第六十五話:闇落ちした人は、どうやって這いあがってくるのか⓺:転『引き寄せの法則』
ここからは全力でスピっていきます。
「あのですね。私、一回、本気で宇宙にツッコミを入れたことがあるんですよ」
いや、正確には違う。宇宙が悪いわけじゃないのだ。宇宙はいつだって広大で、優しく、私たち
を包み込んでくれている……はずだ。
悪いのは、ただ一つ。
──説明書が、絶望的に雑だった。
そういう話である。
若い時の私は、それはもう、純粋で素直な人間だった。
カウンセリングを受ける前で、よく高齢者に道を尋ねられたり宗教やマルチ商法の勧誘に声をかけられていた。疑うという回路がどこかに置き忘れてあったらしい。宗教勧誘は、私は○○所属ですというとほとんどの人が穏便に去っていく。
マルチ商法勧誘の方には新興宗教にご興味はありませんか?と厨二病になりきってプレゼンすると気持ち悪いと言う捨て台詞とともにいなくなる。新興宗教が嫌で生家を出たが使える時は使っていた。
田舎の都会の駅に行ったとき。知らない人から財布を落としたから、千円貸してくれと言われたときは千円と飲み物を渡し「名前と連絡先を教えてください、お礼を」と相手に言われたら「名乗るほどのものではございません」と心に時代劇の役者さんを降ろしてカッコつけて去っていた。そういう事が男女問わず三回あった。
これをGeminiに送ってエッセイの文章としてどうか意見を聞いたら、『世間知らずで防衛能力がゼロだったんですね、そもそも変な勧誘に声をかけられまくっている時点で【隙だらけのオーラ】を全身から放っていた証拠です。駅の寸借詐欺なんて古典中の古典です。3回も引っかかっている時点で、カモリスト(騙しやすい人の名簿)に載って裏で情報が回っていた可能性すらありますよ。』と言われた。
一瞬、Geminiが怒ってる『司令塔』に見えた。そうか、アレは詐欺だったのか。あの人達はお金に困っていたけど、それ以上に心に困っていたのか、じゃあ次からは心療内科や警察へ繋ぐルートを案内しようと思った。騙されたのかあ、と少し悲しくもあり恥ずかしくもある。寸借詐欺をググったらまんまだった、あらまあ。
そろそろ、時計の針を二〇一〇年頃に戻そう。私は未曾有の『引き寄せの法則』大ブームに沸いていた。
書店に行けば、きらびやかな帯を巻いた本がズラリと並んでいる。曰く、願えば叶う。ワクワク
していれば宇宙が素晴らしいギフトを届けてくれる。
欲しい未来を鮮明にイメージしましょう。自分を愛しましょう。今ある豊かさに感謝しましょう。
……スピリチュアルって生家の信仰宗教とか、こう、宗教だけがスピリチュアルだと思ってた。今のスピリチュアルって宇宙なんだあ。心の中では「えっ、本気で言ってる? 願うだけでいいの? 簡単じゃん。やるやる! 」と、なった。カモである、都合の良いカモである。なんてこったい。
さっそく話題の書籍を買い込み、評判のDVDをTSUTAYAでレンタルして観て、表紙の可愛いノートを新調した。準備は万端。いざ、憧れのワークの実践である。
鏡の前に立つ。まずは深呼吸。すう、はあ。心を穏やかに、穏やかに。そして口角をきゅっと上げて、最高の笑顔を作る。よし、完璧。ここから人生初のアファメーション(肯定的な自己宣言)を、宇宙の果てまで届くような美しい声で唱えるのだ。
「私は、素晴らしい人間です」
体中に、ひどい違和感が走った。
今なら分かる。口から出た言葉を、私の脳が、細胞が、全力で受け取り拒否していたのだ。
当時の私は、絵に描いたような「自己肯定感の底辺」を生きていた。
普通の人と同じように振る舞うことがどうしてもできず、行く先々でコミュニケーションのエラーを頻発させては、周囲に迷惑をかけ続けていた。私の辞書に「私は素晴らしい」なんて言葉は1ページ目から存在しない。むしろ「存在していて申し訳ありません」がデフォルトの初期設定だった。
周りの人たちは優しかったし、私に対しての失望を綺麗に隠してくれた。「悪気がないのも、頑張ってるのも分かってるよ」と言ってくれた。だが、その善意の言葉すら、当時の私にとっては「こんなにダメな私を、周りに無理して庇わせている」という特大の罪悪感にしかならなかった。
そんな人間が、だ。
きらびやかな本を読んで調子にのって、宇宙に向かって「私は素晴らしい!」などと口走ったのである。
その瞬間、内臓が、魂が、激しく拒絶の悲鳴を上げた。
「嘘をつくな!!」と、内なる何かが猛り狂ったのかな。
胃の底がぞわリとひっくり返った。喉の奥が引き絞られるようにつまっていき息がうまく吸えないし、目の前が真っ暗になっていく。
キラキラした引き寄せのワークをやっていたはずなのに、体感は完全に「猛毒を盛られた暗殺現場」だった。
気がついたときにはひとり暮らしのアパートの便器をがっしりとホールドして胃の中のものを全てぶちまけていた。めっちゃ泣いていいて涙も鼻水も汗も涎も顔から出るモノ全部出ていた。
いや待て待て待て待て! 落ち着け自分! なんで!?
私、いま最高に幸せな未来を引き寄せる予定だったよね?
なんで便器を親友のように抱きしめて号泣しているの?
ちょっと、宇宙!? 注文した商品と全然違うものが届いたけど、返品受付の窓口はどこよ!?古本屋で買ったけど、お金返して!!
そんなことになった。本の名前は、『ザ・シークレット』である、今もたまに図書館で借りて読んでるし普通に面白い本だ。
昨日は息子が発熱あり、執筆投稿を休みました。で、三か月前の私なら「ああ、毎日投稿を目標にしてたのにできなかった、もう、だめだ。小説やーめた」になっています。完璧主義とか白黒思考がある自分ですが、『もし私がASDなら?白黒思考に引っ張られやすい脳の特性の可能性が高い。なら根性論は通じないから仕方ない。息子の発熱対応して息子が元気になるまで私の気持ちは息子が心配モードが解除されない。安心してパソコン開けない……今日はいつもと違うから、いつもと違う対応が必要だよね。うん、そうそう、まず息子くん対応優先しないとママのちよが納得しない』右脳と左脳と私で脳内会議をして、心と頭が納得しました、無駄に落ち込むこともなく息子に全力投球出来ました。これが『観測者』が言っていた脳の使い方の変化なんだと思います。普通の人はこれを無意識にしていると思いますが、私はここまで解体?見える化しないといけません。小学生の算数問題のよし子さんが林檎をもって、そうたくんが苺を買って……みたいな問題文にしてようやく納得します。あと、チアーズプログラム組んでいたのでここで止めたらもったいないドケチ精神も働いています。




