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婚約破棄を全国放送された悪役令嬢ですが、公開処刑されたのは無能王子の方でした  作者: カルラ


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第十章 王太子失脚

朝、目が覚めたとき、答えは出ていた。

昨夜は眠れないかもしれないと思っていたのに、不思議とよく眠れた。

考え続けるのをやめた瞬間に、眠れたのかもしれない。

起き上がって、窓を開けた。

朝の空気が冷たくて、清んでいる。

戻る。

それだけのことだ。

誰かがやらなければならないなら、できる人間がやればいい。

アネットの言葉はシンプルで、でも正しかった。

私が怖いのは評価されることで、仕事そのものを怖いと思ったことはない。

ならば答えは最初から決まっていた。

 

「リリアーヌ様、今日は顔が違いますね」

 

朝食を運んできたアネットが言った。

 

「何が違う」

 

「決まった顔をしています」

 

「よく分かったね」

 

「五年間、傍で見てきましたので」

 

アネットが静かに微笑んだ。

私も頷いて、朝食に手をつけた。

今日は食欲があった。

昨日より確実に多く食べられた。

 

「おはようございます全国の皆様!! 本日も天の声、参ります!! 本日は王族会議の最終決定と、王国の今後についてお伝えしてまいります!! 歴史的な一日となる予感でございます!!」

 

歴史的な一日。

天の声がそう言うなら、そうなのだろう。

私はお茶を一口飲んで、続きを待った。

 

「まず昨日の続報でございます!! 全国からの情報提供、最終的に八百件を超えました!!」

 

八百件。

昨日の五百件からさらに増えた。

 

「地方の農村から、辺境の砦まで、王国全土から声が届きました!! 皆様の勇気に、改めて感謝申し上げます!! この情報により、横領の全容がほぼ解明されました!! 共犯者の総数——宰相府、財務省、地方徴税官を含め、最終的に二十三名でございます!!」

 

二十三名。

組織の大きさが、改めて分かった。

これだけの人数が関わっていれば、五年間隠し続けられたのも納得できる。

 

「ロッセル宰相の取り調べも進んでおります!! 宰相の証言によると、横領の目的は私腹を肥やすだけではなく、王国の財政を意図的に悪化させることにもあったとのこと!!」

 

意図的に悪化させる。

その言葉に、手が止まった。

 

「財政を悪化させて、国王陛下の統治能力に疑問を持たせ、自らの影響力を拡大することが目的だったとのことでございます!! つまり今回の件、単純な横領ではなく——政治的な謀略でございました!!」

 

謀略。

その言葉が、朝の空気に重く落ちた。

宰相は国を傾けようとしていた。

自分の権力のために。

その過程で、私のような小さな存在の婚約破棄まで利用していた。

 

「何かとんでもない話に巻き込まれていたんだな、私」

 

思わず呟いた。

 

「おっとリリアーヌ嬢から率直な感想が届きました!! おっしゃる通りでございます!!」

 

「独り言なんですが……」

 

「全部聞こえております!!」

 

アネットが申し訳なさそうに肩をすくめた。

分かっている。

でも独り言くらい聞かないでほしい。

 

午前中、父に呼ばれた。

応接間に行くと、アレクシス卿も来ていた。

今日は三人で話すらしい。

 

「王族会議の最終回が今日の午後に行われる」

 

父が開口一番に言った。

 

「殿下の処遇は昨日決まりましたが、今日は王国全体の再建について正式な決定が行われます」

 

アレクシス卿が続けた。

 

「宰相の後任、財務省の立て直し、地方行政の監査体制の整備。それらを一度に決める会議です」

 

「大きな会議ですね」

 

「王国の方向性を決める会議です」

 

「リリアーヌの件も、今日正式に答えを出してほしい」

 

父が私を見た。

出ている答えを、口にする時が来た。

 

「戻ります」

 

二人が私を見た。

 

「行政官として、正式な立場でお役に立てるなら。ただし条件があります」

 

「条件を言いなさい」

 

父が促した。

 

「今後は私一人に業務が集中しない体制を作ること。私がやっていることを理解して引き継げる人間を、きちんと育てること。それと——仕事の成果は、やった人間の名前で記録すること」

 

最後の条件を言うとき、少し声が固くなった。

でも言わなければならないことだった。

五年間、殿下の名前で記録され続けた仕事のことを、ここで言っておかなければ同じことが繰り返される。

 

「正当な要求です」

 

アレクシス卿が即座に言った。

 

「会議でそのまま伝えます」

 

「よろしくお願いします」

 

「他にはありますか」

 

「今のところは以上です」

 

アレクシス卿が短く頷いた。

父も、わずかに表情を緩めた。

 

「おーっとここで!! リリアーヌ嬢から正式な復帰の意思と、三つの条件が提示されました!! 全国の皆様にお伝えします!!」

 

「聞いてたんですか……!!」

 

「常に聞いております!!」

 

「せめて今は黙っていてください……!!」

 

「大変申し訳ございませんが三つの条件、全国的に大変好評でございます!!」

 

外から歓声が上がった。

私は顔を覆いたくなった。

アレクシス卿が珍しく、はっきりと笑った。

口の端が上がるだけではなく、声が出るほどの笑いだった。

 

「笑わないでください卿まで」

 

「失礼しました」

 

でも声はまだわずかに笑っていた。

 

午後になって、父とアレクシス卿は王族会議に向かった。

私は屋敷で待つことになった。

いつものように。

今日は書斎に籠もらずに、庭に出た。

天気がいい。

久しぶりに外の空気を吸った気がした。

庭の隅に、父が丹精込めて育てている薔薇がある。

今の季節、ちょうど咲き始めている。

赤と白が混ざった、小ぶりな薔薇だ。

これを見るのは久しぶりだと思った。

この一週間、外に出る余裕がなかった。

 

「リリアーヌ様、外に出られたんですね」

 

アネットが後ろから来た。

 

「少し気分転換に」

 

「良かったです。ずっと屋敷に籠もっていましたから」

 

「天の声が外でも聞こえるのは変わらないけどね」

 

「それはまあ……」

 

アネットが苦笑した。

私も苦笑した。

薔薇の花に触れながら、この一週間を思い返した。

婚約破棄をされた夜から、今日まで。

信じられないほど色々なことが起きた。

でも今、庭に立ってこうして花を見ている自分は、あの夜と同じ自分だ。

変わったことと、変わらないことがある。

変わったのは、周囲の状況と、私への評価だ。

変わらないのは、私自身だ。

地味で、目立つのが苦手で、褒められると顔が熱くなる。

それは何も変わっていない。

 

「リリアーヌ様は、これからどうなりたいですか」

 

アネットが聞いた。

また直接的な質問だ。

 

「どうなりたいか……」

 

「将来の話ではなくて、もう少し近い話で」

 

「仕事をきちんとやりたい。今度は自分の名前で」

 

「それだけですか」

 

「今はそれだけ」

 

アネットが何か言いたそうな顔をした。

でも黙った。

その判断は今日も正しいと思う。

 

夕方になって、天の声が動いた。

 

「速報でございます!! 王族会議、現在も継続中でございます!! 本日の議題は多岐にわたっており、会議は長引いている模様!! 全国の皆様もう少しお待ちください!!」

 

長引いている。

そうだろうと思った。

決めることが山積みだ。

待ちながら、私は庭の薔薇を眺め続けた。

 

日が落ちる頃に、父とアレクシス卿が戻ってきた。

二人とも疲れた顔をしているが、どこか晴れやかでもある。

応接間に揃って座ると、父が口を開いた。

 

「全て決まった」

 

「はい」

 

「まずロッセル宰相以下二十三名、全員の身柄が正式に拘束された。裁判は来月行われる予定だ」

 

「分かりました」

 

「次に王国行政の再建について。宰相の後任は当面、国王陛下が直接監督される形になる。財務省には外部の監査官が入ることが決まった」

 

「それは良かったと思います」

 

「リリアーヌの件も正式に決定した」

 

父が私を見た。

 

「条件、全て受け入れられた。業務の集中防止、後継者育成、成果の正式な記録。全部だ」

 

全部。

思っていたより、あっさり通った。

 

「それと——」

 

アレクシス卿が続けた。

 

「リリアーヌ嬢には、王国行政顧問という正式な役職が与えられることになりました」

 

顧問。

 

「顧問というのは……どういう立場ですか」

 

「省庁横断的に業務を監督し、助言する役職です。一つの省に縛られず、全体を見られる立場」

 

「それは……かなり大きな権限では」

 

「嬢がこれまでやってきた仕事の実態に、正式な権限をつけた形です」

 

実態に権限をつけた。

その言い方が、妙に的確だった。

確かに私はずっと、権限のないまま省庁横断的に動いていた。

それを今度は正式な立場でやるということだ。

 

「……分かりました」

 

「受け入れますか」

 

「条件が通ったなら」

 

「通りました」

 

「では」

 

短くそれだけ言った。

アレクシス卿が頷いた。

父も頷いた。

 

「おーっと!! ここで正式決定でございます!! リリアーヌ・エルシェイド嬢、王国行政顧問として正式就任が決定しました!! 全国の皆様、お聞きになりましたでしょうか!!」

 

外から歓声が上がった。

今日一番大きな声だった。

私は顔が熱くなるのを感じながら、窓の外を見た。

夕暮れの空が、橙色から紫へと変わっていく。

 

「それと、もう一点」

 

アレクシス卿が、少し声を低くした。

 

「今日の会議で、一つ気になる情報が出ました」

 

「何ですか」

 

「ロッセル宰相の取り調べの中で、宰相が誰かの指示を受けて動いていたとも取れる発言があったそうです」

 

誰かの指示。

宰相が、更に上の誰かに動かされていた。

 

「宰相より上に、誰かいるということですか」

 

「まだ確証はありません。ただ——捜査は続きます」

 

「そうですか」

 

終わっていなかった。

これでひと段落かと思っていたけれど、まだ続きがあるらしい。

 

天の声が夜の締めくくりを告げた。

 

「本日の天の声、これにて終了でございます!! 本日の一言まとめ!! 王太子失脚、宰相逮捕、リリアーヌ嬢就任決定!! 盛りだくさんでございました!!」

 

「なお捜査はまだ続きます!! 皆様、引き続きお楽しみに!!」

 

お楽しみに、という言葉が夜の空気に溶けた。

外の声が少しずつ遠くなっていく。

宰相より上の誰かがいる。

その言葉が、頭の中に残っていた。

 

「アネット」

 

「はい」

 

「まだ終わっていないらしい」

 

「聞こえていました」

 

「怖いと思う?」

 

アネットが少し考えてから、

 

「リリアーヌ様が傍にいてくださるなら、大丈夫だと思います」

 

と言った。

 

「私が怖いって聞いたんだけど」

 

「存じております」

 

アネットが澄ました顔で言った。

私は思わず、声を出して笑った。

久しぶりに、腹の底から笑った気がした。

笑いながら、夜空を見上げた。

まだ続く。

でも今日はよく頑張ったと、自分に言い聞かせながら、私は庭から屋敷の中へと戻っていった。













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