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婚約破棄を全国放送された悪役令嬢ですが、公開処刑されたのは無能王子の方でした  作者: カルラ


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第十八章 実況VS黒幕

夜が明けた。

気づいたら執務室の椅子で眠っていた。

机に突っ伏す形ではなく、背もたれに頭を預けて。

アネットが上着をかけてくれていた。

窓の外が白んでいる。

昨夜は魔術院との連絡、父への報告、東部への伝令と、次々に動き続けた。

対抗魔法の準備は整いつつあると、深夜に魔術師から報告があった。

その後、いつ眠ったのか分からない。

 

「リリアーヌ様、起きましたか」

 

アネットが声をかけた。

 

「うん。いつから寝ていた」

 

「二時間ほど前からだと思います」

 

「そうか」

 

体を起こすと、首が少し痛かった。

仕方がない。

 

「お茶を持ってきます」

 

「ありがとう」

 

窓の外を見た。

東の空が明るくなっている。

あちらでは今、何が起きているのか。

 

「おはようございます全国の皆様!! 本日の天の声、緊急態勢でお届けします!! 現在、東部レムリア領において情報封鎖の術式が起動を試みております!! 当システムへの干渉を感知しております!!」

 

当システムへの干渉。

天の声自身が言った。

 

「まず全国の皆様にお伝えします!! 現在、この実況が届きにくくなっている地域がある可能性がございます!! しかし!! 当システムは三百年前の大賢者ガルヴィアス師が構築した王族監査システムでございます!! 一地方貴族の魔法陣程度で止まるほど柔ではございません!!」

 

一地方貴族の魔法陣程度。

その言い方に、外から笑い声が上がった。

緊張した空気の中に、それでも笑いが生まれる。

天の声らしい、と思った。

 

「ただ!! 妨害は続いております!! 詳しくはリアルタイムでお伝えします!! 全国の皆様、今日は一日お付き合いください!!」

 

お茶を受け取って、一口飲んだ。

温かかった。

体がわずかに落ち着く。

今日が、山場だ。

 

午前中、魔術師が執務室に来た。

昨夜から徹夜で準備を続けていた二人だ。

目の下にくまがある。

私と同じだろう。

 

「対抗魔法の準備が整いました」

 

「発動できますか」

 

「できます。ただ、相手の術式が完全に起動した後でないと、対抗魔法の狙いを定めにくい」

 

「つまり、一度向こうに先に動かせる必要がある」

 

「そうなります」

 

難しいところだ。

先に動かせれば対抗できる。

でも完全に起動してしまったら、遮断が始まる。

その間隔が問題だ。

 

「どのくらいの時間差で対抗できますか」

 

「術式が起動してから、完全に固定されるまで約十分あります。その間であれば対抗魔法が有効です」

 

十分。

短い。

でも動ける時間はある。

 

「分かりました。準備を続けてください」

 

魔術師が頷いて出ていった。

 

「おーっとここで東部から速報でございます!! ヴァルナー辺境伯の騎士団、レムリア領の境界に到達しました!!」

 

アレクシス卿が着いた。

胸の中で何かが動いた。

 

「同時に!! 王弟ヴァルター侯爵側からアレクシス卿への通告が出ました!! 内容——これ以上近づくなら、情報封鎖の術式を完全起動する、とのことでございます!!」

 

脅し。

王弟が追い詰められて、最後の手段として術式を盾に使い始めた。

 

「アレクシス卿の返答——これより進みます、とのことでございます!!」

 

外から、笑いと歓声が混ざった声が上がった。

一言返答。

それがアレクシス卿らしかった。

私も、少し笑った。

 

「なおリリアーヌ嬢、笑いながらほっとした顔をしております!!」

 

「見ないでください……!!」

 

「全部見えております!!」

 

「分かっていますが……!!」

 

外からくすくすと笑い声が起きた。

今日のここまで深刻な状況でも、こういうやり取りになってしまう。

天の声というのは、本当にどういうシステムなのか。

 

昼を過ぎた頃、魔術師が飛び込んできた。

 

「顧問!! 東部の魔力反応が急激に強まっています!!」

 

「起動を始めたということですか」

 

「そうみられます!! 今です!!」

 

「対抗魔法、発動してください」

 

「はい!!」

 

魔術師が走った。

私も執務室を出た。

廊下の窓から東の方角を見ると、遠く空の一部が薄く揺れているように見えた。

気のせいかもしれない。

でもそちらの方角で何かが起きているのは確かだ。

 

「おーっとここで!! 情報封鎖の術式、起動を開始した模様でございます!! 当システムへの干渉が強まっております!!」

 

天の声の音が、わずかに揺れた。

いつもより音質が安定していない。

実際に妨害されているのだ。

外が、しんと静まり返った。

天の声が揺れる音を、国民全員が固唾を呑んで聞いている。

 

「当シス——妨——を——」

 

天の声が途切れた。

外から悲鳴に近い声が上がった。

天の声が途切れた。

始まって以来、初めてのことだ。

私は廊下で、窓の外を見たまま立っていた。

心臓が速くなっている。

魔術師の対抗魔法が間に合うか。

アレクシス卿は今、何をしているのか。

 

数秒の沈黙があった。

それから。

 

「——っとここで対抗魔法が発動しました!!」

 

天の声が戻ってきた。

外から、どっと歓声が上がった。

私も、握っていた手をゆっくりと開いた。

 

「大変失礼いたしました!! 一時的な途切れが生じましたが——当システム、健在でございます!!」

 

健在。

その言葉に、外からまた歓声が上がった。

天の声が途切れたとき、国民がどれだけ不安になったかが伝わってきた。

 

「さて!! 情報封鎖の術式との戦いの結果をご報告します!! 王弟ヴァルター侯爵の術式——完全起動に失敗しました!!」

 

外が、爆発するような声になった。

 

「対抗魔法の発動により、術式の固定化が阻止されました!! なお術式の起動を試みた魔術師フォルツ、現在アレクシス卿の騎士団により身柄を確保済みでございます!! 残念でーーす!!」

 

残念でーーす、という言い方が明るすぎて、外からまた笑いが起きた。

笑いと歓声が混ざり合った、今まで聞いた中で一番大きな声だった。

私も廊下で、声を出して笑った。

一人だったけれど、笑った。

 

「フォルツ確保……!!」

 

移譲の術式を使った魔術師。

ミレイアに術式をかけた人物。

それが捕まった。

 

「フォルツの身柄確保に伴い、証拠がさらに増えました!! 王弟の計画に関わる記録が複数押収されております!! 詳細は後ほど!!」

 

証拠が増えた。

これで王弟を逃がす余地は、ほとんどなくなった。

 

執務室に戻ると、文官たちが一斉にこちらを見た。

みんな安堵した顔をしている。

 

「対抗魔法、うまくいきましたね」

 

一人が言った。

 

「魔術師の皆さんのおかげです。昨夜から徹夜で準備してもらった」

 

「顧問も徹夜でしたよね」

 

「少し眠りました」

 

「二時間くらいですよね」

 

「眠れただけいい」

 

文官が苦笑した。

私も苦笑した。

 

「おーっとここで続報でございます!! ヴァルナー辺境伯、現在レムリア領内に進入中でございます!! 王弟との距離、さらに縮まっております!!」

 

アレクシス卿が動いている。

フォルツが捕まった。

術式が失敗した。

王弟は今、完全に逃げ場を失いつつある。

 

「なお!! 王弟ヴァルター侯爵の現在地について、全国の皆様からの情報提供も引き続き募集中でございます!! 地域は東部レムリア領周辺!! 不審な一行を見かけた方は最寄りの詰め所まで!!」

 

国民参加型の捜索。

この方法が今回も動くだろう。

そのとき、廊下から足音がして、父が執務室に入ってきた。

珍しく、昼の時間に王宮まで来ている。

 

「父上、どうされましたか」

 

「国王陛下から直接、呼ばれた。お前にも関係する話が出た」

 

「私に関係する話ですか」

 

「王弟の身柄が確保された後の裁判について。公開裁判にする方向で、陛下が動かれているそうだ」

 

公開裁判。

それは——天の声で全国に放送される裁判ということだ。

 

「史上初の公開裁判だそうだ」

 

「史上初……」

 

「証人として、お前の名前が挙がっている」

 

証人。

私が。

顔が少し引きつった。

 

「公開裁判に証人として立つということですか」

 

「そうなる可能性が高い」

 

「全国放送で」

 

「全国放送で」

 

「…………」

 

しばらく、何も言えなかった。

全国放送で証人台に立つ。

婚約破棄の夜から始まったことが、最終的にそこまで繋がるとは。

 

「おーっとここで!! 公開裁判の証人としてリリアーヌ嬢の名前が浮上しております!! 全国の皆様、ご期待ください!!」

 

「期待しないでください……!!」

 

「期待しております!!」

 

外から歓声が上がった。

期待されている。

されていることは分かる。

でも全国放送の証人台というのは、想像するだけで頭が痛くなる。

 

「やるしかありませんか」

 

父に聞いた。

 

「お前の証言が一番重要だ。やるしかない」

 

「そうですね」

 

「お前は正直に話せばいい。それだけだ」

 

父がいつもの言い方で言った。

それだけだ、という言葉が、今日も少し肩の荷を降ろしてくれた。

 

夕方近く、天の声が新たな速報を告げた。

 

「速報でございます!! 王弟ヴァルター侯爵、レムリア領主の説得を受け、ヴァルナー辺境伯騎士団への投降を検討している模様でございます!!」

 

投降の検討。

外から大きな声が上がった。

術式が失敗した。

フォルツが捕まった。

騎士団に包囲された。

逃げ場がない。

そこまで追い詰められれば、投降以外の選択肢が少なくなる。

 

「続報をお待ちください!! 本日中に決着がつく可能性があります!!」

 

本日中に決着。

私は窓の外を見た。

夕暮れが始まっている。

東の空。

今頃アレクシス卿は、その決着の場にいる。

 

「アネット」

 

「はい」

 

「今日が終わったら、ゆっくり眠れそうな気がする」

 

「そうだといいですね」

 

「全部片付いたら、ご飯をたくさん食べたい」

 

「何でも用意します」

 

「アネットが作ったもので十分」

 

アネットが、目を細めた。

 

「……では何か好きなものはありますか」

 

「シチュー。野菜がたくさん入ったやつ」

 

「分かりました」

 

他愛のない話をしながら、夕暮れを見ていた。

天の声は今は沈黙している。

続報を待っている。

全国が待っている。

私も待っている。

早く、という気持ちが、ずっと胸の中にあった。

 

「本日の天の声、続報が入り次第随時お届けします!! 全国の皆様、もう少しだけお待ちください!!」

 

もう少しだけ。

その言葉を繰り返しながら、私は東の空を見続けた。

夕日が沈んでいく。

夜が来る。

でも夜が明けたとき、きっと答えが出る。

そう思いながら、椅子に深く座り直した。

今夜もまた、長い夜になるかもしれない。

でもアネットがシチューを作ってくれると言った。

それだけで、少し頑張れる気がした。






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