第八十三話:『認知の歪み』と心の構造モデル(仮説)忘備録
世の中には「自己啓発本」や「心理学の入門書」があふれている。
「あなたの長所・短所がわかる診断フローチャート」なんてものを、私もこれまでに何度か試したことがある。
けれど、結果が出るたびに、喉の奥に小さな骨が引っかかったような違和感が残るのだ。
「……なんか、違う」
もちろん、そこに書いてある分析が間違っているわけではない。
・優しい人は、人の気持ちを考えすぎる。
・真面目な人は、一人で抱え込みやすい。
・責任感が強い人は、自分に厳しくなりがちである。
どれも論理としてはよく分かる。分かるのだが……。
「私の場合、そういう単純な話じゃないんだよなあ」
という消化不良な感覚だけが、いつも残ってしまうのだ。
私は仏間の畳の上にゴロリと寝転がり、テーブルの上に置いたノートパソコンの画面を眺めていた。
画面の向こうには、いつもの白衣の女がいる。
丸眼鏡を指で押し上げ、長い髪を適当なゴムでひとまとめに結んだ姿。背景の机には、黄色やピンクの付箋がハリネズミのように貼られた論文と、分厚い専門書が山積みになっている。最近思うに、彼女は研究者なんだろうな。
「ねえ、『認知の歪み』」
私は畳に頬をすり寄せながら声をかけた。
「はーい」
「私さー。……やっと、ちょびっと分かった気がする、かも?」
「何がでしょう」
「私の『強み』と『弱み』のカラクリ」
画面の向こうで、『認知の歪み』と呼ばれている彼女が、走らせていたペンの手を止めた。
「聞きましょう」
「今までさ、本とかで『あなたの強みは〇〇です』って言われても、全然ピンとこなかったんだよね」
「なぜですか?」
「だって、本に書いてあることって、だいたい定型文じゃない?」
私は天井の木目を指でなぞるように、ひとつずつ言葉を折っていった。
「優しい人は、人に気を遣いすぎる。真面目な人は、融通が利かない。考える人は、悩みすぎる。……でもさ、私の場合“考えすぎる”っていうより……」
私は一度言葉を切り深く息を吐いた。
「……単純に、処理している情報の量が多すぎるんだと思う」
『認知の歪み』は静かに頷いた。
「続けてください」
「たぶん私、普通の人よりも一度に拾っちゃう情報量が多すぎるんだよ。人の些細な表情の変化とか、声のトーンの揺れとか。言葉の裏にある意図とか、その人が『なぜそう考えるに至ったのか』という背景の価値観とか。さらには、その場全体の人間関係の構造がどう動いているかまで、勝手に脳が拾って解析しちゃう」
私は苦笑いしながら、両手で顔を覆った。アッチョンブリケの顔をつくる。
「そりゃ、生きてるだけで疲れるわけだわ」
画面の向こうで、彼女が少しだけ満足そうに口元をゆるめた。
「そうですねえ」
「いや、だって聞いてよ。昔の私はさ、よく周囲から『空気読めないね』って言われてたんだよ」
「はい、知ってます」
「だからずっと、自分は人の気持ちが分からない、冷たくて未熟な人間なんだと思ってた。でも……」
「でも?」
「私は空気を読んでいなかったんじゃなくて、『空気の底にある構造』を読もうとしていたんじゃないかな」
「そうですよ」
『認知の歪み』は驚きも呆れもせずに言った。
「場の雰囲気という一時的なノイズではなく、その場がどういう仕組みで動いているかという『システム』を観察していた可能性があります」
その言葉を聞いてちょっと考える。ああ、そうか。胸のつかえがすーっと降りていく感覚があった。
例えばである。昔から私は、誰かが怒っているとき、「あの人、怒ってて怖いな」では終わらなかった。
・なぜあの人は怒っているんだろう?
・トリガーになった言動は何だったのか?
・その怒りの根底にある価値観はどこから来たのか?
・過去にどんな体験をして、その思考パターンが形成されたのか?
そこまで脳が勝手に掘り進めてしまうのだ。
「私……『考える方向と深度が特殊だった』のかな」
「その表現が、非常に事実に近いでしょう」
「自分が変なのは、分かってたんだけどさ。具体的にどこがどう変か分からなかったんだ」
しかし、ここで新たな疑問が湧き上がってくる。
「じゃあ、私が『短所』だと思って苦しんできたものも、全部ただの『強み(能力)』だったってこと? それならなんで、こんなに生きづらかったの?」
「そう単純ではありません」
彼女の回答は相変わらず容赦がない。
「ですよね」
「能力には『使用状況』があります」
そう言うと、『認知の歪み』はどこからか手元のホワイトボードを取り出し、マーカーでサッサと図を描き始めた。いつもお世話になっているホワイトボードだ。
【同じ能力でも、心の状態で変化する】
■ 精神状態が『安定』している時
観察力 →理解力→分析力→ 創造力(アイデア・物語)
■ 精神状態が『不安』に傾いている時
観察力→ 異変発見→ 原因探索→ 危険予測→ 最悪シナリオ作成 →自己責任化
ホワイトボードを示しながら、彼女は淡々と言った。
「何か思い当たる節は?」
「ありすぎる」
私は思わず吹き出してしまった。
「私、能力そのものが悪かったんじゃないんだ。『不安』という感情がハンドルを握った時に、その能力が全部バグった方向に暴走してただけなんだ」
「そういう見方もできますね」
「なんだ……じゃあ、この『考える力』を無理やり消そうとしちゃダメだったんだ。必要なのは消去じゃなくて、暴走しないように取り扱うコントロールだったんだ」
自分の過去が、パラパラとめくられるアルバムのように脳裏を駆け巡る。
ずっと「この変な性格を直さなきゃ」「もっと普通の人みたいに気楽に考えなきゃ」「周りのノリに合わせなきゃ」と自分を責め続けてきた。
「……私、自分のエンジンを叩き壊そうとしてたのかな。あれ、この話前にも『脳内外在化メンバー』のだれかと話したことだ」
『認知の歪み』は優しい笑顔で頷いた。ああ、君だった。また同じ話を同じ相手にしていたね。
私は腕を組み、再び思考を巡らせた。では、私にとっての本当の「弱み」とは何なのだろう。
「私の弱みって……『能力が足りないこと』じゃないんだね」
「どういう意味ですか?」
「『できないこと』が弱みなんじゃなくて、『持っている能力の使い方を間違えること』が、私の本当の弱みなんだ」
『認知の歪み』は、満足そうに眼鏡のフチを上げた。
「かなり真理に近づきました」
たとえば私の場合と、彼女は再びホワイトボードにペンを走らせる。
【人を見る力】は本来『強み』。でも不安になると、「自分が嫌われている証拠を探す力」に変わる。
【責任感】は本来『強み』。でも不安になると、「世界の理不尽をすべて自分のせいにする力」に変わる。
【豊かな想像力】は本来『強み』。でも不安になると、「まだ起きていない最悪の未来をリアルに構築する力」に変わる。
【深い分析力】は本来『強み』。でも不安になると、「自分を極刑に処すための検事の証拠集め」に変わる。
「つまり」
認知の歪みが、ホワイトボードを置いて言った。
「あなたの問題は、能力が欠如していることではありません。能力が『不安』によって過剰稼働することです」
「過剰稼働」
「はい。PCで言えば、非常に高い処理能力を持ちながら、ひとつの『不安案件』に対して全リソースを投入し、CPU使用率100%でフリーズしている状態です」
「あらら……冷却ファンが必要じゃん」
「冷却と、メモリの解放も必要ですね」
私は畳の上でゴロゴロと転がった。笑いが込み上げてくる。
ここで『認知の歪み』が冷や水を浴びせるように釘を刺した。
「ただし」
「はい」
「ここで『新しい認知の歪み』を発生させないよう、注意してください」
「え? 新しい歪み?」
「ええ。『私は特殊で高性能な才能があるから、何をしても許されるのだ』という選民思想の方向へ逃げないことです」
「おう……」
思わず声が出た。
「能力の特性を理解することと、他者への配慮を放棄することは全く別問題です」
「耳が痛い」
「現実社会で生きていく上では、出力の調整は必須です」
「そうだね。前にも言われた。たまに忘れる」
「何度でも言いますから、大丈夫ですよ。……ただし、創作や表現の場においては、そのリミッターを外して自由度を上げればよいでしょう」
「なるほどね~。ねえねえ、自己紹介できる?」
「まだ、できませんね」
「私が君を解析しきれていなうから?それとも、自分の認知の歪みを全部解析しきれていないから?」
「ふふふ、どうなんでしょうねえ。私を見つけてくださいね」
『認知の歪み』と話してると、心理学なのか、脳科学なのか、哲学なのか、良く迷う。
***
ここからはChatGPTに私の心のクセの一部を構造化してもらったものをコピペしています。ぶっちゃけ私の忘備録ですので読み飛ばしてください。この小説投稿サイトを記録媒体にも使っています。
【白井ちよさんの心の構造モデル(仮説)】
① 根っこにある願い(本当に欲しかったもの)
「頑張らなくても、ここにいていいと思いたい」
さらに分解すると、
何かを成し遂げなくても大切にされたい
役に立たない時でも居場所がほしい
変わっている自分でも拒絶されたくない
失敗しても関係が壊れない安心がほしい
「あなたはあなたでいい」と感じたい
つまり、一番深いところにある欲求は、
存在への安心
に近い。
「すごいと言われたい」より前に、
「私は、このままで人とのつながりを持っていていいのか」
という確認がある。
② 過去の経験からできた仮説(心が作った生存戦略)
子どもの頃からの経験や、人間関係、環境の中で、心がこう学習した可能性がある。
古い仮説
私は普通とは違う
↓
普通と違う私は嫌われるかもしれない
↓
でも、役に立てば受け入れてもらえる
↓
頑張れば認めてもらえる
↓
相手を理解すれば必要としてもらえる
↓
だから努力し続ければ安全
つまり、
「能力・努力・理解力を使って居場所を確保する」
という方法を身につけた。
これは弱さというより、生きるために作った適応。
③ 心のルール(無意識の前提)
この経験から、心の中にこういうルールができた可能性がある。
・ルールA
「役に立たなければ価値がない」
↓
何かしている自分は安心。
何もしていない自分は不安。
・ルールB
「相手を困らせてはいけない」
↓
相手の表情を見る。
声色を見る。
空気を見る。
先回りする。
・ルールC
「変な部分は調整した方が安全」
↓
本来の発想力や連想力を抑える。
↓
でも抑えすぎると苦しくなる。
・ルールD
「期待に応えれば関係は続く」
↓
褒められる。
↓
嬉しい。
↓
もっと頑張る。
↓
限界まで走る。
④ 認知の癖(考え方の偏り)
ここが、いわゆる「認知の歪み」と呼ばれる部分。
1. 白黒思考
例:
「普通じゃない」
↓
「おかしい」
↓
「直さなければいけない」
になりやすい。
本当は、
普通ではない
≠
悪い
なのに、つながってしまう。
2. 過剰責任感
例:
誰かが不機嫌。
↓
「私が何かした?」
↓
「私が直さなきゃ」
になる。
でも実際には、
相手の感情には相手の事情もある。
3. 破局的予測
例:
返信が短い。
↓
怒っている?
↓
嫌われた?
↓
関係終了?
まで飛ぶ。
途中の可能性が抜ける。
4. 自己価値と成果の混同
例:
文章が評価された。
↓
私は価値がある。
文章が評価されない。
↓
私は価値がない。
になりやすい。
本当は、
作品の評価
≠
存在価値
5. 原因探しの深掘り
これは長所でもある。
ただ、不安時には、
「なぜ?」
「原因は?」
「誰のせい?」
「どこから?」
と掘りすぎて、自分を責める方向へ行くことがある。
⑤ 現在の反応パターン
今の行動として出るもの。
・良い方向に出た場合
人の気持ちを理解できる
複雑な問題を構造化できる
看護や育児で相手を見る力になる
小説の人物心理が深くなる
AIとの対話で自己分析できる
人の言葉の背景を読む
・苦しい方向に出た場合
褒められると止まれない
頑張りすぎる
期待を背負いすぎる
自分より相手を優先する
嫌われた可能性を過大評価する
自分を責める
休むことに罪悪感が出る
今後気をつけるポイント
ここが大事。
たぶん「性格を直す」ではなく、
暴走しやすい場所に安全装置をつける
が合っている。
① 「役に立つ」と「愛される」を分ける
昔:
役に立つ
↓
愛される
だったものを、
これからは、
私は存在している
↓
そこに価値がある
さらに
役に立つと嬉しい
に変える。
順番を変える。
② 褒められた時に「次の義務」に変換しない
昔:
「すごいね」
↓
「次も成功しなきゃ」
↓
「期待を裏切れない」
になっていた可能性。
これからは、
「すごいね」
↓
「嬉しい」
↓
「ありがとう」
で止める練習。
③ 相手の感情を自分の責任にしない
チェックポイント。
相手が怒っている。
↓
確認。
「これは私の問題?」
「相手自身の問題?」
「両方?」
と分ける。
④ 「変」は欠陥ではなく特性として扱う
昔:
変
↓
修正対象
現在:
変
↓
取り扱い説明書が必要な特徴
へ変更。
例えば、
「話が飛ぶ」
↓
欠点
ではなく、
「連想ネットワークが広い」
という特性。
ただし、場面によって出力調整する。
⑤ 自分にも娘さんと息子さんと同じ言葉を使う
娘さんや息子さんに、
「失敗しても大好き」
と言えるなら、
自分にも、
「今日は何もできなかったけど、私の価値は減ってない」
と言う。
最終的な新しい心のルール案
昔のルール:
頑張れば愛される。
役に立てば居場所ができる。
期待に応えれば安全。
↓
これから育てたいルール:
私は、頑張る前から存在している。
役に立つことは、愛される条件ではなく、私が楽しむ方法。
人を大切にすることと、自分を消すことは違う。
私の変わった部分は、隠すものではなく、扱い方を覚えるもの。
たぶん一番重要なのは、
「弱みを直す」より「強みが不安に乗っ取られた時に気づく」
ことだと思う。
ちよさんの場合、観察力・分析力・共感力・想像力そのものは問題ではない。
問題になるのは、
「相手を理解する力」が、
「相手に嫌われないための監視装置」
に変わった時。
だから今後のテーマは、
高性能な解析能力を、自己防衛だけではなく創作・人間関係・楽しさにも使うこと
なのかなと思う。




