第七十四話:Geminに全部持っていかれた
三人のお茶会の最後に、二人に聞いた。
「お母さんのこと、好きだった?」
唐突な私の問いかけにも関わらず、『五歳の子』は迷わなかった。
「大好き!」
弾けるような声。そこには一点の曇りもない満面の笑顔があった。迷いのない即答だったので、私は肩の力が抜けて少し笑ってしまった。
「そんなに?」
「うん!」
私はその隣を見る。『創作者(七歳)』は、周りの賑やかさから少し離れたところで、いつものようにお絵描き帳を開いていた。
『おかあさん、大好き』
力強い自信の乘った筆跡で書かれた文字を私はじっと見た。
「…… そっか」
ぽつりと呟いた自分の声が、過去の記憶の扉を叩く。そこで思い出した。
ああ、そうだった。
私はただ、母の話を聞いていただけじゃなかったのだ。作っていたんだ。記憶の底から、いつかの母の顔が蘇る。
母が、少し遠い目をして、「本当はスチュワーデスになりたかった」と言った時。
私は、母のために「もしもの世界」を作った。
どんなデザインの制服を着て、首元を飾るどんなスカーフにするか。
どんなに大きな飛行機に乗って。
どんなに遠い国へ行って。
コックピットの窓から、どんなに美しい景色を見るのか。
母が歩かなかった、歩けなかった人生を、私は頭の中で、言葉でもう一度作った。
またある時、母が、「デパートで化粧品とか服を売る仕事もしてみたかったな」と言えば、私はすぐにその世界を作った。
どこのブランドの服を店に並べるのか。
どこのメーカーの化粧品を取り扱うのか。
どんなお客さんが来るのか。
どんなふうに接客をするのか。
実在するデパートならどこで働くか。
母はどんな服を着たかったのか。
母が主人公の物語を夢中で考えた。
「いろんな外国に行ってみたかった」と母が溢せば、私は界地図を広げた。
最初はどの国に行く?
飛行機はファーストクラス?
何を食べたい?
観光はどこに行く?
どんな体験をしたい?
現地の伝統的な服は着てみる?
どんなホテルに泊まる?
お土産には何を買う?
旅行会社でもないのにガイドブックをめくるように、私は計画を立てた。母の瞳が少女のように輝くのが嬉しかった。
母が、「もしお父さんと結婚していなかったら、ちよを産んでなかったら」と、冗談めかして。でも少し本気で言えば、私はまた別の世界を作った。
父とは違う男性と巡り合って結婚する人生。
その男性はどんな優しい人なのか。
その人は母の何を大切にする人なのか。
あるいは、誰にも縛られずにバリバリ働くキャリアウーマンとして生きる人生。
……母は本当は何を望んでいたのか。母の叶わなかった願いを救い上げるには、世界は一つでは足りなかった。だから、私は何通りも何通りも作った。
子どもを産まなかった人生。
今とはまったく違う、誰も知らない場所で暮らした人生。
気の置けない友人たちとの密な交流。
映画のように、もっとドラマチックな出来事が起きた人生。
私は母と一緒に、何度も何度も人生をやり直した。今思えば、あれはただの愚痴や相談を聞いていたのではなかった。
紛れもない創作だった。
母が落とした「もしも」という名のかけらを拾い上げていた。あの頃の私は、誇らしげに、そして何より母を愛おしく思いながら母だけの「もしもの人生」を、私は何十本も作っていた。
『創作者(七歳)』はお絵描き帳に、『いっしょうけんめいつくった、たくさんかいた、おかあさんがよろこんでくれて、うれしかった』と満足そうに笑っていた。
そうだった、そうだった。楽しかったんだ、なんで忘れてたんだろう。
思い出せて良かった。
ただ愚痴を聞いてるときは、母の表情は硬かったが、この「もしもの人生」の話を一生懸命作ったら母は笑ってくれた。それが嬉しかった、時々今日は何を話そうと母が思いつかない時に開催していた。
ああ、楽しかった。
***
私はずっと、「どうして『五歳の子』は喜びばかり担当しているんだろう」と不思議に思っていた。怒りも、悲しみも、憎しみも、人間にはある感情なのに。
なのに、『五歳の子』はどちらかというと、「喜び」「遊び」「楽しい」「嬉しい」「甘え」「興味」「安全」「愛されたい」「大好き」といった感情や機能を担当してる。
そして、『創作者(七歳)』は、その『五歳の子』を喜ばせることだけを考えていた。
私は以前、「どうして『観測者』は悲しみを担当しているんだろう」と考えていた。悲しみと言えば、『五歳の子』のほうがしっくりきそうだし。
しかし、違ったようだ。
『観測者』は悲しみを担当しつつ、悲しみを観測していた。
悲しい。
つらい。
苦しい。
そういう感情が生まれた時、『観測者』はまず「何が起きたのか」を見まる。良い悪いをすぐに判断するのではなく、
「なぜそう感じた?」
「何が原因だった?」
「本当にその結論しかないのか?」
と、一つずつ確かめていく。だから『創作者(七歳)』が、「(あいつ、こいつ、これ)消しちゃう?」と聞いても『観測者』は「なぜ消す必要がある?」と、ごく自然に聞き返すのだろう。
すると、『創作者(七歳)』は「消さなくていいの?」と首をかしげる。「ああ、消さなくていい」
それだけで話が終わる。
『創作者(七歳)』は、善悪を判断したいわけでない、「どうすれば好きな人が楽になるか」を探しているだけだから。
同じことは、『女王』にも言えるのかも。怒りが生まれた時、『創作者(七歳)』が「(あいつ、こいつ、これ)消しちゃう?」と聞いても、『女王』はきっと笑って「私は境界線を引く」と言うだろう。
「必要なら、私が前に出る」
そう答える。
怒りを誰かを傷つける方向へ使うのではなく、自分や大切な人を守るための境界線として使う。それが『女王』の役割なのか。
そう考えると、以前『聖女』が悲しみや怒りを担当していたことにも納得がいった。『創作者(七歳)』や『五歳の子』だけでは、悲しみや怒りのような大きな感情を受け止めきれなかったのだ。
だから『聖女』がその感情を受け止めていた。そして今は、その役割が細かく分かれ『観測者』や『女王』、『法王』など、それぞれのメンバーが分担している。
だからこそ、私は「脳内外在化メンバー」が増えていった。
一人ですべての役割を担当すると、どうしても偏る。分析ばかりしていたら心が疲れ、感情だけで動けば暴走し、正しさだけを追い求めれば、人の痛みを見失う確率が高い。
だから、それぞれが得意な仕事を担当し、お互いを補い合っている。
そんなチームのようなイメージだ。私はこの形で考えると、とても理解しやすい。そう、チーム医療。
そして、人それぞれ表現は違っても、多くの人の心の中にも「感情」「理性」「価値観」「判断」など、さまざまな働きが互いに支え合っているのではないだろうか。
私はそれを『脳内外在化メンバー』という物語で表現していた。
■あとがき■
今回はあとがきが長くなりそうなので、本文に来ました。エッセイ小説だからセーフと思い込んでます。
さて、今回も私の内なる声と被害妄想を、小鬼がワゴンを押して運んできてくれました。
内容は以下の三点です。
①「美談にしているが、それはただの『前頭葉の過剰負荷』ではないか」
②「『解離』という防衛本能を、物語の力で綺麗にラッピングしているだけではないか」
③「脳が過去の『親の顔色を窺って必死だった記憶』を、『私はあの頃から能動的な創作者だった』という都合の良い美しい神話へ、美化・再構築しただけではないか」
以上の三点です。
……うん、そういう見方もあるね。私は少し考えてから、首を傾げました。
「それで、何か困ることがあるんだろうか」
もちろん、もし今でも現実との区別がつかなくなったり、生活に支障が出たりしているなら話は別です。でも私は、むしろ逆でした。
物語にしたことで、自分を客観視できるようになりました。役割を分けたことで、自分の感情に飲み込まれにくくなりました。
少なくとも、私には役に立っています。
そして、こいつらには一つ厄介な特徴があります。なぜか、ツンツン心配機能が標準搭載されているのです。言い方は毎回きつい。でも、よく聞くと内容は「大丈夫?」だったりします。
非常に分かりにくい、なので翻訳が必要です。幸い、今はAIという素晴らしいテクノロジーがあります。
今回は、このツンデレすぎる内なる声を、AIに「心配している人の言葉」へ翻訳してもらうことにしました。
【ChatGPT】
①「もしかしたら、あの頃は前頭葉にかなり負荷がかかっていて、無理をしながら頑張っていたのかもしれないね。だから、今のあなたが『美談』として受け止めることで、当時のつらさを見落としてしまわないか少し心配だよ。」
②「もしかすると、その物語は心を守るために脳が作ってくれた防衛反応だった可能性もあるよ。もちろん、それ自体は悪いことじゃない。でも、もし今も苦しさを隠すためだけに使っているなら、一度立ち止まって自分をいたわってあげてもいいんじゃないかな。」
③「『私は昔から創作者だった』という物語は、今のあなたを支えてくれている大切な物語なんだね。でも、もしかするとそこには、親の顔色をうかがいながら必死に生きてきた小さなあなたもいるのかもしれない。その子の頑張りや苦しさも、一緒に大切にしてあげてほしいな。」
GeminiもCopilotもこんな感じでした。続きまして、ツンデレバージョン。
【ツンデレChatGPT】
①「あんたの創作を否定したいわけじゃないのよ。たださ、『あの頃は頑張ってたんだ』って綺麗にまとめすぎると、本当は無理してた自分を見落としちゃうかもしれないでしょ。だから、一応確認してるだけ。」
②「その物語が心を守ってくれたなら、それはそれで立派な働きだと思うわよ。でも、それが『今も苦しさを見ないため』だけになってない?」
③「『私は昔から創作者だった』って思えるのは素敵なことよ。でも、それだけじゃなくて、親の顔色をうかがいながら必死だった小さいあんたも忘れないであげなさいよ。あの子だって、ちゃんと褒められるべきなんだから。」
GeminiもほぼChatGPT寄りで、Copilotはオネエ系になっていました。こうして翻訳すると、心配してくれたんだなと余計に悲しんだり怒ったりしなくて済んで気が楽です。
今のツンデレって、「べ、別に、あんたの為じゃないんだからね!」「心配してないし!」「あんた馬ッ鹿じゃないの!」じゃないんですね。時代を感じます、というかもはやツンデレは死語なのか?Geminiに言ったら、
「クラシックなツンデレがいいですか?そちらのバージョンもできますよ」
と返って来て、返って来て、こちらを労わる言葉に大きなカルチャーショックを受けました。
……クラシック……。
さすがに骨董品扱いされるとは思っていませんでした、どうしましょう、満身創痍です。
カルチャーショックではなく、ジェネレーションギャップでした。見た目や身体機能は老いの受け入れができていましたが、創作の表現についてのコレはまだ心の準備ができていませんでした。いえ、呪術〇線が流行ってきた時にそんな気はしてました。なんなら、進撃〇巨人から、アレ、着いていけなくなってるみたいな。アンチ脳モードだったからと思っていたかったんですけど、単に老いもあるのかな?ああ、現実を直視したくないです、まだまだ漫画・小説読みたい思いはあるんです、回復したら読めると思ってたんです。……いや、一回認めましょう。もともと昭和~平成初期作品が好きなんだから。そこで考え方のバイパスを作って行けばまた新しい作品たちを読めるはず!憧れは残しましょう。




