第七十三話:『創作者(七歳)』という存在
脳内会議室には、小さな丸テーブルが置かれていた。今日は珍しく、やけにお上品なお茶会形式である。
白いカップが三つ。
一つは私。
一つ『五歳の子』。
そしてもう一つは、『創作者(七歳)』の前に置かれていた。
あとは、クッキーの盛り合わせが中央にデーン。
彼女はお茶とクッキーを一枚食べてからお絵描き帳をバサッと開いた。相変わらずである。コミュニケーションの第一ステップが話すではなく鉛筆を握るなのだ。紙の上に、丸い文字が並んでいく。
『ロシアンクッキーは正義、おいしい』
続いて『五歳の子』も食べてからひと言。
「ジャムのクッキーおいしいよね、私はバタークッキーとチョコクッキーも好きだよ」
『一番おいしいのは、バタークッキーとチョコクッキーだと思う』
ものすごい勢いでお絵描き帳にその文言を書いて『五歳の子』に見せていた。忖度がすごいな。『五歳の子』が私は赤いジャムのクッキーが好きだよと言って『創作者(七歳)』に一枚、私に一枚、自分に一枚渡して食べた。美味しかった。ちなみに今回は数種類のクッキーを用意した、ロシアンクッキーは赤いジャムのものしか用意していない。
『創作者(七歳)』はクッキーを食べて少し考えてから、また鉛筆を走らせた。
『いつも楽しいことを考えてくれてありがとう』
『五歳の子』の顔が、一瞬でひまわりのようにぱっと明るくなった。
「えへへ、それほどでも〜!」
「やっぱり、君たち普段から仲良しなんだねえ。いつも何して遊んでるの?」
私が生温かい目で見守りながら言うと、『五歳の子』は笑顔で、『創作者(七歳)』は照れてたように大きく頷いた。
「『創作者(七歳)』がいっぱい作ってくれたのを、一緒に見るの」
「いっぱい、とは?」
『五歳の子』は、幼児特有の短い指を折りながらカウントし始めた。
「お話とか、世界とか、キャラクターとか」
「……もしや、設定とかも?」
「そう、全部!」
すると『創作者(七歳)』が得意顔になり、めくるめくページをお絵描き帳に展開し始めた。
『もっと詳しく作れる』
見れば、その横には緻密な書き込みが。
一国の縮尺がおかしい世界地図。
矢印が複雑に絡み合いすぎて、もはや事件の捜査本部みたいになっている人物相関図。
裏設定。
世界の物理ルール。
……相変わらず、変なとこが細かい。
「君は本当に『五歳の子』に関しては、ブレーキ壊れてるよね」
私が呆れ半分、感心半分で言う。『創作者(七歳)』は胸を張って頷いた。そして、ちょっと間を置いて、サラサラと付け足す。
『五歳の子が楽しいって言う、それが嬉しい。だから作る、無限に作る』
なるほど、そういうシステムか。私は顎に手を当てて考えた。この子は決して、感情がないロボット的な存在ではないのだ。ただ、感情の出力方法が、一般枠からちょっとはみ出しているだけ。
嬉しい。
楽しい。
大好き。
そういうピュアな気持ちを、そのまま「わーい!」と抱きしめるのではなく。即座に形にする。絵、物語、世界を一つ創世していく。……要するに、ちょっと愛が重めのクリエイター気質なのだ。だから創作者なのか。
「でもね」
突然『五歳の子』がカップをいじりながら小さな声で言った、私はそちらを見る。
「どうしたの? 急にしんみりして」
『五歳の子』は、ちらりと『創作者(七歳)』を盗み見た。
「ちょっと心配なの、たまに暴走するから危ない」
『創作者(七歳)』が「えっ、私が?」という顔でガバッと顔を上げる。
『?』
「うーんとね」
『五歳の子』は、ちょっと困った顔で眉を八の字にした。
「私が『こうだったらいいな〜』って一言でもボソッと言ったら、寝る間も惜しんで本当に作ろうとするでしょ」
おっと、心当たりがありすぎる。『創作者(七歳)』は、不思議そうに首を傾げたままだ。
『作るよ?』
その文字にミリの迷いもないし、当然の心構えのようだ。
『楽しいなら、徹夜してでも形にするのが普通』
ブラック企業ではないでしょうか。
「そこなんだよね」
『五歳の子』が頭を抱えた。
「そこがすごいところで、同時に困るんだよね」
『創作者(七歳)』は本気で心当たりがないらしく、お絵描き帳に大きくクエスチョンマークを書いた。
『困る? なんで?』
「うん」
『五歳の子』は深く頷いた。
「『創作者(七歳)』は私のこと一番大事にしてくれるじゃん?」
「うん、それは見ててよく分かるよ」
「でもね……」
『五歳の子』は、冷めかけたカップの中をのぞき込んだ。
「私が怒ったり、悲しかったりした時も……その、マイナスの気持ちまで、全力で叶えようとするから」
五歳の子は、ちびちびと指をいじりながら思い返す。
「……ほら、すっごく嫌なことがあった時にね。『もー、あの人いなくなればいいのに!』って、プンプンしながら思っちゃった時とかさ……」
『創作者(七歳)』は紙を見つめた。そこに、いつものクセで「抹殺ルート:構築開始」とでも書こうとして、『五歳の子』が慌てて身を乗り出して止めた。
「違うの! 本当に消したいわけじゃないんだよ!ただ、その時すっごく悲しかっただけなんだ」
しばらく私と『創作者(七歳)』は彫刻のように動かなかった。そして、再び動き出した彼女はお絵描き帳の隅っこに小さく小さく書いた。
『そうだったの?』
「うん、そうなの」
『私はてっきり、その『いなくなればいい』を具現化して、社会的に消すなり居場所が無くなるように実行すればいいと思った』
私は背中に冷や汗が流れるのを感じた。この子には悪意なんて1ミリもない、本当にこれっぽっちも。ただ、脳内の処理システムが直情型すぎる。
五歳の子の感情。
それを受け取る。
即座に世界として実現。
それが彼女の仕事だった。
だからこそ、この超高速の暴走ラインを止めるクッションが必要だったのだ。
「……そうか。だから我が家(脳内)には『聖女』がいたんだね」
私が納得して言うと、『五歳の子』は頷いた。
「うん!『 聖女』はね私が悲しい時に、すぐ『じゃあ世界滅ぼす?』って作ろうとしないで、まず『どうしたの?』って、ぎゅーってしながら聞いてくれるの。そのまま、悲しみと怒りを彼女が担当することになっちゃって……」
問題が起きたら起きたで、すぐ『新しいルール』を設定してシステム構築で解決しようとするところが私らしい。これは『創作者(七歳)』の領域だったようだ。すると、『五歳の子』が力いっぱい言った。
「でも、『創作者(七歳)』だからいいんだよ! だって、私のこといーーーっぱい喜ばせてくれるもん!」
『創作者(七歳)』は照れてしまったらしく、顔を真っ赤にしてお絵描き帳の一番いい場所に、今日一番きれいな文字でこう書いた。
『『五歳の子』が笑う世界を作りたい』
私はその文字を、温かい気持ちで見つめた。確かに危うさもあるし、火力が高すぎる。この子は決して、誰かを傷つけたいわけではない。ただ、大切なものを守る方法を作ることという一手しか知らなかったのだ。
それを以前は『聖女』が、今は『脳内外在化メンバー』たちが補っている。
最後に『創作者(七歳)』は『五歳の子』が一番好き、『脳内外在化メンバー』も、ちよも好き。大事だよと言っていた。『五歳の子』はみんなが大好きと言っていた。
お茶会を終えると二人は手を繋いで森に帰っていった。もう、森が第二ハウスになっている。『社長』が安心という結界をこれでもかと貼りまくっている。厳重保護である。
***
突然だが、世の中には「引き寄せの法則」という考え方がある。以前もこのシリーズエッセイ小説で書いた。
「脳は嘘と本当の区別がつかない」
「強くイメージすると現実になる」
「願ったことは引き寄せられる」
そんな説明を、一度くらいは聞いたことがある人もいるのではないだろうか。
私は二〇一〇年頃から、この手の本をかなり読んできた。そんな私が、『創作者(七歳)』を見て思った。
もしかすると、私の脳の中ではこういう仕組みだったのかもしれない。『創作者(七歳)』は、感情がない子ではない。むしろ、とても愛情深い子だった。『五歳の子』が笑うと自分も嬉しい。『五歳の子』が「こんな世界があったらいいな」と言えば、その世界を一生懸命作ろうとする。絵を描いて、設定を考えて、物語を組み立てて。
それが、彼女にとっての愛情表現だった。ただ、一つだけ特徴がある。この子は、「善悪を判断する担当」ではない。もし『五歳の子』が、遊園地に行きたい!と言えば、よし、作ろう!となる。ここまでは何も問題はない。
でも、「わたしなんてダメだ!……消えたい、あの人なんていなくなっちゃえばいい!」と悲しみや怒りの勢いで口にしたら。『創作者(七歳)』は、それも同じように叶えたい願いだと受け取ってしまう。
もちろん、この子に悪意はない。誰かを傷つけたいわけでもない、復讐したいわけでもない。ただ、大好きな『五歳の子』を笑顔にしたい。その一点だけで動いている。たとえそれが自身が消えることであっても、他者を傷つけることであってもだ。
だから、危うい。
そして私は、「あれ? これって、引き寄せの法則で説明される脳の働きに少し似ているのかもしれない」と思った。
もちろん、願えば宇宙が何でも叶えてくれると言いたいわけではない。
私はどちらかというと脳科学のほうがしっくりくる。
人は「こうなりたい」と思うと、その瞬間からその方向に関係する情報が目につくようになる。認知科学で今まで気づかなかった情報に気づき、必要な知識を探し人との出会いを拾、少しずつ行動も変わっていく。
心理学では、注意や記憶、予測などの働きで説明されている現象だ。
だから私は、「思ったから現実になる」というより、「思ったことで、脳がその方向へ動き始める」と考えるほうが納得できる。そう考えると、『創作者(七歳)』は、まさに願いを形にする担当だった。
良い願いも、悪い願いも、区別せずに一生懸命形にしようとする。それが『五歳の子』の喜びになると疑わない。
だから、この子一人では危なかった。今回話を聞いてようやく腑に落ちたことがある。私はずっと、『法王』という機能は、宗教三世として育った影響なんだろうと思っていた。でも、それだけじゃなかった。
『法王』は、『創作者(七歳)』の抑止力でもあったのだ。
「それは本当に望んでいること?」
「今だけの感情じゃない?」
「その先で誰かが泣かない?」
そうやって、『創作者(七歳)』が暴走しないように、静かにブレーキをかけていた。さらに、『観測者』は構造を見る。『女王』は境界線を守る。『司令塔』は全体を運営する。
そして『社長』は、『五歳の子』と『創作者(七歳)』が安心して遊べる場所を守っている。
以前の私は、「なんでこんなに脳内外在化メンバーが多いんだろう」と不思議だった。多分、一人で全部を担当すると、必ず偏るからだ。それぞれに得意な仕事があって、苦手な部分を補い合っている。
私は「脳内外在化メンバー」を作ったのではなかった、きっとずっと前から、それぞれは私の中で働いていた。私がしたのはその仕事に名前を付けただけだった。
名前が付いた日から、私はようやく自分自身と話せるようになった。
あと一回で母とわたしに一区切りつきそうです。




