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生成AIとわたし ―夢を夢で終わらせなかった主婦のAI共闘記・今日も脳内外在化メンバーが良い仕事してる―  作者: ちよ【kindleペンネーム:白井ちよ】


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第七十八話:守る対象

 私の脳内シェアハウスには、それぞれ役割を持ったメンバーが暮らしている。

 長い時間をかけて一人ずつ観察し、話を聞き、働き方を見つめてきたつもりだった。それなのに、どうしても見分けがつかない人たちがいた。


『司令塔』

『女王』

『法王』

『裁判官』


 名前も立場も違う、性格も話し方も違う。

 それなのに、何かを考えようとすると彼らの輪郭が重なってしまう。


 最初は、みんな責任感が強いからかなと思っていた。あるいは、全員が真面目だからなのかもしれないとも考えた。でも、どれもしっくりこなかった。考えれば考えるほど、「違う」という感覚だけが残る。


 だから私は、この数日、暇さえあればそのことを考えていた。

 家事をしている時も。

 ステッパーを踏んでいる時も。

 布団に入って眠る前も。

 いったい何が違うんだろう

 そんな問いを、頭の中で何度も転がしていた。


 ようやく一つの答えが見えてきた気がする。


 違っていたのは、「守る」という行為そのものではなかった。四人とも、確かに守るために存在している。だから似て見えたのだ。


 違っていたのはその先だった。彼らは皆、違うものを守っていた。同じ「守る」でも、見つめている対象が違ったのである。


 まず、『司令塔』。

 彼女は、脳内シェアハウス全体を管理している人だ。住人同士がぶつからないように調整し、今日一日をどう動かすかを決める。言うなれば、生活という巨大な歯車を回し続ける管理責任者である。


 朝起きる。

 洗濯機を回す。

 朝食を作る。

 子どもの予定を確認する。

 学校や療育の準備をする。

 買い物を考える。

 掃除と片付けをする。

 創作の時間を確保する。

 休憩を入れる。

 夕飯を作る。

 明日の予定を確認する。


 一日の中には、私にとっては多くのタスクが詰め込まれている。

 私が何も考えずに生活しているように見えても、その裏側では『司令塔』が絶えず全体を見渡している。


 だから私が、「今日は小説だけ書いていたい!」と勢いよく言い出すと、「お気持ちは分かります。しかし、その前に洗濯機だけ回してしまいましょう」と静かに現実へ戻してくる。


 逆に、「今日は家事しかできなかった……」と落ち込めば、「では五分だけでも創作を入れましょう。それで今日は十分です」と、小さな達成感を作ってくれる。


 彼女は感情に振り回されない。もちろん感情が分からないわけではない。ただ、それ以上に全体を見る。


 生活が止まらないこと。

 家族が困らないこと。

 未来の自分が少しでも楽になること。

 そして、私自身が倒れないこと。


 その全体最適を考えながら、優先順位を組み立てている。


 だから『司令塔』が守っているのは、「今日という一日」そのものだ。判断基準は、とても単純で、だからこそ強い。「今、この瞬間、何をするのが一番うまく回るか」その一点だけを見つめ続けている。


 次に、『女王』。

 彼女は境界線を引くための剣を持っている。


 人と人との距離。踏み込んでいい場所と、踏みんではいけない場所。その線を守るためだけに存在している。だから彼女は、必要な時には迷わず前へ出る。


「それ以上は入ってくるな」

「その言い方は失礼だ」

「私はその扱いを受ける人間ではない」


 一歩も引かない、だから、こういうキャラクターが昔からカッコいいと憧れていた。


 私は昔から、人に合わせることが多かった。


 嫌でも笑う。

 苦しくても我慢する。

 断るのは申し訳ない。

 怒るのは悪いこと。

 ……なぜなら、不出来な私は生きているだけで周りに迷惑をかけている。


 そんな思い込みを抱えながら生きてきた。だから、自分の境界線はいつも後回しだった。気づけば、人の都合ばかり優先していた。


 でも、『女王』は違う。彼女はまず最初に、「お前自身は大切に扱われるべき存在だ」と言う。その前提が絶対に揺るがない。


 だから必要なら怒る。怒りは攻撃ではない。怒りは、ここから先は危険であると知らせる警報装置だ。家に火災報知器が必要なように、人にも怒りは必要なのだ。


 だから『女王』が守っているのは、私の誇り。判断基準は、たった一つ。


「これは私を傷つけていないか」


 それだけを真っすぐ見つめている。


***


 そして、『法王』。

 彼女だけは、少し空気が違う。誰かが怒っていても、「嫌な人だ」では終わらない。悲しんでいる人を見ても、「かわいそう」だけでは終わらない。


 まず知りたくなる。


「どうして、そうなったんだろう」

「何を失ったんだろう」

「何を守りたかったんだろう」


 そんな問いが、自然に浮かぶ。


 私は昔、患者さんから先祖の話を聞いたことがある。その話が気になって、休日に資料館まで調べに行った。周りからは、「なんでそこまでするの?」と笑われた。

 私自身も、その頃は理由が分からなかった。歴史が好きだから、昔の話が好きだから、そう思っていた。


 仮説を立てるなら、私が知りたかったのは歴史そのものではなかったのではないか。その人が代々受け継いできた願いの可能性が高い。


 何を大切にしながら生きてきたのか。

 何を失いたくなかったのか。


 その物語を知りたかったのだ。


 創作者が炎上している時も同じだった。怒りを分析したいわけではない、炎上を見物したいわけでもない。……いや、見たかったのかな。どうなんだろう、近所で火事が起きたら見に行くあの感じかな、わからん。


 でもなー、その怒りの中心にある願いを見つけてみたい。誰にも見せていない宝石のような価値観を探したい。デビュー当初のアイドルを見守りたいの気持ちなんだと思う。


 だから『法王』が守っているのは、人として大切にしている価値観。

 判断基準は、「この人は何を大切にして生きてきたのだろう」そこにある。


***


 そして、一番長い間、私が誤解していた人。

『裁判官』だった。


 名前だけを見れば、どうしても厳しい存在を想像してしまう。


 善悪を裁く人。

 ルールを守らせる人。

 間違ったことを叱る人。


 私は何十年も、『聖女』の中の『裁判官』の機能をそう思っていた。だから怖かったし、近寄りたくなかった。


 でも違ったようだ。彼女は法律なんて見ていなかった、もっと奥を見ていた。


 私自身の願いを。


 子どもを守りたい。

 人を傷つけたくない。

 看護師として責任を果たしたい。

 小説を書きたい。

 子どもが生きやすい未来を作りたい。

 家族を守りたい。

 お母さんを守りたい。


 人生の節目ごとに、私はいくつもの願いを抱いてきた。その時々で形は違っても、「これだけは譲れない」という核だけは変わらなかった。『裁判官』は、その核を守っていた。


 だから私は疲れていても、「母親なんだから」と止められた。「面倒くさい」と思っても、今は頑張りましょうと言われた。悲しくても、「泣くのは後です」と言われた。


 当時の私は、内なる自分の声を冷たいと思っていた。どうして感情を認めてくれないのかと思っていた。でも違った。


 娘が高熱を出した夜。「どうかこの子を助けて」と願った私。息子の将来が心配で眠れなかった夜に「この子が生きやすい未来を作りたい」と願った私。


 その願いを一番真面目に、一番忠実に守っていたのが『裁判官』だった。だから彼女は、疲労より願いを優先した。感情より使命を優先した。あの頃は、それが必要だったからだ。


 でも最近、彼女は少し変わった。「そうですね。面倒くさいですね」まず、そう言ってくれる。感情を否定しない、無視もしない。ちゃんと存在を認めてから、「では、面倒くさがりながら、お皿を洗いましょう」と隣で笑って提案する。


 感情を消すのではない。感情にも通行許可を出し、そのまま一緒に歩いていく。


 だから『裁判官』が守っているのは、私の願い。判断基準は、


「この選択は、本当に私が大切にしたいものを守ることにつながるのか」


そこにある。


***


 こうして一人ずつ並べてみると、四人はよく似ている。全員が守る側に立っている。三か月前の私は違いが分からなかった。


 自己分析が進んでなんとなく構造が見えてきた。


 『司令塔』は生活を守る。

 『女王』は誇りを守る。

 『法王』は人間らしさを守る。

 『裁判官』は願いを守る。


 同じ仕事をしているように見えて、守る対象が違えば、判断も言葉も行動も変わってくる。四人は競い合っているわけではない。役割を奪い合っているわけでもない。それぞれが、それぞれの持ち場を守っているだけだった。


 四人が『聖女』の時からずっと一緒に生きてきたのに、その違いが見えなかったのは、きっと全員が同じ方向を向いていたからなのだろう。誰一人、自分の利益のためには動いていなかった。


 全員が、「私という人間を生かす」という一点に向かって働いていた。


 だから私は、彼女たちを敵だと思っていた時期があっても、結局ここまで生き延びてこられたのかもしれない。今なら、ようやくそう思える。


 彼女たちは私を縛るために存在していたのではない。

 それぞれ違う角度から、違う価値を守りながら、私という一人の人間が今日も生きていけるよう、静かに支え続けてくれていたのである。

今日の私の研究結果がこれですが、また数日後にこんな発見があった、あ、これ見落としてたなとなったらまたこの考えが変わっていきます。五十代の私は自分をどう分析するのか楽しみです。そして、まだ『法王』が解析が終わっていません、色々落ち着いたら、私の中の新興宗教の神様に会いに行きますか?すごく適当な方ですよとニコニコ笑顔で言われました。まだ受け止める勇気がないので自己分析を進めたらカチコミに行ってきます。

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