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婚約破棄を全国放送された悪役令嬢ですが、公開処刑されたのは無能王子の方でした  作者: カルラ


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12/20

第十二章 聖女ではない

翌朝、王宮への道すがら、昨夜の天の声の言葉が頭に残っていた。

「明日は少々、驚く情報をお届けできそうでございます」

何が来るのか分からないまま、馬車に揺られた。

アネットは隣で黙っている。

気を遣ってくれているのだと分かった。

窓の外を流れる街並みを見ながら、ミレイアのことを考えた。

治癒能力を使った記録がない。

席を外す理由が毎回違う。

誰も見ていないところでの、疲れたような顔。

一つ一つは小さな違和感だ。

でも積み重なると、何かが見えてくる気がする。

 

「リリアーヌ様、着きましたよ」

 

アネットの声で、窓の外から視線を戻した。

王宮の門が目の前にある。

今日も晴れている。

 

執務室に入ると、昨日より文官の数が多かった。

昨日のうちに引き継ぎを始めた案件に、追加の書類が届いていたらしい。

朝から書類の山と向き合った。

一時間ほど作業していると、廊下が少しざわついた。

 

「何かあったんですか」

 

隣の文官に声をかけた。

 

「神殿から使者が来たようです」

 

「神殿から」

 

「ミレイア嬢の件で、とのことで」

 

その言葉に、手が止まった。

昨日の引っかかりが、急に近づいてきた気がした。

 

しばらくして、アレクシス卿が執務室に入ってきた。

表情が昨日より引き締まっている。

 

「神殿からの使者に会いましたか」

 

「いいえ、話だけ聞きました。ミレイアさんの件で来たと」

 

「そうです。内容は——まだここでは言えませんが、昨日リリアーヌ嬢が感じた違和感と、関係があると思います」

 

「それは……天の声が言っていた衝撃情報と繋がりますか」

 

「おそらく」

 

アレクシス卿が静かに頷いた。

 

「今日の午後、神殿の使者を交えて正式な話し合いが行われます。リリアーヌ嬢にも同席してほしい」

 

「私が同席していいんですか」

 

「行政顧問として、王国と神殿の協議に立ち会う権限があります。むしろ嬢に聞いてほしいことがある」

 

「分かりました」

 

短く答えながら、胸の中でざわめきが広がっていくのを感じた。

 

午後になって、小会議室に通された。

長方形のテーブルに、神殿の使者が二名、王宮側からアレクシス卿と財務省の上席文官、そして私が座った。

神殿の使者は両方とも中年の神官で、表情が硬い。

 

「それでは始めましょう」

 

アレクシス卿が口を開いた。

 

「神殿からのご報告をお聞きします」

 

年上の神官が、書類を机に置いた。

 

「単刀直入に申し上げます。ミレイア・ソーランス嬢は、神殿が認定する聖女候補の条件を満たしておりません」

 

部屋の空気が、一瞬で変わった。

財務省の文官が小さく息を呑んだ。

私は黙って神官の顔を見た。

 

「どういう意味ですか」

 

アレクシス卿が静かに聞いた。

 

「聖女に必要な光魔力の質についてです。ミレイア嬢が持つ光属性の魔力は本物です。ただし——その質が、聖女のものではない」

 

「質が違う、とは」

 

「聖女の光魔力には、生命に干渉する特性があります。治癒や浄化ができるのはそのためです。ミレイア嬢の魔力は光属性ではありますが、その特性がない。正確に言えば——照らすことはできても、癒すことはできない魔力です」

 

照らすことはできても、癒すことはできない。

その表現が、妙に鮮明に頭に入ってきた。

治癒能力を使った記録がない理由。

席を外し続けてきた理由。

全部、繋がった。

 

「なぜ今まで分からなかったんですか」

 

私は神官に聞いた。

少し直接的すぎたかと思ったが、神官は気分を害した様子もなく答えた。

 

「王太子殿下が神殿の手続きを省略されたためです。本来であれば、神殿での正式な審査を経て認定します。その審査の中で魔力の質まで確認します。今回はその審査がなかった」

 

「つまり、最初から審査していれば分かっていた」

 

「はい。誠に申し訳ありません。神殿としても、もっと早く正式な申し入れをすべきでした」

 

神官が頭を下げた。

申し訳ありません、という言葉は本心からのものに聞こえた。

 

「おーっとここで衝撃情報でーーす!! ミレイア・ソーランス嬢、本物の聖女ではないことが神殿の正式な審査で判明しました!! 全国の皆様、聞こえましたでしょうか!!」

 

会議室の全員が天井を見上げた。

神官の二人が特に驚いた顔をしている。

天の声が会議室の中でも聞こえるのを、知らなかったらしい。

 

「天の声というのは、どこでも……」

 

「どこでも聞こえます。慣れてください」

 

アレクシス卿が静かに言った。

慣れてください、という言い方が妙に日常的で、私も少し笑いそうになった。

 

「全国の皆様から大きな反応が届いております!! 驚きと混乱の声が多数!! 当然でございます!!」

 

外から、大きなざわめきが届いてきた。

会議室にいても分かる。

街全体が沸いている。

 

「一点、補足がございます!! ミレイア嬢が意図的に偽ったのか、自身も誤解していたのか——こちらはまだ確認中でございます!! 続報をお待ちください!!」

 

意図的に偽ったのか、自身も誤解していたのか。

その二択が、頭の中に並んだ。

ミレイアは自分が聖女候補だと思っていたのか。

それとも、知っていて演じていたのか。

昨日庭で見た、あの疲れた顔が思い浮かんだ。

あれは演じることに疲れた顔だったのか。

それとも——本当に、何かに苦しんでいた顔だったのか。

 

会議が終わって、廊下に出た。

アレクシス卿が隣を歩いている。

 

「リリアーヌ嬢、考えている顔をしていますね」

 

「ミレイアさんが知っていたのかどうかが、気になっています」

 

「私もです」

 

「どちらだと思いますか」

 

アレクシス卿が少し間を置いた。

 

「どちらの可能性もある。ただ——天の声が確認中と言ったということは、単純ではないのだと思います」

 

「単純ではない」

 

「知っていた部分と、知らなかった部分が混在している、という可能性もある」

 

その言い方が、何か引っかかった。

知っていた部分と、知らなかった部分が混在している。

それはどういうことだろう。

 

「誰かに言われていたとしたら」

 

思わず口に出た。

 

「誰かに?」

 

「ミレイアさんが誰かに、お前は聖女候補だと言われて信じていたとしたら。光魔力があるのは本当だから、自分でも信じられた」

 

「なるほど」

 

「でも治癒できないことには、ずっと気づいていた。だから毎回席を外していた」

 

「辻褄が合いますね」

 

「合うけれど——それが本当なら、ミレイアさんも誰かに利用されていたことになる」

 

廊下の窓から、庭が見えた。

昨日ミレイアが座っていたベンチが見える。

今は誰もいない。

 

「宰相の件と繋がるかもしれない」

 

アレクシス卿が静かに言った。

 

「宰相がミレイアさんを利用したということですか」

 

「宰相は私の婚約破棄を望んでいた。そのために殿下に助言していた。ミレイアさんの存在は、その助言を効果的にするための道具として使われたのかもしれない」

 

「証拠はありますか」

 

「今のところはありません。ただ——天の声が確認中と言っています」

 

確認中。

つまり天の声も、同じ方向を見ている。

 

夕方近くになって、文官の一人が執務室に飛び込んできた。

 

「リリアーヌ顧問、ミレイア嬢が——」

 

「何かありましたか」

 

「ミレイア嬢が、話したいと言っています。顧問に直接、話したいことがあると」

 

私に直接。

アネットと目が合った。

 

「会いに行きますか」

 

アレクシス卿が聞いた。

 

「行きます」

 

答えてから、少し考えた。

ミレイアは私に、何を話したいのだろう。

謝罪か。

言い訳か。

それとも——全く別の何かか。

 

第三居室は王宮の静かな区画にあった。

扉の前で立ち止まって、一度深呼吸をした。

ノックすると、

 

「どうぞ」

 

と声がした。

透明感のある声。

でも今日は、どこか掠れていた。

部屋に入ると、ミレイアが窓際の椅子に座っていた。

こちらを見た瞬間、大きな瞳が揺れた。

泣き出すかと思ったが、泣かなかった。

唇をきゅっと結んで、ただ私を見ていた。

 

「来てくれたんですね」

 

「話があると聞きました」

 

「座ってもらえますか」

 

向かいの椅子に座った。

しばらく、沈黙があった。

ミレイアは膝の上で手を重ねて、視線を落としている。

 

「天の声で言われましたよね。私が本物の聖女じゃないって」

 

「聞きました」

 

「知ってたんです、私も」

 

その言葉を、静かに受け取った。

やはりそうだったのか。

 

「治癒ができないことは、ずっと知っていました。光魔力はあるのに、なぜか治せない。それがずっと怖くて」

 

「怖かった」

 

「誰かに言えなかった。聖女候補として王宮に来てしまってから、もう言えなくて」

 

ミレイアの声が、少し震えた。

でも泣かなかった。

 

「リリアーヌ様に嘘をついたことは、分かっています。意地悪をされたと言ったこと。本当のことじゃなかった」

 

「知っています」

 

「謝っても許してもらえないと分かっているんですけど」

 

「謝罪を聞きに来たわけじゃないので」

 

ミレイアが顔を上げた。

驚いたような顔だ。

 

「じゃあ、何しに来たんですか」

 

「話を聞きに来た。あなたに話したいことがあるなら」

 

ミレイアが、しばらく私を見ていた。

砂糖菓子みたいな笑顔は、今日はない。

素の顔で、ただ私を見ている。

 

「誰かに言われたんですか、聖女候補だと名乗るように」

 

ゆっくりと、でもはっきりと聞いた。

ミレイアの表情が、わずかに強張った。

そのまま少し間があって、

 

「……はい」

 

と、小さく答えた。

 

「誰ですか」

 

ミレイアが唇を開きかけた。

そのとき。

 

「おーっとここで重大情報の予感でございます!! 続報は近日中に!!」

 

天の声が入ってきた。

ミレイアが天井を見上げて、それからまた私を見た。

 

「言っても大丈夫ですか。私は、その人が怖くて」

 

「天の声が聞いています。あなたの証言は記録されます」

 

ミレイアが深く息を吸った。

窓の外で、夕風が木の葉を揺らした。

 

「宰相……ではないんです」

 

「え」

 

「宰相に言われたわけじゃない。もっと——」

 

ミレイアが声を落とした。

 

「もっと上の人に、言われました」

 

もっと上。

アレクシス卿が言っていた言葉が、頭の中で重なった。

宰相より上に誰かいる、という話が。

 

「おーっとここで!! 重大情報でございます!! 続報は確認次第お伝えします!! 全国の皆様、少々お待ちください!!」

 

天の声が興奮気味に響いた。

私はミレイアから目を離さなかった。

もっと上の人。

その言葉の重さが、部屋の空気を変えた気がした。

 

「名前を教えてもらえますか」

 

静かに聞いた。

ミレイアが一度目を閉じた。

開いたとき、瞳が決意を持っていた。

 

「王弟——ヴァルター侯爵閣下です」

 

部屋が、静まり返った。

王弟。

国王の弟。

王族の一人。

宰相でさえない。

さらに上の、王族が動いていた。

窓の外で、夕日が急速に翳っていった。

 

屋敷への帰り道、馬車の中でずっと黙っていた。

アネットも何も言わなかった。

天の声も、珍しく沈黙していた。

王弟が動いていた。

宰相を使い、ミレイアを使い、殿下を動かし、私の婚約破棄まで仕組んだ。

これはもう、婚約破棄の話ではない。

王国の根幹に関わる話だ。

 

「リリアーヌ様」

 

アネットがそっと呼んだ。

 

「うん」

 

「大丈夫ですか」

 

少し考えた。

 

「大丈夫かどうか、まだ分からない」

 

「正直ですね」

 

「嘘をついても仕方がないから」

 

馬車の窓に、夜の始まりが映っている。

王弟という名前が、頭の中で重く響き続けていた。

この先、どこまで深くなるのだろう。

婚約破棄の夜に始まったことが、今や王族の謀略にまで繋がっていた。

 

「天の声が黙っていますね」

 

アネットが言った。

 

「珍しい」

 

「溜めているんでしょうか、また」

 

そうかもしれない。

明日、また何かが動く。

それだけは確かだった。










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