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婚約破棄を全国放送された悪役令嬢ですが、公開処刑されたのは無能王子の方でした  作者: カルラ


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第四章 支持率発表

三日目の朝は、雨だった。

窓を叩く雨音が、いつもより世界を静かにしてくれている気がした。

天の声も今のところ沈黙していて、私はその静けさの中でゆっくりと朝食を取った。

雨の日は好きだ。

外に出る理由がなくなるし、人も少なくなる。

こういう日が、ずっと続けばいいと思う。

 

「今日は落ち着いているといいのですが」

 

アネットがお茶を注ぎながら言った。

 

「そうね」

 

「昨日より外の人は少ないようです。雨のせいかと」

 

「雨に感謝する日が来るとは思わなかった」

 

アネットがくすりと笑った。

私も少しだけ、口の端が上がった。

昨日のアレクシス卿の訪問は、今思い返しても少し不思議な気持ちになる。

あんなにあっさりと、あんなに真っ直ぐに用件を告げて帰っていった。

お世辞もなく、慰めもなく、ただ事実と申し出だけを置いていった人だった。

悪い人ではなさそうだ。

それは分かった。

ただ、どう接すればいいのか少し分からない。

 

「リリアーヌ様、今日はどうなさいますか」

 

「書斎で書類の整理をしようと思う。どうせ婚約関係の書類を整理しないといけないし」

 

「……婚約破棄の手続き書類ですね」

 

「そう」

 

感傷的な話ではない。

婚約を解消するには正式な手続きが必要で、エルシェイド家としての対応も決めなければならない。

感情より先に、やるべきことがある。

そういうときの方が私は落ち着く。

何かをしていれば、余計なことを考えずに済む。

 

書斎に入って、書類を広げた。

雨音が窓を打つ音だけが聞こえる。

ペンを取って、必要事項を書き始めた。

静かだ。

本当に静かだ。

こういう時間が一番落ち着く。

このまま午前中が終わってくれれば——。

 

「おはようございます全国の皆様!! 本日も天の声、参ります!!」

 

ペンが止まった。

 

「本日は特別発表がございます!! 皆様お待ちかねの——国民支持率調査の結果発表でございます!!」

 

支持率。

その単語に、嫌な予感が走った。

 

「昨日より全国規模で実施いたしました今回の調査!! 対象はもちろん、今回の婚約破棄事件の主要人物!! まず前置きとして、調査方法についてご説明します!! 天の声は全国民の魔力反応を参照できます!! 回答は意思の強弱で判定!! つまり忖度なし、完全に正直な数字でございます!!」

 

魔力反応で判定。

それは——誤魔化せないということだ。

貴族も平民も、心の中を読まれたようなものだ。

完全に正直な数字、という言葉が妙にリアルに聞こえた。

 

「それでは発表でございます!! まず——」

 

少し間があった。

天の声が意図的に間を作るのは、初めてかもしれない。

焦らしているのだと気づいた。

 

「王太子ユリウス殿下の支持率——三パーセント!!」

 

書斎の外から、どよめきが聞こえた。

雨の中でも人が集まっていたのか。

三パーセント。

私は数字の意味を頭の中で転がした。

低い。

かなり低い。

いや、かなりどころではない。

 

「続きまして——リリアーヌ・エルシェイド嬢の支持率!!」

 

また間があった。

今度の間は、さっきより長かった。

 

「九十七パーセント!!!!」

 

外から、爆発するような歓声が上がった。

雨音を貫いて、通りの向こうまで届きそうな声が。

私はペンを持ったまま、固まっていた。

九十七。

パーセント。

 

「会場、もとい全国が沸いております!! 九十七対三という歴史的な数字!! ちなみにこれまでの王族支持率調査の最高記録は八十九パーセント、先々代国王陛下がご即位直後に記録されたものでございます!! それを一介の侯爵令嬢が更新!! なんと歴史的快挙でございます!!」

 

快挙という言葉が、頭に響いた。

快挙。

私は何も快挙をしていない。

ただ仕事をしていただけで、婚約破棄をされて、天の声に全部喋られただけで。

 

「なおちなみに!! 殿下の三パーセントについて補足でございます!! 当該三パーセントの内訳を確認しましたところ——殿下ご本人と、殿下の側近及び関係者でございました!!」

 

どこからか、笑い声が上がった。

一つではなく、いくつも。

雨の中で笑っている人がいる。

 

「つまり!! 一般国民の支持率——ゼロパーセント!! これまた歴史的な数字でございます!!」

 

ゼロ、という言葉が雨音に混じって聞こえた。

笑い声がさらに広がった。

私は立ち上がって、窓の傍に歩み寄った。

外を見ると、雨の中に傘を差した人々が集まっていた。

みんな空を見上げて、笑ったり、怒ったり、驚いたりしている。

九十七パーセント。

その数字が、じわじわと実感になって近づいてくる。

嬉しいという気持ちより先に、恥ずかしさが込み上げてきた。

顔が熱い。

耳まで熱い。

私は何もしていない。

ただ仕事をしていただけなのに、なぜこんなに評価されているのか分からない。

分からないから余計に恥ずかしい。

 

「アネット」

 

気づけば呼んでいた。

廊下にいたアネットが飛び込んでくる。

 

「はい!」

 

「カーテン、閉めてくれる?」

 

「え……今ですか」

 

「今すぐ」

 

アネットは少し戸惑いながらも、カーテンを引いてくれた。

外の声が少し遠くなった。

歓声は相変わらず聞こえるけれど、直接見なくて済む分だけ楽になった。

 

「……リリアーヌ様は、本当に変わったお方ですね」

 

「どういう意味」

 

「九十七パーセントの支持を受けて、カーテンを閉める令嬢は他にいないと思います」

 

そうかもしれない。

でも仕方がない。

私はこういう人間だ。

 

「誰かに評価されるのが怖いわけじゃない。ただ——こんな形じゃなければよかった」

 

ぽつりと言った。

アネットは黙って聞いていた。

 

「自分でも知らなかった形で、知らないうちに、知らない人たちに知られていく。それが怖い」

 

「でも、皆さんリリアーヌ様を好きなんです。本当に」

 

「それは分かってる。でも好きにされるのも、慣れていないから」

 

アネットが、また困ったような微笑みを浮かべた。

何か言いたそうだったけれど、口を閉じた。

その判断は正しいと思う。

 

午後になって、父が書斎に来た。

今日は珍しく、表情が少し険しい。

 

「王宮から連絡があった」

 

「婚約破棄の件ですか」

 

「それもある。だがそれより——支持率の結果を受けて、王族会議が開かれるそうだ」

 

王族会議。

それは普段、ほとんど開かれない会議だ。

国王、王妃、王族の主だった面々が集まる、最高位の決定機関。

 

「ユリウス殿下の処遇を決めるためだろう」

 

「……廃嫡も視野に?」

 

「分からない。だが、支持率ゼロの王太子を擁護する理由が、王族にも今や少ないだろう」

 

父は淡々と言う。

感情を乗せない話し方が、今は有り難かった。

 

「リリアーヌには関係のない話だ。ただ、今後また何かを聞かれることがあるかもしれない。そのときは正直に答えなさい」

 

「はい」

 

「お前は何も悪いことをしていない。それさえ忘れなければいい」

 

父はそれだけ言って、部屋を出た。

毎回、最後にその言葉を置いていく。

不器用な励まし方だと思うけれど、それで十分だった。

 

夕方近くになって、天の声がまた口を開いた。

 

「追加情報でございます!! 支持率の結果を受け、王宮内でユリウス殿下に対する風当たりが強まっております!! 現在の王宮内の様子、一言で申し上げますと——大変お通夜のような雰囲気でございます!!」

 

お通夜。

直接的な表現だ。

 

「なお殿下は現在、この支持率は天の声による印象操作であると主張されております!! 印象操作ではなく、魔力反応による客観測定である旨、改めてご説明いたします!! 残念でしたァ!!」

 

残念でした、という言葉が妙に明るく響いた。

外から笑い声が聞こえる。

雨は止んでいた。

 

私はカーテンの隙間から、少しだけ外を見た。

夕暮れの光の中で、人々がまだ空を見上げて話している。

楽しそうだ。

祭りの翌日みたいな、賑やかな空気がある。

私の話題で、国民がこんなに盛り上がっている。

不思議な気持ちだった。

五年前の私に教えたら、絶対に信じないだろう。

「地味で面白くない令嬢」が、九十七パーセントの支持を集める日が来るなんて。

 

嬉しいのか、恥ずかしいのか、自分でもよく分からなかった。

たぶん両方だ。

でもどちらが大きいかと言えば——まだ恥ずかしさの方が勝っている。

 

「本日の締めくくりでございます!! 国民支持率九十七パーセントを記録したリリアーヌ嬢ですが、当の本人は現在カーテンを閉めて書斎に籠もっておられます!!」

 

「なんで知ってるの……!」

 

思わず声が出た。

 

「天の声はすべてお見通しでございます!! 引き続き、明日も歴史的な続報をお届けします!! どうぞお楽しみに!!」

 

お楽しみに、と言われても。

私だけが楽しくない。

 

カーテンの向こうで、夕暮れの空が橙色に染まっていくのが薄っすらと透けて見えた。

明日はまた何かが暴かれるのだろう。

何かが明らかになって、また国民が沸いて、私が恥ずかしい思いをする。

そういう日々がしばらく続くのだと、もう覚悟し始めていた。

 

「アネット、今夜は早く寝る」

 

「賢明かと思います」

 

「明日に備えて」

 

「……何に備えるんですか」

 

「分からない。でも備えておく」

 

アネットが苦笑した。

私も、少しだけ笑った。

笑うしかない夜というものが、あるのだと最近分かってきた。









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