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婚約破棄を全国放送された悪役令嬢ですが、公開処刑されたのは無能王子の方でした  作者: カルラ


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第十五章 聖女失格

朝、王宮に向かう馬車の中で、昨日のことを整理しようとした。

でも整理しきれないまま、王宮の門をくぐった。

二十七回という数字が、頭の片隅にまだ残っている。

あれが本当に昨日のことだったのかと思うくらい、濃い一日だった。

執務室に入ると、アレクシス卿がすでに来ていた。

珍しく、資料ではなく窓の外を見ていた。

 

「おはようございます」

 

「おはようございます。今日の予定を確認させてください」

 

「ミレイア嬢の件が午前中に決まります。神殿の使者も来ます」

 

「正式な手続きですね」

 

「はい。昨日の証言と行動、両方が記録された上での判断になります」

 

「そうですか」

 

窓の外を見ると、朝の王都が動き始めていた。

今日は静かな朝だ。

天の声もまだ沈黙している。

 

「おはようございます全国の皆様!! 本日も天の声、参ります!! 本日は聖女候補ミレイア嬢の処遇が正式に決定する予定でございます!! 全国の皆様、最後までご覧ください!!」

 

最後まで、という言葉が少し重く聞こえた。

ミレイアにとっての最後、という意味だ。

 

午前中、小会議室に神殿の使者とアレクシス卿、王宮の代表者が集まった。

私も同席を求められた。

ミレイアは呼ばれていない。

結果だけを後で伝えると聞いた。

 

「昨日の経緯と、これまでの全証言を踏まえ、神殿としての判断を申し上げます」

 

年上の神官が、静かに口を開いた。

 

「ミレイア・ソーランス嬢の聖女候補資格を、正式に剥奪いたします」

 

「剥奪の理由は」

 

アレクシス卿が確認する。

 

「聖女としての能力を持たないこと。および神殿の正式な認定を経ずに聖女候補として活動したこと。以上二点です」

 

「本人の意図的な詐称とは区別されますか」

 

「区別します。ミレイア嬢は誰かに言われた通りに動いた面が大きく、主体的な詐称とは判断しておりません。ただし結果として神殿の権威を損ねた事実は変わらない」

 

「今後の処遇は」

 

「王宮から退去していただきます。ただし王弟の裁判において証言を求めます。その後は神殿で一定期間、指導のもとに過ごしていただく予定です」

 

指導のもとに過ごす。

追放ではあるけれど、完全な切り捨てではない。

昨日の証言が、処遇を少し和らげたのだろう。

 

「リリアーヌ嬢」

 

神官が私を見た。

 

「はい」

 

「ミレイア嬢に伝えに行っていただけますか。あなたが伝えた方がいいと思います」

 

「私が、ですか」

 

「昨日、あなたに話した内容が、今日の処遇を決めた。彼女はそれを知るべきです」

 

理由は分かった。

でも私が伝えに行くのが適切なのかどうか、すぐには判断できなかった。

少し間を置いてから、

 

「分かりました」

 

と答えた。

 

第三居室の前に立って、一度深呼吸をした。

昨日と同じ扉だ。

今日はノックする前に、扉の前で少し立ち止まった。

何を言えばいいか、正直まだ分からない。

でも分からないなりに、正直に話すしかない。

ノックすると、

 

「どうぞ」

 

と静かな声が返ってきた。

昨日の叫び声とは違う。

疲れているけれど、落ち着いている声だ。

 

部屋に入ると、ミレイアが荷物をまとめていた。

すでに知っていたのか、それとも直感で分かっていたのか。

振り返って私を見た顔は、腫れ目のままだったけれど、どこか静かだった。

 

「来ると思っていました」

 

「正式な決定が出ました。聖女候補の資格剥奪と、王宮からの退去です」

 

「……そうですか」

 

「神殿で一定期間、指導のもとに過ごすことになります。その後、王弟の裁判での証言も求められます」

 

ミレイアが荷物から手を離して、窓の方を見た。

 

「昨日、二十七回もやって……みっともなかったですね」

 

「みっともなかったとは思いません」

 

「え」

 

「あれが、今のあなたの精一杯だったんでしょう。それを笑う気にはなれない」

 

ミレイアが少し黙った。

 

「昨日の証言が、処遇に影響しましたか」

 

「しました。完全な切り捨てにはならなかった。あなたが正直に話したから」

 

「……そうですか」

 

また沈黙があった。

窓から差し込む朝の光が、ミレイアの横顔を照らしている。

 

「一つ聞いていいですか」

 

ミレイアが私を向いた。

 

「なんですか」

 

「リリアーヌ様は、私が嫌いですか」

 

少し考えた。

嘘をつく気にはなれない。

でも正確に言葉にしたかった。

 

「嫌いとは少し違います。最初は腹が立った。でも今は——複雑、というのが正直なところです」

 

「複雑」

 

「あなたのことを理解しきれていない。でも敵だとも思っていない」

 

ミレイアが、また少し笑った。

昨日と同じ、砂糖菓子とは全然違う種類の笑い方だ。

 

「正直ですね」

 

「嘘をつくのが苦手なので」

 

「私と逆だ」

 

その言葉を、ミレイアは笑いながら言った。

自嘲のような笑い方だった。

 

「おーっとここで!! ミレイア嬢の退去が正式に決定しました!! 本日午後、王宮を退去の予定でございます!!」

 

天の声が入ってきた。

ミレイアが天井を見上げた。

 

「最後まで実況されるんですね」

 

「システムですから、仕方ない」

 

「リリアーヌ様も、ずっと実況されてきたんですよね」

 

「最初の日からずっと」

 

「……大変でしたね」

 

「そちらも大変だったと思います」

 

二人で少しの間、天井を見上げた。

天の声は今は黙っている。

この沈黙は珍しい。

気を遣っているのかもしれない、と思った。

気を遣うシステムなのかどうかは分からないけれど。

 

「リリアーヌ様」

 

「はい」

 

「奪われた聖女候補の方に、謝りたいんですが——会えますか」

 

その問いに、すぐには答えられなかった。

神殿が名前と居場所を伏せている。

今すぐ会わせることは難しい。

 

「すぐには難しいと思います。でも、神殿に話してみます」

 

「お願いできますか」

 

「できる限り」

 

「……ありがとうございます」

 

その言葉は、今まで聞いたミレイアのありがとうと、全然違う響きを持っていた。

計算のない、ただの感謝だった。

 

午後、ミレイアが王宮を出た。

大きな荷物ではなく、小さなかばん一つだった。

三ヶ月間の王宮生活が、かばん一つに収まるとは思えないけれど、余分なものを持っていく気にはなれなかったのだろう。

廊下で見送った。

大勢が見ているわけではない。

私とアレクシス卿と、神殿の使者だけだ。

ミレイアが私の前で立ち止まった。

 

「また会えますか」

 

「裁判の前に、準備のために会うことになると思います」

 

「それじゃなくて——その後も」

 

少し驚いた。

その後も会う、ということを、彼女が聞いてくるとは思っていなかった。

 

「……どうなるかは分かりませんが、縁があれば」

 

「縁を作る努力をします」

 

ミレイアがそれだけ言って、廊下を歩いていった。

振り返らなかった。

 

「おーっとミレイア嬢、王宮を退去でございます!! 短い王宮生活でしたが——最後に正直になれた嬢に、エールを送りたいと思います!!」

 

天の声が珍しく、穏やかな調子で言った。

エールを送る、という言い方は初めてだ。

外から、静かな拍手が聞こえた。

怒りでも笑いでもない、送り出す拍手だ。

ミレイアの背中が、廊下の角で消えた。

 

「終わりましたね」

 

アレクシス卿が静かに言った。

 

「そうですね」

 

「リリアーヌ嬢、今日は疲れましたか」

 

「少し」

 

「そうですね」

 

二人でしばらく、誰もいなくなった廊下を見ていた。

 

執務室に戻って書類を片付けていると、夕方近くに天の声が再び口を開いた。

 

「さて!! 聖女候補の件が一段落しましたが——ここで全国の皆様に、改めて重要な情報をお届けします!!」

 

手が止まった。

アレクシス卿も顔を上げた。

 

「王弟ヴァルター侯爵の動向について、新たな情報が入りました!!」

 

王弟。

その名前が出た瞬間、執務室の空気が変わった。

 

「宰相の取り調べと、ミレイア嬢の証言を合わせた結果——王弟が過去十年にわたり、王国の政治に深く関与してきた証拠が揃いつつあります!! 財政の悪化も、聖女候補の偽装も、リリアーヌ嬢の婚約破棄工作も——全て一人の意思のもとに動いていた可能性が高まっております!!」

 

十年。

十年間、動いていた。

私が婚約者として王宮に関わっていた五年間より、ずっと前から。

 

「さらに!! ここで衝撃情報でございます!! 王弟が一連の謀略を行っていた目的について、宰相の最終証言が出ました!!」

 

最終証言。

アレクシス卿が立ち上がった。

 

「目的は——王位の簒奪でございます!!」

 

外が、一瞬完全に静まり返った。

それからどよめきが起きた。

怒りと驚きが混ざり合った声が、夕暮れの空に広がっていく。

王位の簒奪。

国王陛下を廃して、自分が王になろうとしていた。

財政を悪化させ、国王の統治能力を疑わせ、国民の信頼を失わせ、自分が救世主として現れる計画だった。

全部、繋がった。

 

「リリアーヌ嬢」

 

アレクシス卿が、低く呼んだ。

 

「はい」

 

「王弟は今、どこにいると思いますか」

 

「……王都ですか」

 

「昨日まではそうでした。ただ——」

 

アレクシス卿の表情が、今まで見た中で一番険しくなった。

 

「今朝から行方が確認できていない」

 

「逃げた、ということですか」

 

「分かりません。ただ、動いた可能性がある」

 

動いた。

証拠が揃いつつある今、追い詰められた人間が取る行動は限られている。

逃げるか、反撃するか。

 

「おーっと!! 王弟ヴァルター侯爵の行方が現在不明とのことでございます!! 王宮騎士団が追跡中!! 全国の皆様、不審な人物を見かけた場合は最寄りの騎士団詰め所まで!!」

 

また国民参加型になった。

でも今回は笑い事ではない。

天の声のトーンも、いつもより少し真剣だった。

 

「今夜は気をつけてください」

 

アレクシス卿が私に言った。

 

「屋敷のことですか」

 

「護衛を増やします。父君にも話します」

 

「……私が狙われる可能性があるということですか」

 

「婚約破棄の工作をされた相手です。この状況で、あなたが邪魔な存在であることは変わっていない」

 

直接的な言い方だった。

でも回りくどく言われるより、はっきり言ってもらえる方が気が引き締まる。

 

「分かりました」

 

「怖くないですか」

 

「怖い。でも今更逃げてもどうしようもない」

 

アレクシス卿が少し間を置いてから、

 

「そうですね」

 

と静かに言った。

 

帰りの馬車には、今日から護衛騎士が一人追加された。

アレクシス卿が手配してくれた人らしく、無口で、でも頼もしそうな人だった。

アネットが護衛の騎士を見て、少し緊張した顔をした。

 

「そこまで物々しくなってきたんですね」

 

「そうなった」

 

「怖いですか」

 

「怖い。でも今夜は早く寝ようと思っている」

 

「怖いのに眠れますか」

 

「眠れなかったら、眠れるまで本を読む」

 

アネットが苦笑した。

 

「相変わらず、対処が現実的ですね」

 

「怖がっていても状況は変わらないから」

 

馬車が揺れた。

窓の外に、夜の始まりが映っている。

王弟が動いた。

行方が分からない。

狙われる可能性がある。

全部、事実だ。

でも今夜の私にできることは何もない。

明日、アレクシス卿と動く。

それだけだ。

 

「本日の天の声、これにて終了でございます!! 本日の一言まとめ!! 聖女候補資格剥奪、王弟行方不明、王位簒奪計画の全容判明!! 盛りだくさんでございました!!」

 

「なお本日、リリアーヌ嬢への護衛が強化されました!! 当然の判断でございます!! 嬢の安全を全国で見守っております!!」

 

「見守られても、こちらは恥ずかしいだけなんですが……」

 

思わず声に出てしまった。

 

「全国の皆様からリリアーヌ嬢へ、無事でいてほしいという声が多数届いております!!」

 

「ありがとうございます……」

 

小声で言ったら、外から笑い声と、

 

「頑張れーー!!」

 

という声が上がった。

馬車の中で顔が熱くなるのを感じた。

護衛騎士が前を向いたまま、かすかに肩を揺らしていた。

笑っているのか、と思ったが、確かめる勇気はなかった。

 

屋敷に着いて、父に今日のことを話した。

王弟の行方不明を聞いた父は、珍しく眉間に皺を寄せた。

それだけで、父がどれだけ深刻に受け取ったかが分かった。

 

「護衛は増やす。お前は屋敷の外に出るときは必ず誰かと一緒だ」

 

「はい」

 

「ただ——怖がる必要はない。こちらには天の声がついている」

 

天の声がついている、という言い方が、父らしくなかった。

でも確かにそうだ。

全国が見ている中で、何かを仕掛けるのは難しい。

 

「王弟が逃げたなら、それはもう追い詰められているということでしょう」

 

「そうだ。ただ追い詰められた人間が何をするかは、分からない」

 

父がそれだけ言って、立ち上がった。

寝なさい、という意味だと受け取った。

 

自室に戻って、窓から外を見た。

夜空は今夜も星が出ている。

護衛騎士が屋敷の外に立っているのが、窓から見えた。

王弟は今、どこにいるのだろう。

何を考えているのだろう。

答えは出ない。

でも明日になれば、また何かが動く。

天の声が何かを見つける。

誰かが証言する。

少しずつ、包囲が狭まっていく。

そういう流れの中に、私はいる。

 

「明日も来ます」

 

アレクシス卿が帰り際に言っていた言葉を、もう一度頭の中で繰り返した。

毎回同じ言葉だ。

でも今日は、昨日より少し重く聞こえた。

用がある、というだけではないのかもしれない。

でもそれ以上考えるのは、今夜はやめておこうと思った。

本を開いて、読み始めた。

文字が頭に入ってくるかどうか、半信半疑だったけれど——気づいたら眠っていた。





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