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婚約破棄を全国放送された悪役令嬢ですが、公開処刑されたのは無能王子の方でした  作者: カルラ


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第二章 王太子、秒で炎上する

翌朝、目が覚めた瞬間に昨夜のことを思い出した。

布団の中で顔を覆う。

夢であってほしかった。

でも頬に触れた手のひらは現実で、外から聞こえてくる街の声も現実だった。

屋敷の中がざわついている。

廊下を行き来する足音が、いつもより多い。

扉の向こうで使用人たちが何かを話している声がする。

内容までは聞こえないけれど、雰囲気だけで分かった。

昨夜の話をしているのだ。

当然だろう。

王太子が婚約破棄を宣言して、天の声がそれを全国放送した。

王国中が今頃沸き立っているはずだ。

私だけが、布団の中で丸くなっている。


「リリアーヌ様、起きておいでですか」


扉の向こうからアネットの声がした。

 

「起きてる」

 

「朝食をご用意しております。それと……その、少しお伝えしたいことが」

「入っていいよ」

 

扉が開いて、アネットが姿を見せた。

いつも落ち着いている侍女が、今日はどこか上擦った顔をしている。

 

「どうしたの」

 

「昨夜から、街が……すごいことになっておりまして」

 

「そう」

 

「天の声が、まだ続いているんです」

 

その言葉に、布団から顔を上げた。


「……続いてるの?」

 

「はい。昨夜の婚約破棄の件を、今朝も実況しておりまして。追加情報が出るたびに、随時お伝えしますと」

 

追加情報。

その言葉が、嫌な予感とともに腹の底に落ちた。


「何を追加で言っているの」

 

「それが……リリアーヌ様のお仕事の実績を、一つ一つ読み上げていると」

 

私は起き上がった。

ゆっくりと。

アネットの目を見る。


「仕事の実績」

 

「はい。外交文書の作成から、財務書類の整理、地方税改革の草案まで……全部、リリアーヌ様がなさったものだと」

 

胃がきゅっとなった。

それはそうだ。

でもなぜそれを今、全国に言う必要がある。


「やめてほしい……」

 

「おっとここで当事者から再びやめてほしいとのご意見が届きました!! 大変申し訳ないのですがこちら公益情報のため継続いたします!!」

 

声が、窓の外から聞こえてきた。

天の声は屋敷の中でも聞こえる。

昨夜、会場だけの話ではなかったらしい。

王国中のどこにいても聞こえるのが天の声の仕組みだと、今更ながら理解した。

 

「聞こえてたんですね、私の声」

 

「おーっと、聞こえておりますとも!! 何せ全国放送でございますので!!」

 

アネットが申し訳なさそうに目を伏せた。

私は窓の外を見た。

青い空。

のどかな朝。

なのに天の声はテンション高く響いている。


「……朝ごはん食べる」


逃げ場がないなら、せめてご飯を食べよう。

それくらいしか思いつかなかった。

 

食卓に着いてしばらく、天の声の実況は続いた。

私が食事をしている間も、構わず続いた。

 

「さて改めておさらいでございます!! 王太子ユリウス殿下の婚約者として、リリアーヌ・エルシェイド嬢が過去五年間に関わった公務を列挙いたします!! まず一点目、隣国カルセリア王国との交易協定に関する外交文書の草案作成、担当者リリアーヌ嬢!!」

 

スープを一口飲んだ。

温かい。

 

「二点目、王国財務省への年次報告書の整理および誤記修正、担当者リリアーヌ嬢!! なお誤記の数は四十七箇所でございました!! 修正前の書類に署名していたのは殿下でございます!!」

 

パンをちぎった。

 

「三点目、東部三州への地方税改革草案の作成、担当者リリアーヌ嬢!! この改革により翌年の税収が十二パーセント増加しております!! 改革の立案者として記録されているお名前は——ユリウス殿下でございます!!」

 

パンが、手の中で止まった。

別に隠していたわけじゃない。

殿下の名前で提出するのが慣例だと言われたから、そうしただけだ。

私一人でやったことでもない。

補佐官や省の担当者と連携して、少しずつ形にしたものだ。

私はただ、窓口になっていただけで——。

 

「四点目、北方国境の兵站見直し提案書、担当者リリアーヌ嬢!! 五点目、王立病院への医療費補助制度の試案、担当者リリアーヌ嬢!! 六点目——」

 

「アネット」

 

「はい」

 

「これ、全部言うの?」

 

「……まだ続きそうでございます」

 

食欲が失せた。

いや、正確には食欲というより、顔を上げていられなくなってきた。

一つ二つなら偶然かもしれない。

でもこうして並べられると、まるで私が手柄を主張しているみたいで、ひどく居心地が悪い。

そういうつもりは一切ない。

本当に、一切ない。

 

「七点目、昨年の王都水害における義援物資の調達と配分計画、担当者リリアーヌ嬢!! なお当時の公式記録では殿下が陣頭指揮を取られたことになっております!! 実際にご指示された回数——ゼロ!!」

 

スプーンを置いた。

ゼロ、というのは聞きたくなかった。

それは事実だとしても、言わなくていい。

殿下には殿下の役目があって、私はその補佐をしていただけで——。

 

「ゼロ!! ゼロでございます!! 全国の皆様、聞こえましたでしょうか!! ゼロ!!」

 

「三回言わなくていい……」

 

思わず呟いた言葉に、アネットが少し噴き出した。

笑い事じゃないんだけど、という視線を送ったら、すみませんと口を押さえた。

 

そのとき、外が急に騒がしくなった。

窓から覗くと、街の人たちが通りに集まって空を見上げている。

天の声に聞き入っているのだ。

表情はさまざまで、驚いている人も、憤慨している人も、口に手を当てている人もいる。

なんとなく分かった。

国民が、今、私の仕事の実績を初めて聞いているのだ。

五年間、誰も知らなかったことを。

恥ずかしい。

ただただ恥ずかしい。

 

王宮では、午前中から緊急会議が開かれているらしい。

それはアネットが昼前に教えてくれた。

父から使いが来て、屋敷で待機するようにとの言伝だった。

 

「殿下は今朝、天の声に抗議されたそうです」

 

「そう」

 

「大変お怒りだったとか」

 

それはそうだろうと思う。

自分の名前で出した仕事が全部、婚約者のものだったと全国に言われたのだ。

怒らない方がおかしい。

 

「殿下がなんと抗議されたか、ご存知ですか」

 

「知らない。でも怖い気がする」

 

「『リリアーヌが勝手にやったことだ、私は関与していない』と」

 

私は少し考えた。


「……それって」

 

「天の声が即座に、『つまり無断で国家業務を行えるほど管理が杜撫だったということでございます!! どちらにせよ殿下の管理責任でございます!!』と返しまして」

 

「ブーメランだ」

 

「完全に、はい」

 

「なお今の発言、完全にブーメランでーーす!!」

 

天の声がここぞとばかりに叫んだ。

絶妙なタイミングに、アネットがまた肩を震わせた。

私も、笑いたいような、泣きたいような、ただひたすら消えたいような気持ちになった。

 

午後になると、屋敷の外に人が集まり始めた。

見物人というか——エルシェイド侯爵家を見に来た人たちだ。

悪意がある様子ではない。

むしろ声援に近いものが聞こえてきて、それがまた別の意味で辛かった。


「リリアーヌ様頑張れーー!!」

「侯爵令嬢を応援してるぞーー!!」

 

ありがたい。

本当にありがたいけれど、なぜこうなった。

昨日まで「地味で面白くない令嬢」だったはずの私が、なぜ一夜にして応援される側になっているのか。

天の声のせいだ。

全部、天の声のせいだ。

 

「リリアーヌ様、顔色が優れませんが」

 

「優れるわけがない」

 

「でも……悪い方向には向かっていないと思います」

 

アネットが、おずおずと言う。

 

「私が恥ずかしいのは変わらない」

 

「それはそうなのですが……」

 

天の声がまた響いた。

 

「追加情報入りましたァーー!! 王太子殿下、貴族会議の場にて、本日の実況は魔法的な妨害工作であると主張されました!! 現在、宮廷魔術師団が調査中でございます!! 調査結果は出次第お伝えしますが——恐らく何も出ないと予想されますゥ!!」

 

予想、という言葉に私は思わず窓を見た。

天の声は事実しか言わないはずなのに、予想を言った。

つまり——すでに答えを知っているのかもしれない。

このシステムは、一体何者なのだろう。

 

夕方になって、父が帰宅した。

応接間に呼ばれ、向かい合って座る。

父はエルシェイド侯爵家の当主で、寡黙な人だ。

私に似ているのか、私が父に似ているのか。

どちらにせよ、二人で沈黙しても苦にならない関係だった。

 

「怪我はないか」

 

「はい」

 

「婚約破棄の話は、正式な書類が届き次第対応する」

 

「分かりました」

 

「お前は何も悪いことはしていない」

 

「……はい」

 

父がそう言ってくれるのは分かっていた。

でも言われると、胸の奥が少し緩む。

私はどこかで、それを聞きたかったのかもしれない。

 

「天の声の件は、宮廷でも前例がなく混乱している。しかし止める方法が今のところ誰にも分からない」

 

「そうですか」

 

「明日以降も続く可能性がある」

 

「……続くんですか」

 

「分からない。ただ——お前が恥じることは何もない」

 

父はそれだけ言うと、立ち上がった。

多くを語らない人だけれど、必要なことは言う。

それが父のやり方だ。

私は一人、応接間に残った。

 

窓の外はもう暗くなりかけている。

一日が終わろうとしている。

昨日の卒業舞踏会から、まだ一日しか経っていない。

婚約破棄をされた。

全国に実況された。

仕事の実績を全部暴露された。

国民に応援された。

どれも望んでいないことばかりだった。

 

「本日の実況、ここでいったん区切りといたします!! 続報は明日以降もお届けする予定でございます!! なお本日一日を振り返りまして——王太子殿下、本日のブーメラン発言、通算四回でございました!!」

 

外から、どっと笑い声が起きた。

街の人たちの声だ。

 

私は窓を閉めた。

静かになった部屋で、椅子に深く座り込む。

続く、と言っていた。

明日もこれが続くのか。


「……明日は、もっとひどいことになりそう」

 

誰に言うでもなく、呟いた。

返事は返ってこなかった。

天の声も、今は黙っていた。










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