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婚約破棄を全国放送された悪役令嬢ですが、公開処刑されたのは無能王子の方でした  作者: カルラ


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第一章 婚約破棄、実況開始

 王立学院の卒業舞踏会というものは、どうしてこう、息が詰まるのだろう。

壁際に立ちながら、私はそっとため息をついた。

会場を満たす音楽も、ドレスの裾を翻す令嬢たちの笑い声も、どこか遠い世界の出来事のように聞こえる。

私の名前はリリアーヌ・エルシェイド。

エルシェイド侯爵家の長女で、王太子ユリウス殿下の婚約者だ。

婚約者、という肩書きは、実のところ私にはひどく不釣り合いだと思っている。

社交界での評判は知っている。

「地味」「つまらない」「愛想がない」——耳に入れたくなくても、貴族社会というものは狭い。

どこかで誰かがそう言えば、たちまち広まる。

 別に傷ついていない、というのは嘘だけれど。

傷ついていたとしても、それをどうにかする方法が私には分からなかった。

今夜も私は壁際にいる。

白いドレスを着て、髪を結い上げて、それなりに整えてはいる。

でも隣の令嬢が薔薇色のドレスで笑えば、私の存在などかき消されてしまう。

そういう人間なのだ、私は。


「リリアーヌ様、今夜は一段とお美しい」


侍女のアネットが小声で言ってくれる。

嘘が下手な子だから、逆に愛おしい。


「ありがとう」


と返しながら、私は会場の中央に目を向けた。

ユリウス殿下がいる。

金色の髪に端正な顔立ち——見た目だけは誰もが認める王太子だ。

隣には、最近やたらと名前を聞くようになった少女が寄り添っている。

ミレイア・ソーランス。

男爵家の出身で、光属性の魔力を持つ「聖女候補」として最近急に脚光を浴びた人物だ。

大きな青い瞳に、砂糖菓子みたいな笑顔。

誰もが彼女を見ると表情が緩む。

私には一生かけても真似できない種類の明るさだと思う。

 別に嫉妬しているわけじゃない。

本当に。

ただ、ユリウス殿下が彼女を見る目と、私を見る目が全然違うということは、さすがに気づいていた。


「そろそろ殿下のお隣に——」

「いい」


アネットの言葉を遮った。

あそこに行っても私の居場所はない。

それくらいは分かる。

 そのとき、音楽がふっと止んだ。

指揮者が棒を下ろしたのではなく、まるで何かに遮られたような、唐突な沈黙だった。

ざわめきが会場を走る。

私も背筋を伸ばして前を見た。

ユリウス殿下が壇上に上がっていた。

ミレイアを隣に連れて。


「皆に報告がある」


よく通る声だ。

その点だけは本物の王族らしい。


「本日をもって、リリアーヌ・エルシェイドとの婚約を破棄する」


 会場が、凍りついた。

私も凍りついた。

いや、凍りついたというより——頭が一瞬、真っ白になった。

白紙、という表現がこんなに正確に当てはまる瞬間があるとは思わなかった。


「理由は明白だ。リリアーヌは聖女ミレイアを虐げ、陰湿な嫌がらせを繰り返してきた。王太子妃としての資質が欠如している。よって——」

「——おーーっとここで婚約破棄宣言だァーー!!」


 声が、降ってきた。

天井から。

いや、天井というより、空気そのものから。

どこから聞こえるのか分からない、明るくて、やたらテンションの高い声が。


「王立学院卒業舞踏会、本日のメインイベントが突然スタートしましたァーー!! 王太子ユリウス殿下が婚約者リリアーヌ嬢に対し、正式な婚約破棄を宣言!! これは歴史的瞬間でございます!!」


会場の全員が天井を見上げた。

ユリウス殿下も見上げた。

ミレイアも見上げた。

私も見上げた。

何もない。

ただ声だけが響く。


「な、なんだ……?」


誰かが震える声で呟いた。

 私は今、自分の顔が燃えるように熱いことに気づいた。

婚約破棄されたことへの悲しみより先に、この状況への羞恥心が爆発していた。

今、何が起きている。

なぜ私の婚約破棄が実況されている。

なぜこんなに楽しそうな声で。


「あの……やめてほしい……」


声に出すつもりはなかったのに、口から漏れた。


「おっと、当事者のリリアーヌ嬢からやめてほしいとのご意見が届いております!! 大変申し訳ないのですが——全国放送中でーーす!!」


全国放送。

その言葉が会場に響いた瞬間、貴族も騎士も令嬢も、全員が一斉に顔色を変えた。


「全国……?」

「天の声が……今、動いている……?」


ざわめきが波のように広がっていく。

私は壁に手をついた。

足元がわずかに揺れた気がしたのは、きっと気のせいではない。

 天の声、というものは存在する。

私も知っている。

国家行事や大きな競技会のとき、空気の中から突然響いてくる声で、全国民が同時に聞けるという、魔法的な実況システムのことだ。

祭りや馬術大会を実況するのには使われる。

子供の頃、国民祭典の実況を聞いて、あの明るい声が好きだと思ったこともある。

でもそれが今、私の婚約破棄を実況している。


「な……なんの茶番だ!」


ユリウス殿下が壇上で声を荒げた。

普段の余裕が消えて、素の焦りが顔に出ている。


「茶番ではございませんよ殿下!! こちら天の声、本日は特別編としてお送りしております!! それでは改めて、現場の状況をお伝えしましょう!!」


声は続ける。

止める方法など、誰も知らないように。


「婚約破棄の理由として殿下が挙げられたのは、リリアーヌ嬢による聖女ミレイア嬢への嫌がらせ。なかなか重大な告発でございます!! ここで一つ、事実確認をさせていただきましょうか!!」

「事実確認……?」


私は呟いた。

誰かに言ったわけじゃない。

ただ、自分の口が動いた。


「リリアーヌ・エルシェイド嬢の学院在籍中の行動記録を確認いたします!! まず——ミレイア・ソーランス嬢への嫌がらせ記録、ゼロ件!!」


静寂。


「嫌がらせ指示の証拠書類、ゼロ件!! 侍女による証言、ゼロ件!! 目撃者、ゼロ件!! 以上でございます!!」


会場が、ざわついた。

今度は違う種類のざわめきだ。


「そ、そんなはずは……! ミレイアが直接私に言ったんだ! リリアーヌに苦しめられていると!」


ユリウス殿下の声が裏返った。


「殿下の証言、承りました!! では聖女候補ミレイア・ソーランス嬢の発言記録も確認いたしましょう!! こちら後ほど詳しく!! 乞うご期待でございます!!」


 ミレイアが青ざめているのが、遠目にも分かった。

砂糖菓子みたいな笑顔が、ひどく引きつっている。

私はどうしているかというと——壁に背をつけて、顔を両手で覆いたい衝動をなんとか押さえていた。

目立つのが嫌いなのに。

注目されるのが苦手なのに。

今この瞬間、王国中が私を見ている。

天の声というのは全国放送だ。

ということは今頃、王都の酒場でも、地方の農村でも、国境の砦でも——みんなが私の婚約破棄を聞いている。

消えたい。

地面に穴が開いてくれないだろうか。

真剣にそう思った。


「アネット」

「は、はい!」


侍女の声も震えている。


「私、何か悪いことをした?」

「してません! 絶対してません!! むしろ殿下が——」

「声が大きい」

「す、すみません……」


 会場では今も混乱が続いていた。

貴族たちがざわめき、侍女たちが顔を見合わせ、ユリウス殿下は壇上で何かを叫んでいる。

ミレイアはすでに泣き始めていた。

透明感のある涙が頬を伝う、絵になる泣き方だ。


「おっとミレイア嬢が涙を見せました!! 美しい!! 感動的!! ——なお本日何回目かは後ほど集計してお伝えいたします!!」


その一言で、会場の数人がぷっと噴き出した。

笑っちゃだめだ、という空気がある。

でも天の声のトーンがあまりにも楽しそうで、つられてしまったのだろう。

私は笑えなかった。

笑う余裕がない。

 婚約破棄、という現実が、少しずつ輪郭を持って近づいてくる。

正直なところ、ユリウス殿下との婚約に強い愛情を持っていたかと言えば——それは違う。

政略婚約だと分かっていたし、殿下が私を好んでいないことも薄々知っていた。

でも婚約者として誠実に務めを果たしてきた自負はある。

外交文書の整理。

財務報告書の確認。

地方視察の同行準備。

それらを五年間、黙々とこなしてきた。

誰かに褒めてもらいたかったわけじゃない。

ただそれが私の役目だと思っていたから。


「さて!! 本日の婚約破棄宣言、全国の皆様にリアルタイムでお届けしております!! 引き続き、追加情報が入り次第お伝えしてまいります!! どうぞお見逃しなく!!」


声は明るく、楽しそうで、まるで祭りの実況のようだった。

私だけが、ひたすら恥ずかしかった。

壁にもたれて、静かに天を見上げる。

声はもう聞こえない。

でも全国放送は続いているのだという。

 婚約破棄をされた。

それは分かった。

なぜか全国に実況された。

それも分かった。

この先、どうなるのか。


「アネット、家に帰りたい」

「……殿下が退場を許可するまで、難しいかと」


そうか。

まだここにいなきゃいけないのか。


「そう」


私はもう一度、ため息をついた。

今夜はきっと、長くなる。











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