 調査結果が出ました!! 横領に関与している可能性が高い人物、確認されました!! 発表の前に一つ申し上げます!! これは現時点での調査結果であり、最終的な確定は王族会議での審議によります!! ご了承ください!!」

 

珍しく、前置きが丁寧だった。

それだけ重大な発表をするということだ。

外が、シンと静まった。

街全体が息を呑んでいる気配がする。

 

「関与が疑われる人物——複数名確認されていますが、本日は首謀者とみられる一名のみ発表します!!」

 

また間があった。

 

「王国財務を管轄する——宰相府の関係者でございます!!」

 

宰相府。

その言葉が空気に溶けた瞬間、外から大きなざわめきが起きた。

驚きと、怒りと、動揺が混ざり合った声だ。

私も、胸の中で何かがずんと重くなった。

宰相府は王国行政の中枢だ。

そこが絡んでいるとすれば——これは単純な横領じゃない。

 

「詳細は明日以降に順次お伝えします!! なお関係者の皆様、証拠隠滅はお勧めしません!! すでに複数の記録を確保済みでございます!! ご承知おきを!!」

 

証拠隠滅はお勧めしません、という言い方が妙に穏やかで、だからこそ凄みがあった。

アレクシス卿が静かに立ち上がった。

 

「王族会議に連絡を入れます。今日中に緊急招集がかかるかもしれない」

 

「そうですか」

 

「リリアーヌ嬢は屋敷にいてください。また来ます」

 

「……よく来ますね」

 

思わず言ってしまってから、失礼だったかと思った。

でもアレクシス卿は少し眉を上げただけで、

 

「用がありますから」

 

と言った。

それだけだった。

 

彼が帰った後、私は書斎に戻った。

メモは渡してしまったから、手元には何もない。

窓の外では、街の人たちがまだ話し合っている。

宰相府、という言葉が風に乗って聞こえてくる。

私のメモが証拠になる。

私が几帳面に数字を記録していたことが、王国の横領を暴く糸口になる。

望んでいたことじゃない。

でも正しいことだとは思う。

 

「アネット」

 

「はい」

 

「私、何か変なことした?」

 

「何もしていないと思いますが」

 

「なのに、なんでこんなことになってるんだろう」

 

アネットが少し考えてから、

 

「リリアーヌ様が真面目だったからだと思います」

 

と言った。

 

「真面目なのが悪いの?」

 

「悪くないです。ただ——真面目に記録していたメモが、国を救うことになるかもしれない。そういうことだと思います」

 

国を救う、という言葉が、やけに大げさに聞こえた。

でも完全に否定もできなかった。

 

「恥ずかしいな」

 

「なぜですか」

 

「誰かに褒められたり、頼られたりするのが、慣れていないから」

 

アネットが優しい顔をした。

 

「慣れていかないといけないかもしれませんね、これから」

 

これから。

その言葉が、少し重かった。

天の声はまだ止まらない。

王国財政の闇は始まったばかりで、宰相府の問題はこれからもっと大きくなる。

私のメモは王族会議に提出される。

この先、どこまで巻き込まれていくのか分からない。

窓の外で、夕日が街並みを赤く染めていた。

きれいな夕暮れだった。

こんな日に、国家的な問題の渦中にいるというのが、まだ実感として追いついていない。

 

「明日も来るって言ってたな」

 

アレクシス卿のことを思いながら、呟いた。

 

「辺境伯様ですか?」

 

「うん」

 

「……よく来ますね」

 

「そう言ったら、用があるからって言われた」

 

アネットが何か言いたそうな顔をしたが、黙っていた。

その判断は今日も正しいと思う。

 

夜になって、天の声が静かになった。

屋敷の中も落ち着いていて、父と短く話してから自室に戻った。

明日、何が来るのか分からない。

宰相府の話がどこまで広がるのか。

王族会議がどう動くのか。

天の声が次に何を言うのか。

全部、私の手の届かないところで動いている。

私にできることは、求められたときに正直に答えることだけだ。

それだけでいい、と思うことにした。

思わないと、怖くて眠れなかった。










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