第六十話:闇落ちした人は、どうやって這いあがってくるのか②:起
【アンチ脳モードと厨二病】
自分の人生を振り返ってみると、「ああ、あの頃はアンチ脳モードだったのかもしれない」と思える時期が、何度もあった。
育児で心も体も限界だった頃が分かりやすい。
子どもはかわいい、超かわいい。それは間違いない。だけど、かわいいだけでは済まないのが子育てだった。
夜は眠れない(夫は仕事があるから変わってと言えなかった、夜中に夫に起きられると申し訳ないし、同居の義父母に怒られると被害妄想を膨らませていた。今なら、夫の子だべ、夜泣き対応させて愛着形成させろ。でないと夫が防衛モード入るぞとメガホン持って言いたい)。
昼間は自分の時間がない(赤ちゃんが寝たら、哺乳瓶洗って、洗濯干して、片付けして、育児記録書いて、搾乳して、わかんないとこネットと教科書で調べて…あ、赤ちゃん起きたとなった)。
食事も落ち着いて食べられない(義父にママは自分は食べないで子どもを優先するもんだと三度言われた、寝るなとも)。
気づけば一日が終わっている(悪露はあるし、後陣痛の子宮収縮の痛みは続くし、切開部の傷は二か月痛かったし、産後三か月は動機、息切れ、めまいが酷かった、乳腺炎で二週間平熱が38.5度代だった)。
そんな毎日を繰り返しているうちに、私の中から「余裕」というものが少しずつ消えていった。そりゃそうだ、ボロボロの身体で刃を食いしばってよく頑張ったな。
バカだった、真面目過ぎた、だから苦しかったんだ。力の抜き方がわからなかった、完全に手負いの母熊モードだった。タイムマシンに乗って、過去の私を抱きしめて休ませに行きたい、赤ちゃんの娘と息子のお世話代わりたいし愛でたい、『観測者』と『司令塔』と『女王』のブチ切れ案件だった、夫と義父をしばいただろう。
何を見てもイライラした。
ほんの些細なことに腹が立った。
世界が敵に見えた。
あれはストレスで脳が悲鳴を上げていた状態だったのだろうと思う。でも、あれが初めてじゃないんだよなあ。
人生をもっとさかのぼってみると、中学生や高校生の頃にも、似たような時期があった。家の中では、母と祖母、母と祖父、それぞれの関係が張り詰めていた。
学校へ行けば、学校で人間関係がある。友達のこと、進路のこと、自分の居場所のこと。思春期特有の「自分とは何者なのか」という問いまで加わって、頭の中はいつも忙しかった。
あの頃も、世界はあまり優しく見えていなかった気がする。けれど、不思議なことに、私はそこで完全には壊れなかった。
助けてくれたものがある。
それが、私の黒歴史――いや、今となっては救世主と呼びたい、『厨二病』である。
部屋で一人、漫画や小説の主人公になりきる。誰にも見せられないような台詞を真顔で言ってみる。自分だけの世界を作り、その中で最強のキャラクターになってみる。
「自分にはまだ目覚めていない力があるのではないか」
「本当の自分は選ばれた存在だ」
「誰も私を理解できない」
「孤独なのは、自分だけが真実を知っているからだ」
そんな物語を、自分の中に作り始める。
第三の目は開かなかったし、左手には何も封印されていなかった。月の戦士にも魔法少女にもなれなかった。今こうして文字にすると、なかなかの破壊力だ。穴があったらさらに掘り進めてから入りたい。
でも、あの頃の私には、それが必要だった。現実では何も思い通りにならなかった。だからせめて物語の中では、自分に力を与えたかった。
万能感を持ったキャラクターになってみたり、世界を救う英雄になってみたり、悪と戦う主人公になってみたり、みんなに好かれて頼りにされるヒロインになってみたり、普通の家に生まれて普通の人間になってみたり。
闇や退廃的な世界観に惹かれたし、哲学や家で信仰している以外の宗教、スピリチュアルにも興味を持った。
「生きる意味とは何か。」
「神とは何か。」
「運命とは何か。」
そんな問いを当時は真剣に考えた。
心理学や哲学、政治や日本史と世界史……古代から近代にかけての軍事史、少し難しい分野をかじってみたくなるのも、この頃によくあることだろう。
現代は陸・海・空だけでなく、宇宙、電磁波、サイバー空間、そしてAIによる無人戦までが戦場になっている。子どもの頃にSF戦争映画で見た世界が、少しずつ現実になりつつある。そんな世界を書くことにも興味はあるが、人間同士の殺し合いを真正面から描くのは精神的に重い。
だから私はファンタジーというクッションを挟みたくなる。敵を人間ではなく、人類共通の魔物や悪魔に置き換えることは、作者にも読者にも心を守るプロテクターとして機能するのだと思う。
知識そのものへの憧れもあるし、「難しいことを知っている自分」への憧れもあった。外見や話し方にも、その世界観は表れる。
黒い服を着たくなる(服はお下がりが多かったからできなかったので着ていると妄想した)。
意味深な言い回しを使いたくなる(難しすぎて自分でも訳が分からず、家族や友人には話せなかった)。
自分だけの設定や裏の顔を考えたくなるし、家族や友人にも設定を考えた。
価値観も極端になりやすい。
世界を白か黒かで考えたり、「強い者こそ正しい」「努力した者だけが報われる」といった、単純でわかりやすい考え方に惹かれたりする。
複雑な現実よりも、善悪や勝敗がはっきりした世界のほうが安心できるからだ。
弱肉強食思想、優生思想による高齢者や病人・弱者・障碍者の管理や排斥、社会福祉は本当に必要か、死刑制度は本当に廃止されるべきか、犯罪者に人権は必要なのか、必要悪や必要な犠牲はどこまでを境界線とするのか、陰謀論はあるのか……人道的にこれ以上書いちゃダメなこともいくつか考えた。
もちろん、その世界に浸りすぎて極端な考え方に寄ってしまったこともある。
不思議なことに、そのたびに私は自分で自分に反論していた。
「本当にそうだろうか」
「もし現実でやったらどうなる?」
「かかる費用と時間は?」
「デメリットは何か、メリットはデメリットを何倍上回れるのか」
「社会全体で考えたら?」
「倫理的には?」
「仁義・道義・公義はあるのか」
「父母や友人に胸を張ってこの思想を言えるのか」
「家族や友人、そして自分がその立場になった時に私自身はなんの抵抗もなく受け入れられるのか?」
「どうやって国民や思想・価値観の違う大勢の人間を説得できる?」
「何も成し遂げていない私の言葉と思想に誰が共感する?」
「私は無知で世界をこの井戸の中しか知らない、なのにどうして自分の考えが正しいと断定できる?」
「私自身が今、子どもで女である弱者の自覚はあるか」
頭の中で延々と反証実験を繰り返していた。今思えば、一人ディベートである。この考え方も厨二病特有のものと言える。
厨二病で暴走しかけた自分を、また別の自分が止めていた。この癖は、今でもあまり変わっていない。……なんだ、ソクラテスの反証ごっこは十四歳からやっていたじゃないか。
話を戻そう。
私の最大のアンチ脳モードは産後直後ではなかった、それは仕事を辞めた頃だった。子育ては続いて、義夫母も体調を崩した。私自身も睡眠不足が何年も続き、職場で何度か倒れ、体力は限界だった。
仕事を辞めるしかなかった。辞めて正解だった、家族は壊れなかった。
息子が子ども園へ通い始め、最初は二時間だけ預ける生活になった。その二時間で家事を全部終わらせる。少しずつ慣らし保育の時間が延び、三時間になり、四時間になった。
ようやく、自分の時間ができた。普通なら嬉しいはずだった。ところが、暇になると、私は考える。
「私、仕事してない、ずっと家にいる。家事と育児しかしてない、今の私に価値ってあるの?」
今振り返ると、私は仕事そのものを失ったのではなかった。看護師という役割と、働いてお金を稼ぐ私に、自分の価値を預けすぎていたのだと思う。だから仕事を辞めた瞬間、「私は何者なんだろう」と、自分の存在まで見失ってしまったのかもしれない。
就職は義父母に止められていたから、気晴らしをしようと思った。私は小さいころから、漫画や小説が好きだった。仕事と家庭が忙しくて、上の子を産んでから腰を据えて読めなかった。
だから、「久しぶりに好きなものを読もう」と思った。そこで押し入れを開けた。昔、大好きで何度も読んだ漫画。大好きだった小説。全部で三十冊くらいあった。
自分にとって絶対に面白い、永久保存と思っていた作品だ。
ところが、面白くない。
「……あれ?」
もう一冊読むも、やっぱり面白くない。脳が覚えているから感動が薄いのかと思った。
次に、小説投稿サイトを開いた。十九年前にハマった『小説家になろう』である。当時の私は会員登録もせず、外からランキングを眺めるだけの読者だった。
日間ランキングの一位の小説を読んだ。面白くなかった、二位・三位も同様で、五位まで読んでも、何も心が動かない。
じゃあ週間ランキング、月間ランキング、四半期ランキング。
「ここまで来れば絶対に面白いだろう」
そう思って読み進めても、何も起こらない。
年間ランキング、累計ランキングなんて書籍化、コミカライズ化、アニメ化された作品がほとんどだった。
悪役令嬢
婚約破棄
異世界転生
ファンタジー
恋愛異世界・現実世界
ヒューマンドラマ
歴史
戦記
推理
ホラー
コメディー
書籍化作品
コミカライズ作品
以前なら夢中になって読んでいた作品ばかりなのに、心が反応しなかった。私はパソコンの前で固まった。
「なんで?」
二年前の私は、この作者さんの作品を読んで、笑って、泣いて、胸をときめかせていた。
「早くこの二人、くっついて!」
そんなふうに夢中になっていた。連載が三百話を超えたらまた一話に戻って五回は初めから読み直していた。その都度、同じ場面でワクワクして、ドキドキして、ときめいて、時にはここに付箋転がってた!!と感動して。
なのに何も感じない。変わったのは作品ではない。私のほうだった。
もし、この状態のまま誰かの作品に感想を書いていたら。
「なんでこんなもの書いてるの?面白くないよ?どうしちゃったの?」
そんな言葉を書いてしまったかもしれない。でも、それは作品の価値ではない。私の脳が世界を楽しめなくなっていただけだった。
現実のデータと、自分の主観が、ここまで大きくずれることがあるのか。その事実に驚いた。そして、この状態は何か月も続いた。
さらに追い打ちをかけるように、右胸に腫瘍が見つかった。そこからは、もっと極端だった。
漫画・小説大好きな私が、ぴたりと本を閉じた。手術が終わるまで、漫画も、小説も、アニメも、ドラマも、映画も、テレビも。
大好きだったもの全部が、ただの嫌なノイズになった。今振り返ると、あの頃の私は「世界を楽しむ力」そのものを失っていたのだと思う。
手術の麻酔から目覚めた直後に私は二つのことを考えた、というかこの二つしか思い浮かばなかった。
娘と息子と夫と一緒に生きたい、もう一つは、書きたい、小説を書きたいだった。
そこで、小説家になろうの世界に勢いだけで飛び込んだ。書かずに死ねるかという執念だけで。
ここで三か月に渡り自己分析・自己理解創作エッセイ小説を書いていて一つの仮説が浮かんだ。もしかすると、人は世界を嫌いになる前に、まず脳が疲れてしまうのではないか、と。
検証してみたいと思ったのだ。
仕事にはお金だけでなく、社会とのつながり、毎日の役割、自分は必要とされている感覚、アイデンティティがあります。それを急に失うと、「自分は何者なんだろう」となる人は少なくありません。自分の中の軸が揺れるのです。そして私の軸はめっちゃ揺れていました。メトロノームの高速バージョンみたいに。長年、漫画と小説は私にとっての命綱でした。それを飛び越えるほど精神的にヤバい状態だったと感じています。あと、厨二病って大人になると落ち着いたり、治ったりしますが私は治りませんでした。常にサバイバルモードで高ストレスな環境だったことも関係しています、厨二病を手放したら壊れていたんだろうなと思います。私は心の底から厨二病になって良かったなと思っています、。




