アントワープの六人衆
皆さんはどのデザイナーが身近ですか?
当時は、オタクしか知らなかったデザイナーが、随分と身近な存在になったのは喜ばしいことだと思ってます。
私が十代だった頃、ファッションは日常の中にある一種の芸術だった。
毎シーズンのように『gap PRESS』を買い、世界のコレクションを眺めていた。
パリ。ミラノ。ロンドン。ニューヨーク。
まだスマートフォンなど存在しなかった時代である。
デザイナーの新作を見るためには、雑誌を買うか、本屋で立ち読みをするしかなかった。
私は随分と長い時間を書店で過ごした。
写真を眺めては、デザイナーの名前を覚え、素材の使い方やパターンの違いを見比べた。
そして、街で誰かが新作を着ていると気づくことがあった。
「今季のあの服」
そんな発見だけでも、楽しかった。
服を見れば、どこのブランドのものか、なんとなく分かる。
それはロゴの話ではなく、肩の形。アームホールのつき方や、独特な生地の使い方。
身体からどの程度離れているか。
デザイナーには、それぞれ個人の美意識があった。
ちなみに、これから登場するMARNIやジル・サンダーの名前は、今ではユニクロとのコラボレーションで知った人もいるかもしれない。
もちろん、そうした試みを否定するつもりはない。
ただ、私が夢中になったコンスエロ・カスティリオーニ時代のMARNIと、2022年にユニクロと協業したMARNIでは、そもそもデザインを率いた人物が違う。
2022年のコラボレーションを手掛けたのは、フランチェスコ・リッソだ。
また、2009年に始まったユニクロの「+J」は、デザイナーのジル・サンダー氏個人との協業であって、JIL SANDERというブランドそのものとの提携ではない。
私は、デザイナーの美意識を取り入れた日常着と、本人たちが作り上げたコレクションを、同じものとして並べたくないのである。
さて。
まずMARNI。
モデル体型ではない私でも、カチッと着られるブランドで大好きだった。
特に、際立って羽織もの系が美しいと思う。
………服といえば秋冬なのは当然なのかもしれないけれど、読み進めてほしい。
コンスエロ・カスティリオーニの生み出す、どこか温かみのある独創的な服。
身体の線を単純になぞらず、布の立体感そのものを楽しませてくれる。
JIL SANDER。
装飾を削ぎ落とした先に残る、美しい線と素材の存在感。
Dries Van Noten。
あれほど大胆な色と柄を重ねながら、どうしてあんなに洗練されて見えるのだろう。
柄物が得意でない私も、息を呑む美しさだった。
Ann Demeulemeester。
繊細で、少し退廃的で、それでいて凛とした美しさ。
これは、個人的妄想だが、あの大ヒットゲーム『NieR:Automata』の世界観にも合う。
(着られるか着られないかは別として)
ヨウジヤマモト、COMME des GARÇONS。
そういえば……デザイナーの川久保玲さんが店舗に立って、包装してくれたことは忘れない。
若かったのだから思い切って、一緒にサインでも貰えばよかったな。
とにかく日本のデザイナーたちにも、圧倒的な個性があった。
特に、アントワープの六人衆には強い憧れを抱いていた。
1980年代に国際的な注目を集めた、ベルギーの六人のデザイナー。
ドリス・ヴァン・ノッテン、アン・ドゥムルメステール、ウォルター・ヴァン・ベイレンドンク、ダーク・ビッケンバーグ、ダーク・ヴァン・セーヌ、マリナ・イー。
……豪華すぎる。
私にとって彼らの服は、流行の商品というより、独立した世界観そのものだった。
ちなみに、彼らが世界的に注目を浴びた1986年の話も面白い。
ロンドンで開催された「British Designer Show」。
六人は、会場の二階でそれぞれの作品を発表していたという。
すると、バイヤーや記者の間で、
「二階で何か面白いことが起きているらしい」
という噂が広まったそうだ。
なんて素敵な話でしょうね。
別に六人で同じ美意識を掲げていたわけではなく、それぞれが随分と違うことをやっていたのがまた。
それなのに、同じ場所から世界を驚かせてしまったのだからあの業界も勢いが全盛期だったのかもしれない。
「アントワープ六人衆」という呼び名をつけたのは、本人たちではなくメディアだったという。
自分たちが面白いと思うものを作り、結果として世界のほうが振り向いてしまった。
これ、かなりかっこいいですよね。
そして、アントワープの六人衆を語るなら、もう一人、忘れてはならない人物が……。
有名人、Martin Margiela。
厳密には、彼は六人衆の一員ではないんです。
しかし、同じアントワープ王立芸術アカデミーで学んだマルジェラは、彼らとともにベルギーファッションの革命を起こした人物として語られることが多いですし、私も実はここのメンバーだと思っていました。
なので、時には「七人目」と呼ばれることさえ。
彼の仕事は一風変わっていました。
まず、服を裏返し、本来なら隠すはずの縫い目や構造を、あえて表に出す。
既存の衣服を解体し、別の形に組み立てる。
あれ。。と思う方はいますか?
私はこれを、なんとなあく、川久保玲、コムデギャルソンの……。
と、これ以上野暮なことは言わないですが、かなり当時は「ふうん。」と思っていましたね。
1988年に初披露された、足袋を思わせる二股のブーツも、彼の象徴的な作品となったことは有名ですね。
あの独特な靴を、いったい誰が、これほど長く愛されるデザインになると想像しただろう。
ちなみに私は、あれ。やり過ぎだと思う。
(そもそも私はマルジェラの服は当初から、あまり欲しいとは思ってこなかった。)
それでも、美しいとは何なのか。
その問いを突きつけてきたように思う。
随分と挑戦的だったからこそ受けたのかもしれない。
私は、あの時代のデザイナーたちが大好きだった。
誰もが本気で美しい服を作ろうとしているのが伝わって、美しさの解釈はそれぞれに自由で、驚くほど違って、互いを高め合っているような元気があった。
ドリスは色彩と柄を重ね、アンは繊細な線と陰影を追求し、マルジェラは、衣服の構造そのものを問い直していたように感じたし。
日本では川久保玲さんや山本耀司さんが、既存の美意識を揺さぶって……。
お父さんとお母さんみたいだと、よくあの二人のことを日本人として誇りに思っていました。
それぞれが、まったく異なる答えを持っていたのがかっこいいんじゃないかと。
学生の素人目で、服の形を見れば、なんとなく誰の仕事なのか分かることが多かったのもすごいと思う。
これは、確実に私の目が特別だったからではない事象です。
それほど、デザイナーの思想が服に現れていたように思う。
もちろん、彼らの服がすべて着やすかったわけではないし、私も。。
「あ………おお。。」
と思う物は、非常に多く。
日常生活には不向きなものも、それはたくさん。
あの頃から、そんなバキバキに主張はしたくない派だった。
(私個人の話で言えば、決して目立ちたいわけではなく、整う感じが最高に好きだったんですよね。)
それでも、私はあの挑戦を支持したい。
はじめから売れると分かっているものばかりを作っていては、まだ誰も知らない美しさは生まれないと思うから。
時に、もう出尽くしてしまったの??
と、思う今日この頃なのが恐ろしい。
川久保玲さん、当時もおかっぱでした。




