第七十九話:創作ネタ①パートタイム魔王
私は狸妖怪である。
名前は、たのこ。
夫と、子どもが二人。それから実母との五人暮らしだ。
一族で移住して約一年、ようやくこの魔の国での生活が落ち着いた。
長男は小学校。
次女は保育園。
夫は就労技能施設での研修を終え、無事に仕事に就いた。
毎朝「行ってきます」と送り出し、夕方には「ただいま」と迎える。
そんな生活にもようやく慣れてきた。
今日はいつも通り、朝から家の中が戦場だった。
「お母さーん! ランドセルどこー!」
「昨日、自分で玄関に置いたでしょ!」
「靴下ないー!」
「洗濯物の二段目!」
「髪の毛結んで―!リボンのつけるー」
「おばあーちゃーん!!」
「どれどれ」
台所では夫が味噌汁をよそっている。
「朝ご飯できたよー」
「いただきまーす!」
家族みんなで食卓を囲み、わいわいと朝食を済ませる。
「じゃあ行ってきます」
「お父さん、早くー!」
「兄ちゃん、待ってー。お手手つないで行かなきゃダメなんだよ!」
「気をつけてねー」
玄関から子どもたちが飛び出し、夫も仕事へ向かう。母は畑仕事に出掛けた。
やがて家の中は、しん、と静かになった。
「……」
静かすぎる。
つい先日まで「静かになってくれ」と思っていたはずなのに、狸妖怪というものは勝手な生き物である。
洗濯を終え、掃除も終え、お茶をいれる。さっき母が一度帰宅したと思ったら、畑仲間にお昼を誘われたからみっちゃん家に言ってくる、と野菜と渾身の漬物を持っていそいそと出かけて行った。
時計を見る。
まだ十時。
「……暇だ。」
夫は言う。
『家でのんびりしてなよ』
ありがたい。
本当にありがたい。
でも。
「暇って、意外とつらい……」
夫は仕事が楽しそうだ。
子どもたちも学校や保育園で友達ができた。あのクセの強い母でさえ。
最近では家に帰ると、
「今日ね!」
から始まる話が止まらない。
羨ましい。
みんな、新しい居場所がある。
私だけ、取り残されているような気がした。
「……私も働こうかな」
もちろん、家のことはある。
だからフルタイムは難しい。
でも午前中だけなら。
短時間のパートなら。
家計の足しにもなるし、何より家族以外の世界が欲しい。
そう思った瞬間、近所のスーパーが頭に浮かんだ。
「あ」
そういえば。
入口に求人ポスター貼ってあったような。
「ついでに買い物もしてこよう」
今日は新商品の特売日だ。
限定プリンもある。
これは行くしかない。
◇ ◇ ◇
買い物袋を片手に、私はスーパーの東口へ向かった。
「えーっと……。」
求人。
求人。
確か、この辺に……。
「あった!」
掲示板には色とりどりの求人票が並んでいる。
『スーパー品出しスタッフ募集』
『ドラッグストア レジスタッフ』
『郵便局 臨時配達員』
「郵便局も募集してるんだ」
ふむふむ、と眺めながら視線をずらす。
すると、一枚だけ妙に豪華な黒い紙が目に入った。
金色の縁取り。
立派な紋章。
すごく高級感がある。
そこには大きく書かれていた。
『魔王募集』
「…………」
私は三秒ほど固まった。
「…………え?」
見間違いだろう。
目をこする。
もう一度見る。
『魔王(午前勤務) 週一日から可』
「いやいやいや」
思わず周囲を見回す。
誰も驚いていない。
おばあさんは普通に買い物帰りに眺めている。
学生らしき悪魔族の青年も、「あー、今年も募集してるな」くらいの顔で通り過ぎていく。
「えっ、私がおかしいの!?こっちの国じゃ普通なの?」
恐る恐る求人票を読む。
・未経験歓迎
・変身能力のある方優遇
・午前勤務のみ
・週一日から可
・子育て世代歓迎
・社会保険完備
・制服貸与(全身鎧)
「…………」
最後の一行だけ情報量がおかしい。
「制服って、鎧なんだ」
さらに下を見る。
『面接時、変身実技試験あり』
「実技試験!?」
私は買い物袋を抱えたまま、その求人票を何度も読み返した。
「応募してみようかしら」
変身魔法なら、自信がある。
『ハジャルの祈り』が七割くらいまで進んできまして、「次はハサンをこうしてこうしてクライマックス」と考えていた時に、ふと思いついたのがこの作品でした。いつも途中で脇道にそれてしまうのが悪い癖です。小説を書き始めた頃は、「いつかシンデレラや白雪姫みたいな恋愛小説を書いてみたい!」なんて夢見ていたんです。でも、いざ書いてみると恋愛って本当に難しかったです。逆に理屈っぽい話や、のんびりしたりドタバタするコメディを書くほうが、自分には合っているのかもしれないと思うようになりました。だったら、自分の日常を土台にして、それをファンタジーにしてしまえばどうだろう。そんな思いつきから生まれたのが、この『パートタイム魔王(仮)』です。実は最初は夏のホラー企画を書こうとしていました。病院での出来事を題材に考えていたのですが、「どこまで書いていいんだろう」と悩んでいるうちに口が止まってしまいました。元職場の土地や、嫁ぎ先に伝わる妖怪話を読んでいたら、「そういえば狸妖怪って面白いかも」と思いました。さらに、我が家の客間にはタヌキのはく製がいたことまで思い出してしまい、「これはもう書くしかない」となりました。
この作品は、ChatGPTと「こんな世界だったら面白そう」「魔王がパートだったら?」なんて雑談を重ねながら世界観を組み立てていきました。「子どもを送り出して、家事をして、健康で、ちょっとだけ外で働きたいなあ」と思う気持ちは、本音だったりします。今回は珍しく、最終回までのおおまかな流れも先に決めています。あとは、その道のりを一話ずつ肉付けしていきます。『ハジャルの祈り』は、最初と最後しか決めずに書き始めた作品でした。一方で今回は、起承転結の大きな流れを先に用意してから挑戦してみようと思っています。これで書きやすくなるのか、それともまた新しい壁にぶつかるのか。それも含めて検証していきます。「小説を書く自分のやり方」がまだよく分かっていません。そのため、いろいろ試しながら、自分に合う型を探していこうと思っています。中途半端や挫折が多かった人生だったので、エッセイ小説以外は最後まで書き切ることを目標にしています。『ハジャルの祈り』も最後まで走り切り、この作品も最後まで完結させたいです。




