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婚約破棄を全国放送された悪役令嬢ですが、公開処刑されたのは無能王子の方でした  作者: カルラ


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13/20

第十三章 奪われた奇跡

翌朝、目が覚めたとき、昨夜ミレイアが口にした名前がまだ頭に残っていた。

王弟ヴァルター侯爵。

昨夜は父にそのことを話した。

父は表情を変えずに聞いていたけれど、その沈黙がいつもより重かった。

最後に一言だけ、

 

「明日、アレクシス卿と動きなさい」

 

と言った。

それだけで十分だった。

朝食を食べながら、ミレイアのことも考えた。

昨夜の話が終わった後、彼女は泣かなかった。

ただ静かに、

 

「言えて、少し楽になりました」

 

とだけ言っていた。

その言葉の重さが、まだ胸の中に残っている。

 

「リリアーヌ様、顔色が優れませんね」

 

アネットが声をかけた。

 

「眠れなかった」

 

「昨夜は難しかったですよね」

 

「昨夜の話が大きすぎて、頭が追いつかなかった」

 

「今日はアレクシス卿と動かれるんですよね」

 

「うん。何があるか分からないけど」

 

アネットが静かにお茶を注いでくれた。

温かかった。

 

「おはようございます全国の皆様!! 本日も天の声、参ります!! 昨日の続報をお伝えする前に、本日は新たな重大情報がございます!! 全国の皆様、今日も座ってお聞きください!!」

 

「また座ってください、と言っている」

 

「重大情報が続きますね」

 

アネットの言葉に頷きながら、椅子に深く座り直した。

 

「昨夜、神殿から追加の報告が届きました!! 内容は——本物の聖女候補の存在についてでございます!!」

 

本物の聖女候補。

その言葉に、手のカップが止まった。

 

「神殿が正式に確認した本物の聖女候補が、この王国に存在します!! しかし現在、その人物は能力を失った状態にあります!!」

 

能力を失った。

 

「能力を失った原因として、神殿の調査結果をお伝えします!! この人物は半年前に、光属性の魔力の質が突然変化したとのこと!! 変化の前は治癒能力を持つ本物の聖女候補でしたが、変化の後は魔力の質が失われ、治癒能力が使えなくなっています!!」

 

半年前。

ミレイアが王宮に招かれたのが三ヶ月前。

つまりその更に三か月前に、本物の聖女候補の魔力が失われた。

何かが、繋がっていく気がした。

 

「魔力の質が変化した原因について、神殿は調査を進めております!! 現時点での見解——自然な変化ではない可能性が高いとのことでございます!! 何者かによって意図的に引き起こされた可能性が!!」

 

意図的に。

外から、静まり返った気配が伝わってきた。

街の人たちも、この言葉の意味を理解している。

 

馬車で王宮に向かいながら、頭の中で整理した。

本物の聖女候補がいた。

その人物の魔力が、半年前に意図的に変化させられた。

その直後に、ミレイアが聖女候補として現れた。

これは——奪ったのだ。

誰かが、本物の聖女候補から魔力の質を奪った。

 

「リリアーヌ様、顔が青いですよ」

 

「考えていることが顔に出た」

 

「どんなことを」

 

「魔力を奪うというのが、どういうことなのか」

 

アネットが少し沈黙した。

 

「……怖いですね」

 

「うん」

 

魔力を奪う。

そんなことが、できるのか。

できるとしたら、どんな方法で。

 

王宮に着くと、アレクシス卿がすでに執務室で待っていた。

今日は顔色が昨日より更に引き締まっている。

 

「聞きましたか、今朝の実況を」

 

「聞きました。本物の聖女候補の件と、魔力を奪われた話を」

 

「神殿からの報告の詳細を、今朝受け取りました」

 

アレクシス卿が書類を机に置いた。

 

「読んでいただけますか」

 

受け取って、目を通した。

神殿の調査記録だ。

丁寧な文体で、事実だけが淡々と書かれている。

読み進めながら、息が浅くなっていくのを感じた。

 

「闇魔術の痕跡が確認されたと書いてある」

 

「はい」

 

「魔力の質を変化させるために、闇魔術が使われた可能性がある」

 

「神殿の判断では、その可能性が高いとのことです」

 

闇魔術。

それは神殿が長年監視し、使用を禁じてきた魔法体系だ。

人体に干渉し、魔力の流れを強制的に変える。

使った人間も大きな代償を払うため、通常は使われない。

でも誰かが、それを使った。

 

「本物の聖女候補というのは、誰ですか」

 

書類に名前は載っていなかった。

アレクシス卿が少し間を置いた。

 

「神殿は現時点で名前を伏せています。本人の保護のために」

 

「保護が必要なほど、危険な状況ということですか」

 

「王弟が動いているなら、本物の聖女候補の存在は彼にとって脅威になります。能力を奪った相手が復活すれば、全ての証拠が揃う」

 

その言葉の意味が、ゆっくりと頭に浸透した。

つまり——その人物は今も、狙われているかもしれない。

 

「神殿は今、その方を保護していますか」

 

「昨夜から、神殿の最も安全な区画に移していただきました」

 

「昨夜から、ということは——昨夜のミレイアさんの証言を受けて動いたんですね」

 

「そうです。ミレイア嬢の証言が鍵になりました」

 

ミレイアの証言が、誰かを守ることに繋がった。

それを知ったら、彼女はどう思うだろう。

 

「ミレイアさんは今、どんな状況ですか」

 

「王宮内に留まっています。証言者として保護が必要なため」

 

「そうですか」

 

書類を机に戻した。

闇魔術。

本物の聖女候補。

王弟の名前。

これだけの話が、一つの線で繋がっていく。

 

「おーっとここで追加情報でございます!! 本日、神殿の協力により、魔力変化に使われた闇魔術の種類が特定されました!!」

 

天の声が入ってきた。

アレクシス卿が手を止めた。

 

「使用された闇魔術は、古の魔術書に記載された『移譲の術式』と呼ばれるものでございます!! この術式は、一人の人間から魔力の特性を引き剥がし、別の人間に付与することができます!!」

 

移譲の術式。

 

「つまり!! 本物の聖女候補から光魔力の治癒特性を引き剥がし、ミレイア嬢に付与しようとした!! しかし完全な移譲は失敗したとみられ、本物の聖女候補は治癒特性を失い、ミレイア嬢は光魔力は持つものの治癒特性のない魔力を持つことになった!! そういう構造でございます!!」

 

失敗した移譲。

だからミレイアも、完全な聖女にはなれなかった。

 

「なお!! 移譲の術式を使用するには、相当高度な魔術の知識と、古の魔術書へのアクセスが必要です!! 一般人には入手不可能な代物!! つまり術者は、特定の機関または人物に繋がっている可能性が高い!!」

 

特定の機関。

それがどこなのかは、天の声は言わなかった。

でも言葉の意味は分かる。

王弟ヴァルターが関与しているとすれば、その人物の周辺に術者がいる。

 

「アレクシス卿、王弟というのはどういう方なんですか」

 

殿下の廃嫡に関わる騒動の中で、王弟という名前は何度か耳にしたが、実際にどういう人物かは知らなかった。

 

「国王陛下の弟君です。年齢は四十代前半で、王国内の複数の領地を持っています。表向きは温厚で学識豊かな方として知られている」

 

「表向きは」

 

「政治的には、長年静かに動いていた方です。表に出てこない。でも背後で影響力を持っていた」

 

「それは……宰相と似ていますね」

 

「宰相は王弟の手足だったと考えると、全ての動きに一貫性が生まれます」

 

一貫性。

そうだ、全部繋がる。

王弟が王国の財政を意図的に悪化させ、国王の統治を弱め、自分の影響力を強めようとしていた。

その過程でリリアーヌという邪魔な存在を排除するために宰相を動かし、ミレイアという道具を用意した。

私は婚約破棄を通じて、その巨大な謀略の端を掴んでしまったのだ。

 

「規模が大きすぎて、少し頭が痛い」

 

正直に言った。

 

「そうですね」

 

アレクシス卿が珍しく、率直に同意した。

 

「私も、ここまで繋がっているとは思っていませんでした」

 

「卿でも驚くことがあるんですね」

 

「あります」

 

「少し安心しました」

 

「なぜですか」

 

「私だけが追いついていないのかと思っていたので」

 

アレクシス卿が、口の端を上げた。

 

「追いつくには大きすぎる話です。一歩ずつ整理すれば十分です」

 

一歩ずつ。

その言葉が、少し楽にしてくれた。

 

午後になって、ミレイアに会いに行った。

アレクシス卿と一緒だ。

今日のミレイアは、昨日より表情が落ち着いていた。

何かを決めた顔に見える。

 

「今朝の実況、聞きましたか」

 

私が聞くと、ミレイアは静かに頷いた。

 

「移譲の術式のことですね」

 

「その術式を、あなたにかけた人を知っていますか」

 

ミレイアが少し迷う顔をしてから、口を開いた。

 

「直接会ったことはないんです。ヴァルター様から、ある魔術師を紹介されて。その人に魔力を安定させる儀式だと言われて……受けました」

 

「魔術師の名前は」

 

「フォルツ、という人でした。年齢は分からなかった。顔も、フードを被っていたので見えなくて」

 

「その儀式を受けたとき、何か違和感はありましたか」

 

「あった、んです。なんか……引っ張られるような感覚があって。でも魔力の安定に必要な感覚だと言われたから、信じてしまって」

 

ミレイアの声が、少し沈んだ。

 

「私、本物の誰かから、大切なものを奪ったんですね」

 

その言葉を、私はすぐに返せなかった。

事実として、そういう構造になっていた。

意図していたかどうかに関わらず。

 

「ミレイア嬢」

 

アレクシス卿が静かに口を開いた。

 

「あなたが知っていることを全て話してもらえますか。それが、奪われた人への一番の償いになります」

 

ミレイアが、アレクシス卿を見た。

それから私を見た。

 

「話します。全部」

 

そう言って、ミレイアは話し始めた。

ヴァルターに最初に声をかけられたこと。

聖女候補として王宮に送り込まれた経緯。

治癒できないことへの恐怖と、それを隠し続けた三ヶ月間。

私は黙って聞いていた。

話が進むにつれて、ミレイアという人間の像が変わっていった。

砂糖菓子みたいな笑顔の裏に、ずっと怯えていた少女がいた。

完全な被害者とも言えない。

でも完全な加害者とも言えない。

ただ利用された、十七歳の少女だ。

 

「おーっとここで!! ミレイア嬢の証言が進行中でございます!! 詳細は確認次第、お伝えします!! なお本日のミレイア嬢の涙——ゼロ回でございます!!」

 

天の声が、最後に一言付け加えた。

ゼロ回、という言葉に、ミレイアが少し苦笑した。

今まで見た彼女の笑顔とは、全然違う種類の笑い方だった。

 

「ゼロって、言われるとは思ってなかった」

 

「天の声は正確ですから」

 

「泣かないって、意識したわけじゃないんですけど」

 

「泣かなくていいときに、泣かなかっただけじゃないですか」

 

ミレイアが私を見た。

少しだけ、瞳が揺れた。

泣かなかった。

演じない顔で、正直に話した。

それだけのことだけれど、彼女にとっては大きな一歩だったかもしれない。

 

帰りの馬車の中で、アレクシス卿が口を開いた。

 

「フォルツという魔術師の追跡を始めます」

 

「見つかりますか」

 

「王族監査システムが動いています。隠れ続けるのは難しいと思います」

 

「リリアーヌ嬢」

 

「はい」

 

「今日のミレイア嬢への接し方、自然でしたね」

 

「自然かどうか分かりませんが、ただ話を聞いただけです」

 

「それが自然だということです」

 

アレクシス卿が静かに言った。

返す言葉が思い浮かばなかった。

馬車が揺れた。

夕暮れの空が橙色に染まっている。

今日、多くのことが動いた。

闇魔術の存在。

移譲の術式。

奪われた奇跡。

これだけの話が出てきて、まだ王弟には辿り着いていない。

この先、どこまで続くのか。

 

「本日の天の声、これにて終了でございます!! 本日の一言まとめ!! 闇魔術発覚、移譲の術式、奪われた聖女の力!! 王国の闇、思っていたより深うございました!!」

 

思っていたより深い。

それは私も同じ感想だ。

 

「明日も続報をお届けします!! 全国の皆様、どうぞお楽しみに!!」

 

楽しい話ではない。

でも止まれない。

ここまで来たら、最後まで見届けるしかない。

 

屋敷に戻って、夕食を終えてから、一人で書斎に籠もった。

今日聞いたことを、順番に紙に書き出した。

整理しないと頭が追いつかない。

これも几帳面な性格のせいだ。

書き終えて、紙を見つめた。

王弟ヴァルター。

魔術師フォルツ。

移譲の術式。

奪われた聖女の力。

全部繋がっている。

でもまだ、証拠が足りない。

 

「リリアーヌ様、まだ起きていらっしゃるんですか」

 

扉の向こうからアネットの声がした。

 

「少し整理していた」

 

「もう遅いですよ」

 

「うん、もう寝る」

 

「今日は色々ありましたね」

 

「色々ありすぎた」

 

「それでも、前に進んでいますよね」

 

アネットの言葉が、書斎の静けさに溶けた。

前に進んでいる。

そうかもしれない。

紙を伏せて、ランプを消した。

暗くなった書斎で、少しだけ目を閉じた。

奪われた奇跡が、いつか取り戻される日が来るのだろうか。

明日の天の声が、何を言うのか。

それを確かめるためにも、今夜はよく眠らなければならない。

そう思いながら、私は書斎をあとにした。









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