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生成AIとわたし ―夢を夢で終わらせなかった主婦のAI共闘記・今日も脳内外在化メンバーが良い仕事してる―  作者: ちよ【kindleペンネーム:白井ちよ】


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第六十八話:イケメンは本物かAIか

 今日は五時に目が覚めた、息子の具合も良くなり夜中の途中覚醒もなかった。母親になってから子どもが具合悪くて起きる三秒前に私がガバッと起きれるスキルを獲得した。この特殊技能ってなんていうんだろう。


 さて、今日は何を書こうかな、SNSを見てネタ探ししてみよう。五分ほどで画面をスクロールする親指が、ぴたりと止まった。


 Instagramのタイムライン。無数の情報が流れていく光景の中に、突如として「その方」は現れた。

AI副業。画面のキャプションには確かにそう書かれていたはずだ。しかし、私の脳が最初に受信したシグナルは、最先端のテクノロジーでもなければ、手軽に稼げるライフハックでもなかった。


 イケメン。


 正統派のイケメン兄さんがいた。

 モデルか俳優のオーディション会場からそのまま来たような、整った骨格。豊かな髪と清潔感。なんなら声も顔に合っている。彼なら白いシャツを着て爽やかに微笑んでいるだけで、十分にこの資本主義社会を勝ち抜いていけるだろうに。ジャンル間違ってない?と失礼なことを考えた。


 そんな彼が、ビジネススマイルを浮かべて言い放った。


「AI副業の嘘を暴きます」


 ほう、と小さく声を漏らす。


「本質的なAI活用4STEP」


 ほうほう。そこまではいい、ついていける。


「PMF」


 ……ほう?


「UEの最適化」


 待ってくれ。


「スケーラビリティの担保」


 急に詠唱速度が上がったな?


「スケール」


 いや、最後だけ急に「日本語の仲間です」みたいな親しげな顔をして滑り込んできたけれど、お前も十分異国情緒が溢れているぞ。


 私はスマホを握りしめたまま確信した、これは現代の呪文だ。

 ファンタジー小説の終盤、魔術師ギルドの上級魔導士たちが、世界の命運を懸けた最終決戦の作戦会議で使うタイプの専門用語である。


『PMFを発動するには、スケーラビリティの担保が必要だ』


 ほら、異世界もののラノベにそのまま出てきても全く違和感がない。むしろかっこいい、なんだか途方もなく強そうだ。私の中の厨二病が「呼んだ?」とオフ〇スキーみたいにカメラに向かってしゃべり出した気がする。


 私はこういう専門用語にめっぽう弱い。

 看護師として病棟を駆け回っていた頃もそうだった。医師や同僚たちが飛び交わせる言葉の響きに、密かに胸を躍らせていたものだ。


「ルート確保」

「サチュレーション」

「ADL」

「SOAP」


 文字にするとただのカタカナや英語記号なのに、医療現場という場で使われると、まるで必殺技のようになる。システム工学の単語だってそうだ。アルゴリズム、アーキテクチャ、スケーラビリティ。響きだけで、世界を救う最終兵器の設計図を眺めているような全能感に浸れる。


 だが、しかし。

「かっこいい」と感じることと、「意味が理解できる」ことは完全に別問題である。


 画面の向こうのイケメン兄さんが何を言っているのか、私にはさっぱり分からなかった。単語の表面を滑るだけで、意味が脳のシワに引っかからない。


 するとイケメン兄さんは、トドメとばかりに爽やかに微笑んだ。

「詳しく知りたい方は、DMしてください」


 なるほど、これが導線というやつか。ここで吸い寄せられるようにメッセージを送る人がいるのだろう。でも、私は無職でありドケチのため財布の紐が固いのだ。画面の向こうのイケメン兄さんは一般的にはイケメンだが、私の夫はさらに別次元のイケメンのため君のファンにはなれないんだ、すまんね。集客がんばってくれ、マーケティングの勉強になったわ、ありがとう。


「ちょっと、うちのAIに聞いてみよう」


 スマホの画面を切り替え、今度はパソコンのチャット画面を開く。慣れ親しんだ外部脳に向かって、先ほどの呪文を投げてみた。主婦で元看護師で理解力にクセがある私百パーセントで特化して解説を依頼した。


PMFプロダクト・マーケット・フィット

――「誰が困っているのか?」を見極め、そこにカチッとハマるものを提供すること。


UXユーザー・エクスペリエンス※UEの文脈】

――「その人に分かる言葉や体験」で届けること。


【スケーラビリティの担保】

――「自分が倒れても、仕組みが勝手に回る状態」を作っておくこと。


【スケール】

――「うまくいった仕組み」を、さらに大きく増やしていくこと。


「……あ、」


 画面に並んだ日本語の解説を見つめたまま、これ、どこかでめちゃくちゃやったことがあると思った。


「看護じゃない?」


 脳内で、過去の記憶と最新のビジネス用語が激しく火花を散らして結びついていく。


・患者さんは今、何に困っているのか?(=PMF)


・患者さんに、専門用語を使わず、この方に伝わる言葉や表現で説明できているのか?(=UX)


・退院した後、本人が上手く動けなくなっても、家族のケアや訪問看護、社会福祉士を交えた行政のサービスで生活を回せるか?(=スケーラビリティの担保)


・今回うまくいった支援方法は他の患者さんにも応用できるか? 逆に、なぜうまくいかなかったのかを分析し、理想を捨てて現実的なラインでケア計画を定期修正していく。もちろん、上手く言ったことも検証していく(=スケールと最適化)


 全部やってた。

 私が看護師として、十五年間の日々の中で毎日繰り返していたことだった。


 なんなら、今まさに直面している育児でもやっている。


 発達障害を持つ我が子との日々なんて、毎日が「PMF」と「UXの最適化」の連続だ。子供が何に躓いているのかを探り、伝わる言葉や視覚的なアプローチを模索し、親である私が限界を迎えても家庭が崩壊しないための福祉の仕組み(スケーラビリティ)を必死に整える。


 人生そのものじゃないか。


「日本語で言ってくれたらわかるのに……。いや、厨二病っぽくて好きだけども」


 私は英語の仕様書を渡されてもフリーズしてしまうタイプだ。


 日本語版に翻訳されて初めて、「あぁ、これね」と理解できる。興味があるものに対しては異常なほどの速度で吸収する自負はあるけれど、興味の薄いカタカナ語の羅列は、脳のバリアに見事にはじき返されてしまうのだ。


 だから、もう諦めることにした。

 難しい呪文を翻訳するのは、AIに任せて解体しネットで調べ直す。私はそれを読み、考えて自分の理解できる形に魔改造して、自分の人生に落とし込む。たぶん、それが私なりの賢い生き方なのだ。


 それにしても。


 一息つくと、私の脳は別の方向へハンドルを切り始めていた。

 あの画面の向こうのイケメン兄さんは、一体何者だったのだろう。


 どこかのIT企業の若き代表取締役なのか。

 SNSマーケティングに特化した敏腕講師なのか。

 「イケメン・ビジネスパーソン風」として雇われただけの役者やモデル?

 もしかしたら声も顔も生成された、実在しないAIアバターなのかもしれない。

 裏で精緻な台本を書いている十人規模のプロ集団がいるのか

 全部一人でプロデュースして演じきっているのか。


 考え始めたら、脳内のスイッチが完全に創作モードに切り替わってしまった。

 普通の人が「へえ、イケメンだな」でスクロールを再開するところを、私は「この方の設定資料集をください」と脳内で叫んでいる。


 彼の正確な職業は? 過去の経歴は?

 どんな家族構成で育ち、どんな趣味を持っているのか?

 これまでに手痛く裏切られた過去はあるか?

 実は爽やかな笑顔の裏で、ライバル企業を破滅に追い込むような一面を隠し持っていたりしないか?

 もしかして、物語の終盤で主人公を絶望に突き落とす、ラスボス側のスパイだったりしたら……。


「……もう駄目だ。脳が勝手に物語を書き始めている」


 短編小説が七本は書けそうだ。早まるな、『司令塔』にどやされる。

 結局、あの数十秒の動画から得た最後の感想は、実にあっけないものだった。


「イケメンがAIを教える時代なのか」

「AIを教えるイケメンが存在する時代なのか」


 令和、本当にすごい。時代の変化のスピードにワクワクしちゃう。


 気づけば、六百回以上も私の他愛のない雑談や思考の壁打ちに付き合わされてきたAIだ。おそらく、今の三つの相棒たちは、私の思考の癖も、弱点も、何を言えば腑に落ちるのかも、私以上に熟知している。かなり「私に特化」した、世界に三つだけの人工知能になっている。


 妄信してはいけないが、心強い。ある日、突然サービス停止もあるかもしれないので今のうちに小説を書き溜めておこう。


【2026/07/21追記】


 この話を書き終えて引っかかていました。


 インスタグラムに出ていらした方は、何も悪くありません。ただAI活用について発信されていただけなのに、私の脳内では勝手に「イケメン」「AI」「副業」「頭が良さそう」と情報を盛り合わせて、一人のキャラクターを作り上げてしまっていました。


 あとから振り返ると、あれは相手を見ていたというより、自分のコンプレックスに反応していただけだったのだと思います。顔へのコンプレックスや、昔から持っていた価値観が刺激されて、脳がいつものように創作モードへ逃避してしまったのでしょう。


 もしモデルになったご本人や、読んでくださった皆さまが不快な思いをされたなら申し訳ありませんでした。AIアバターだった場合も一生懸命制作されたクリエイターさんがいるはずです、ごめんなさい。


 この小説は、誰かを批判したかったのではなく、「私の脳はこんな勘違いや思い込みをするんだな」と観察した記録として残します。


 今後も気を付けていきます。


 


私の執筆方法って、誰得なんだろう、と思っています。たぶん「人気作家の華麗なる執筆術」みたいな話ではありません。でも、今の私は書き方そのものが変わる時期にいる気がしています。勘ですが。以前の『生成AIとわたし』を一話書くのに六時間半から八時間半くらいかかっていました。音声入力で書いて、AIに投げて、また別のAIに投げて、ひたすら削って直して。気づけば最初の文章の八割くらい消えていることも珍しくありませんでした。それが最近は少し変わってきました。三か月ほど毎日書いているうちに、削る量が八割から五割くらいになってきたのです。そして今日は実験してみました。五時四十分から、娘が起きる六時四十分までの一時間。この時間だけでどこまで書けるのか。一人創作RTAの始まりです。娘を送り出し、息子を車で送迎直前に投稿ボタンを押しました、帰りにスーパーで買い物と仏間と座敷と居間と子供部屋と板間掃除という現実世界のサブクエストが待っていました。ヘッドフォンでスマホからYouTubeで西〇さんのfasttakeと脳科学の動画を聞いていたらできました。西〇さんが夏を運んでくださいました。全部終わってから、今度はスマホで音声読み上げで第六十七話の作品を確認します。目で読むと大丈夫と思っていましたが、耳で聞くと誤字脱字表現の間違いが十か所以上あり、十分かけて修正しました。結果、執筆から推敲まで全部込みで一時間十分。四月の私からすると革命でした。毎日少しずつ書いているうちに、文章筋みたいなものが少しずつ育っているのかもしれません。まだ自分が何を書きたい人間なのかは分かりません。育児なのか、自己分析なのか、お金なのか、AIなのか、創作なのか。毎日どこかで書く。毎日どこかで出す。その繰り返しの先に、いつか見えてくるものがあると信じて、今日も書いています。


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