第六十一話:『社長』と『観測者』異世界の旅
辺境の街の宿屋。合同任務を終えた複数のパーティーが一階の広間に集まっていた。
この宿には珍しく、天然の温泉がある。
テオは長椅子の隅に座っていた。
黒髪の短髪。
日に当たっても焼けない青白い肌と細身すぎる体躯。
おまけに眠そうな三白眼のせいで、ひどく目つきが悪い。
声も口調も無機質だった。
「よし、女どもが先に風呂行け! 俺たちは先に向こうで飲もうぜ!」
男性冒険者の一人が声を張り上げる。
女性たちがぞろぞろと奥の浴場へ向かい始める中、テオはぼんやりと天井の木目を数えていた。
「おい、テオ。こっち来いよ、一緒に飲むぞ」
別の男性冒険者がテオの肩に手を回そうとする。特に拒む風でもなくそのままついて行こうとした。呼ばれたからだ。
「待ちなさい」
女性冒険者がテオの手首を掴んだ。
「テオ、今入っておかないと温泉に入るの夜中になるわよ。こっちいらっしゃい」
「おいおい、テオを連れてくなよ」
肩を組もうとしていた男性冒険者が、あわてて女性の手を遮る。
「そいつをからかうな。可哀想だろ。いくらウブそうだからって、そっちに拉致すんな」
女性冒険者たちは足を止め、眉をひそめた。
「は? 何のこと?」
「とぼけんなよ! テオが入っていいなら、俺たちだって女湯に入ってよくねえか!!」
「そうだよ、俺だって一緒に入りたい!」
「入っていいですか!?」
「何言ってんの、このバカども」
「あのなあ、 クソ真面目なテオを痴女どもの餌食にしてたまるかってんだよ!」
男たちは完全に兄貴面の連帯感でテオを自分たちの背後に隠そうとする。広間が不穏な空気と、よく分からない熱気に包まれ始めた。
そこへ、宿の主人と裏口で打ち合わせを終えたベルグが戻ってきた。金髪の頭一つ抜けた大男は、両者の殺気立った睨み合いを見て足を止める。
「……どうかしたのか」
男の一人がベルグの肩を掴んだ。
「ベルグ、お前からも言ってくれ。こいつらがテオを女湯に連れ込もうとしてるんだ。仲間だろ、守ってやれよ」
「女湯」
ベルグは復唱した。表情は変わらない。
「そうよ! テオは今から私達と入るの! 文句ある!?」
女性陣も一歩も引かない。
ベルグは視線を落とし男たちの背後でただ静かに立っているテオを見た。
テオは無言で、自分の胸元を親指で二回、トントンと叩いた。
「……身体構造および性自認は、女だ」
テオの無機質な声が広間に響いた。
女性冒険者たちは最初から分かっていたので「そうよね」という顔をしている。
男性冒険者たちの顔からは急速に血の気が引いていった。
「あんた達、最低ね」
「本当にクズ」
「もげればいいのに」
女性陣容赦ない罵声が飛ぶ。先ほどテオの手を引いた女性が、もう一度その手を掴んだ。
「テオ、行くわよ。こんな馬鹿ども放っておきなさい」
「ん」
テオリアは引きずられるようにして、女湯への通路へと消えていった。
広間に残された男性陣は石像のように固まっている。
その中で唯一、ベルグだけがいつも通りの足取りで空いているテーブルの椅子を引いた。
腰を下ろし店員を呼ぶ。
「エール、全員分。つまみも適当に」
ベルグの青い目は凍りついた男たちの顔を観察して呆れたように眺めていた。
*
湯気で白く霞む女湯。岩造りの湯船に、六人の女性冒険者が肩まで浸かっている。
テオは湯船の隅、湯口から最も離れた場所に小さく座っていた。
「生き返るわねえ……」
先ほどテオの手を引いた女性、マリーが、ぷはっと息を吐いて髪をかき上げた。
視線が隣のテオリアに向く。
「それにしてもテオ、あんた本当に薄っぺらいわね。ちゃんと食べてる?」
「規定量は摂取している」
テオリアが湯船から少し身体を上げると、お湯がサラサラと流れ落ちた。
細身すぎる体躯。あばらも鎖骨もくっきりと浮き出ている。
胸元は平らだった。意識して背筋を伸ばし、ぐっと胸を張れば、かろうじて、なんとか、どうにか、多分傾斜が認識できる程度。
「お肉が全然ないじゃない。男どもが勘違いするのも、まあ、分からなくはないけど」
別の女性冒険者が困ったように言った。
「身長もあるしねえ。立って服着てると、完全に線の細い男の子よ」
「自分でも、この身長が誤認の原因だと分析している。あと、肉が足りない」
「胸?」
「……尻と、太もも」
テオは湯の中で、自分の頼りない太ももを掴んだ。
「硬い椅子に長時間座っていると、骨が当たって痛い。クッション性のある肉が欲しい」
マリーは隣の女性冒険者と目を合わせ苦笑した。
「痩せすぎも苦労があるのねえ……」
話題は外に残してきた大男へと戻る。
「でも、あの金髪のベルグだっけ? あいつだけは、最初から全然慌ててなかったわね」
「ベルグは知っている」
「へえ、やっぱり? パーティー組むときに確認したの?」
「四年間、同じ屋根の下にいた」
湯煙の向こうでマリーが目を丸くした。
「 あんたたち、そういう関係なわけ?」
テオリアは無言で湯面を手のひらですくって少しずつ手の隙間から零していった。
波紋がいくつか広がり、消える。
「……四歳の頃、父母が死んでベルグの祖母が保護してくれた。そこから四年間共に暮らした。その後、ベルグが騎士になり、自分が研究職になり偶然同じ職場で再開した」
「ふーん、……あんたも苦労してんのね」
マリーは顎まで湯に浸かり、テオの横顔を観察した。
テオの緑色の目は次々にできる波紋を追いかけている。
「じゃあさ、あんたが突然仕事辞めて、こっちのギルドに来たときベルグはどうしたの?」
「追いかけてきた」
「何で?」
「水臭い、と言っていた。自分も冒険者になりたかった、と」
テオは湯でふやけた自分の指先を見つめた。
「ベルグは、昔から冒険者に憧れていた。だから、タイミングが合ったのだと思う」
「……」
マリーは天井を仰ぎ声を殺して肩を揺らした。他の女冒険者たちも同様に。
「何か可笑しかったか」
「ううん、別に? 男って、本当に『憧れ』のために仕事辞めて、地の果てまで追いかける生き物よねえ、と思って……あ、ダメ笑っちゃう」
「んふふふ!!」
「あっははは」
「もー!!」
湯殿に女たちの笑い声が響く。
テオだけが何がそんなに面白いのか分からないという顔で首まで湯に沈んでいた。
厨二病について考えていたら、思いついて妄想があっちこっち飛ぶので書いちゃいました。いつもの事ですが、これってADHDに起因するのでしょうか、これを落ち着かせてアンチ脳モードは偏桃体過活動ではないか、前頭前野の仕事ストライキ?どうやってアンチ脳モードを解除するかを書いていきます。テオはテオリアが本名です。




