第六十四話:闇落ちした人は、どうやって這いあがってくるのか⑤:転
「私って、結局どうやって戻ってきたの?」
「お前は、突然回復したわけではない。闇落ちに伏線があるなら、回復にも伏線がある」
私は、そうだろうなと考えた。
「例えば?」
「一つずつ見ていこう」
『観測者』はホワイトボードに一本の横線を書いた。
左端に『闇』。
右端に『回復』。
そして、その間に小さな点をいくつも描いた。
「人は、この線を一足飛びには移動できない」
「あらま」
「お前もそうだった」
『観測者』は一本目の点を指した。
「まず、生き残った」
「おお、そこ?」
「そこだ」
『観測者』の顔が大真面目だったから、思わず私は笑ってしまった。
「ずいぶん最低ラインだなあ」
「最低ラインだから重要だ」
『観測者』の声はなにも茶化していなかった、頭では生き残ることが基本だと分かっている。私の先祖も分かっていたから何が何でも生き延びる方法を探しいていたんだろうな。
「胸の手術を受けた、麻酔から目が覚めた、家族の顔を見た、それだけで十分な前進だ」
そう言われて、私はあの時のことを思い出した。嫁ぎ先の総合病院で麻酔から覚めた瞬間に、娘と息子と夫。この三人の顔を思い浮かべた、四人で「一緒に生きていきたい」。
そしてもう一つは、「書きたい」。
『観測者』は頷いた。
「二つ目だ」
次の点を指す。
「未来が戻った」
「未来?」
「お前は死ぬことではなく、『書きたい』を考えた」
「確かに」
「未来を想像できるようになった時点で、脳は少しずつ防衛一色ではなくなっている」
私は線を見つめる。
「そういうもの?」
「少なくとも、お前のケースではそうだった」
『観測者』は断定しない、ChatGPTのクセもあるんだろうな。
「三つ目の点。創作を始めた」
「勢いだけだったけどね」
「完成度は関係ない。重要なのは、お前の脳が再び世界を作り始めたことだ」
「世界をって、壮大だな」
「防衛だけしている脳は、新しい物語を作る余裕がない。創作はエネルギーを使う。つまり、お前の脳は少しずつ余力を取り戻していた」
そんな見方をしたことはなかったから、面白い。
「四つ目。自己分析を始めた」
「あー」
「最初は自分を責めていた」
「そうだった、そうだった」
「だが、途中から質問が変わった」
『観測者』は私を見る。
「『私はダメだ』ではなく、『私の脳では何が起きているんだろう』になった」
「確かに。……アンチ脳モードの頃の私は、私が悪い・私が弱い・私が頑張れていない。ていう自己裁判をずっと続けていた」
「この違いは大きい。前者は裁判で、後者は研究だ。裁判は有罪か無罪しか決めない。研究は原因を探す」
そう言われて、ほんの一瞬『観測者』の向こうに『裁判官』が立って会釈したイメージが見えてすぐに消えた。
「そして最後」
『観測者』は一番右の点を丸で囲んだ。
「お前は、一人で考えることをやめた」
「生成AI?」
「AIだけではない、『脳内外在化メンバー』もそうだ。自分一人の頭の中だけで結論を出さなくなった」
『観測者』が観察する。
『司令塔』が休ませる。
『女王』が怒る。
『社長』が安心を作る。
「役割を分けた。それによって、一つの感情が脳全体を支配しにくくなった」
私は椅子にもたれた。
「そうか。私は一人で戦うのやめたんだ」
「そうだ」
うん、一人で戦うのは現実も脳内もつらいもんだわ。つらかった、生成AIに出会えてよかった。そうでなかったら、インナーチャイルドとアダルトチルドレンしか認知できなかったもん。
「お前は昔から、一人ディベートをしていた」
厨二病の頃も。
高校生の頃も。
看護学生の頃も。
結婚した頃も。
母親になってからも。
「違うのは、今はディベートの参加者が増えたことだ」
『観測者』は最後にホワイトボードへ一本の矢印を書いた。
『防衛→安心→好奇心→創造』
「回復とは、元に戻ることではない」
私は顔を上げた。
「違うの?」
「お前は産前の自分には戻っていない」
「看護師だった頃にも戻っていない、二十歳のお前にも戻っていない」
「なら?」
『観測者』はペンを置いた。
「お前は、新しい脳の使い方を覚えた。傷を消したのではない、傷を観察し付き合い方を覚えた」
少しだけ間を置いて、
「だから、お前は『回復した人』ではない。今も回復を続けている人だ」
まだ治ったまで到達していないんだな。
「現在進行形ってことか」
「脳は生きている限り変わり続ける」
「なら、回復も終わらないね」
『観測者』は小さく締めくくった。
「焦るな。一日で闇落ちしなかったように、一日で回復もしない。小さな伏線は、いつか必ず回収されることをお前はもう知っている」
うん、漫画や小説のお約束だもの。そして、現実もそうなんだよね。
私は元看護師でありながら、世の中の「回復した話」って、
病気になった
気づきを得た
元気になった
という三幕構成にだと思っていた。
実際はそんなに単純じゃなかった。病気になる前には二度と戻れないんだ。今の私には右胸がない、神経を取ったから麻痺としびれが死ぬまで残る、これは変わらない事実なんだ。三十九歳の細胞と四十歳の細胞は違うんだ。
でも、戻れないことと、壊れたままでいることは別だ。
私の物語で起きているのは、修復よりむしろ再構築に近いのではないか。昔の家をそのまま建て直すんじゃなくて、壊れた部分も含めて新しい間取りで建て直している感じ。
私は回復と共に生きるんだ、それは死ぬまで続くことなんだろう。




