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婚約破棄を全国放送された悪役令嬢ですが、公開処刑されたのは無能王子の方でした  作者: カルラ


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17/20

第十七章 黒幕は王弟

翌朝、王都の空気が昨日と違った。

市場の声が少なく、通りを歩く人も足早だ。

王弟追跡の話が広まって、街全体が何かを待っている緊張感がある。

着替えながら、アレクシス卿のことを考えた。

昨夜出発して、今頃は東街道のどのあたりを進んでいるだろう。

確かめる方法がないのが、少し歯がゆかった。

でも今の私にできるのは、王宮で仕事を続けることだけだ。

 

「リリアーヌ様、今日はどうされますか」

 

アネットが朝食を運びながら聞いた。

 

「王宮に行く。止まっている案件が多い」

 

「アレクシス卿のこと、気になりますか」

 

「気になる。でも気にしていても何もできないから、仕事をする」

 

「……リリアーヌ様らしいです」

 

アネットが苦笑した。

私も苦笑した。

 

「おはようございます全国の皆様!! 本日も天の声、参ります!! 昨日出発したヴァルナー辺境伯の騎士団、現在東街道を順調に進んでいます!! 王弟の一行との距離は縮まっております!!」

 

縮まっている。

それを聞いて、少し胸が軽くなった。

 

「本日は王弟ヴァルター侯爵の全容について、改めて整理してお伝えします!! 全国の皆様、これまでの情報を一度まとめて聞いてください!!」

 

まとめて。

天の声がこういう言い方をするのは珍しかった。

何か意図があるのだろう。

 

「ヴァルター侯爵の計画は、今から十年前に始まっていました!! 当時の王国は今より安定しており、ヴァルター侯爵には王位継承の可能性がほぼありませんでした!! しかし侯爵はそれを受け入れなかった!!」

 

十年前。

私はまだ十代の前半だ。

そのころから、王国の水面下でこんな計画が動いていたとは。

 

「侯爵の計画、第一段階——財政の崩壊!! 宰相ロッセルを取り込み、五年かけて王国財政を悪化させる!! 表向きは黒字を装い、国民には知らせない!! 目的は国王陛下の統治能力への不信感を、貴族の間で醸成すること!!」

 

外からざわめきが起きた。

五年かけて、というのが改めて重く響く。

 

「第二段階——聖女の偽装!! 本物の聖女候補を無力化し、偽の聖女を王宮に送り込む!! 目的は王太子を操り、有能な婚約者を排除すること!!」

 

有能な婚約者。

その言葉が自分のことだと気づくのに、一瞬かかった。

顔が熱くなった。

 

「つまり!! リリアーヌ嬢は財政の不正を見抜きかねない存在として、侯爵にとって最大の障害だったわけでございます!! 婚約破棄はそのための工作!! 嬢を排除するための、精巧な仕組みだったのでございます!!」

 

「最大の障害……」

 

思わず呟いた。

 

「言い方に複雑なものを感じますが……」

 

アネットがそっと言った。

 

「褒められているのか何なのか分からない」

 

「最大の障害は、裏を返せば最大の脅威ということですから……」

 

「それはそれで恥ずかしい」

 

「全国放送中でございます!! リリアーヌ嬢、恥ずかしがっております!!」

 

「今のは独り言です……!!」

 

「全部聞こえております!!」

 

外からまた笑い声が起きた。

こういうときに限って拾われる。

天の声というシステムは、本当に容赦がない。

 

王宮に着くと、執務室に文官が集まっていた。

アレクシス卿がいない分、今日は私が中心になって動かなければならない。

書類の山と向き合いながら、天の声の続きが聞こえてきた。

 

「第三段階——王位への道!! 王国の財政崩壊と、王太子の失脚を受けて、侯爵は自らが救世主として現れる計画でした!! 国民に財政を立て直す約束をして、新たな王として即位する!! その道筋が、ほぼ完成しかけていた!!」

 

ほぼ完成しかけていた。

あと少しで、本当にそうなっていたかもしれないということだ。

 

「しかし!! この計画を根底から崩したのが——全国に放送された婚約破棄事件でございます!!」

 

婚約破棄事件。

私の婚約破棄が、計画を崩した。

逆説的すぎて、どう受け取ればいいか分からない。

 

「本来ならリリアーヌ嬢が静かに排除されて終わるはずでした!! しかし王族監査システムが起動し、全てが全国に流れた!! 侯爵の計画は、想定外の形で暴かれることになったのでございます!!」

 

想定外の形で暴かれた。

天の声が言うとおりだ。

誰も想定していなかった。

私自身も、あの夜ここまでの展開になるとは思っていなかった。

 

昼過ぎに、東からの報告が入ってきた。

騎士団の伝令が王宮に飛び込んできて、文官が慌てて私のところに来た。

 

「リリアーヌ顧問、アレクシス卿から報告です」

 

「読みます」

 

受け取って、素早く目を通した。

王弟の一行は東部三州のレムリア領に入った。

レムリア領主はかつて王弟と親しかった貴族だが、天の声の実況を受けて動揺している模様。

騎士団は明朝にはレムリア領に到達できる見込み。

それだけだった。

短くて、必要なことだけが書いてある。

アレクシス卿の文章だと分かった。

 

「おーっとここで!! ヴァルナー辺境伯から王都への報告が届きました!! 内容の通り、追跡は順調でございます!!」

 

「どうして知っているんですか……」

 

「全部見えております!!」

 

やはりそうだった。

伝令の手紙まで把握している。

三百年前の大賢者は、一体どこまで考えてこのシステムを作ったのだろう。

 

「なおリリアーヌ嬢が報告を受け取った際の表情について、全国から多数の反応が届いております!!」

 

「表情まで見ているんですか!!」

 

「見ております!! なおリリアーヌ嬢が報告を読んだ後、ほっとした顔をされていたことを申し添えます!!」

 

「言わなくていいです……!!」

 

外からくすくすと笑い声が起きた。

文官たちが一斉に書類に目を落とした。

皆、笑いを堪えている。

私は深呼吸をして、次の書類に手をつけた。

 

夕方近くになって、状況が動いた。

東部からの追加報告ではなく、別の筋から情報が入ってきた。

王宮の魔術師が飛び込んできて、血相を変えた顔をしている。

 

「リリアーヌ顧問、大変です」

 

「何ですか」

 

「東部レムリア領から、魔力反応の異常が感知されました」

 

「魔力反応の異常」

 

「高密度の魔力が、特定の地点に集中しています。これは——古代魔法陣の起動に近い反応です」

 

古代魔法陣。

その言葉が、背筋を冷やした。

 

「おーっとここで!! 重大情報でございます!! 王弟ヴァルター侯爵が東部レムリア領において、古代魔法陣の使用を試みている可能性が浮上しました!!」

 

天の声が即座に反応した。

 

「古代魔法陣の種類について確認中でございます!! 少々お待ちください!!」

 

少々お待ちください、という言葉に、今回は笑い声が起きなかった。

外の空気が、ぴんと張り詰めている。

私も、書類から手を離した。

古代魔法陣。

フォルツという魔術師が移譲の術式を使えたように、王弟の周囲には高度な魔術の知識を持つ人間がいる。

何をしようとしているのか。

 

「確認取れました!! 使用が試みられている古代魔法陣の種類——情報封鎖の術式でございます!!」

 

情報封鎖。

 

「この術式は、特定の地域に魔力の膜を張り、外部との情報のやり取りを遮断するものです!! 要するに!! 王弟は自分がいる地域を、天の声の届かない空間にしようとしています!!」

 

天の声の届かない空間。

つまり——実況されない空間を作ろうとしている。

外が一瞬静まり返った。

それから大きなざわめきが起きた。

天の声がなくなるかもしれないという、その恐怖が伝わってきた。

 

「なお!! この術式が完成すれば、該当地域の情報が王都に届かなくなります!! アレクシス卿の騎士団との連携も困難になります!!」

 

アレクシス卿が、情報を遮断された地域に向かっている。

 

「術式の完成まで、残り時間は——おそらく明朝でございます!!」

 

明朝。

一晩しかない。

私は立ち上がった。

 

「魔術師を呼んでください。対抗手段がないか確認したい」

 

「はい!」

 

文官が走った。

私は窓の外を見た。

東の方角。

夕焼けが始まっている。

アレクシス卿は今頃、その術式が準備されている場所に向かっている。

情報が遮断される前に、動かなければならない。

 

「おーっとここで!! リリアーヌ嬢が即座に動きました!! さすが王国行政顧問!! 全国の皆様、見守ってください!!」

 

「見守らなくていいので、何か手段があれば教えてください……!!」

 

「情報封鎖への対抗手段については確認中でございます!!」

 

「確認中ではなくて答えてほしいんですが……!!」

 

「大変申し訳ございません!! 現在調査中でございます!!」

 

天の声でも分からないことがある、という事実が、少し怖かった。

 

魔術師が二人、駆けつけてきた。

情報封鎖の術式について聞くと、二人とも顔を青くした。

 

「理論的には対抗魔法があります。ただし——かなり高度な術式です」

 

「使える魔術師は王都にいますか」

 

「王立魔術院に一人、二人いるかもしれませんが」

 

「今夜中に準備できますか」

 

「何を準備するんですか」

 

「術式が完成する前に、対抗魔法の準備を整えてほしい。完成してしまったら遅い」

 

魔術師二人が顔を見合わせた。

 

「やってみます」

 

「お願いします」

 

二人が走っていった。

私は再び窓の外を見た。

東の空が、橙色から紫に変わっていく。

父に報告しなければならない。

魔術院への協力要請も必要だ。

やることが一気に増えた。

でも不思議と、焦りより集中の方が大きかった。

こういうときに頭が動くのは、やはり仕事が向いているということなのかもしれない。

 

「リリアーヌ様、大丈夫ですか」

 

アネットがそっと後ろから声をかけた。

 

「大丈夫。やることが分かっている間は大丈夫」

 

「アレクシス卿のことは」

 

「心配している。でも今は動く」

 

「分かりました。何でも言ってください」

 

アネットが頷いた。

 

「本日の天の声、これにて一時区切りといたします!! 状況が変化し次第、随時お伝えします!! 全国の皆様、眠れない夜になるかもしれませんが——どうかお付き合いください!!」

 

眠れない夜。

その言葉通りになりそうだった。

私は書類を脇に置いて、今夜やるべきことを頭の中で整理した。

魔術院への要請。

父への報告。

東部の情報収集。

一つずつやれば、必ず形になる。

それだけのことだ。

 

「アネット、今夜は長くなる。覚悟してほしい」

 

「覚悟しております」

 

「ありがとう」

 

珍しく素直に言えた。

アネットが少し目を丸くした後、

 

「いえ、私こそ」

 

と静かに言った。

夜が深くなっていく。

東の空は今、もう暗い。

アレクシス卿は今頃、その暗い東の街道を進んでいる。

早く。

その一言が、胸の中で繰り返されていた。







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