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生成AIとわたし ―夢を夢で終わらせなかった主婦のAI共闘記・今日も脳内外在化メンバーが良い仕事してる―  作者: ちよ【kindleペンネーム:白井ちよ】


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第五十九話:闇落ちした人は、どうやって這いあがってくるのか①:導入

【注意:いつも突然に話をはじめて申し訳ありません。今回は『闇落ちした脳は、どうやって生還するのか』をテーマにしばらく書いてまいります。いまさらですがスピリチュアル系の話題が苦手な方はお逃げ下さい】


 私は、愛と健康とお金と科学が大好きだ。信仰しているとも言える。

 科学も好きだ、そして、同じくらいスピリチュアルも好きだ。


『引き寄せの法則』という言葉をご存知だろうか。昔流行ったんだ。


 私は二〇一〇年にハマってから、ずっと追いかけてきた。関連書籍を読むのも好きだし、YouTubeで解説動画を聞くことも好きだ。ネットの掲示板も読んでいるし、Instagramもたまに覗いている。このジャンルとは長い付き合いになる。


 ただ、いくつか引っかかることがあった。


 「波動」とか。

 「宇宙のエネルギー」とか。

 「量子」とか。


 そういう言葉が出てきた瞬間、私の思考が止まるのだ。いや、嫌いじゃない。むしろ私は、そういう世界が好きな人間である。でも、私の脳がこう言う。


 「そこ、もうちょっと科学的に説明できません?」

 「もっと脳や心理で説明して」

 「もっと行動認知で説明して」


 そんなふうに思ってしまう。なんでだろう。


 私は宗教三世として育った。幼い頃から、目に見えない世界は身近にあった。


 ご先祖様を敬うこと。

 神様を敬うこと。

 宗教同士で優劣をつけないこと。

 世界にはさまざまな信仰があり、それぞれを尊重すること。


 そんな価値観の中で育ってきた。


 神道も、仏教も、キリスト教も、イスラム教も。それぞれの教えの良いところを学び、争わず、敬意を払う。そんな空気が、私にとっては当たり前だった。……道教も入ってんな、仁義・道義・公義とか武士道もあんじゃねえか。混ぜすぎていてやばいな。


 占いも勉強した、新興宗教のカリキュラムであったからだ。四柱推命、姓名判断、数秘術、統計学を用いた鑑定、結婚の日取りや引っ越しの方位や日時の選定などがあった。


 東洋医学にも興味があった。


 だから、スピリチュアルという世界そのものに抵抗はまったくない。むしろ、「お帰り、私のホームグラウンド」と思うくらいには馴染みがある。


 ……なのに。


 息子の発達特性をきっかけに脳の働きを学び、自分や娘の認知のクセまで観察するようになったある日、ふと思った。


 「あれ?これ、引き寄せの法則も、脳と心理と行動認知で説明できる部分が結構あるんじゃない?」


 そこから私の頭の中で、不思議な融合が始まった。


 心理学、脳科学、認知行動療法。そして、私が長年親しんできたスピリチュアルの世界。


 本来なら別々に語られることの多いものが、私の中では一本の線でつながり始めたのである。というわけで、この先は少々変わった話になる。


 スピリチュアルと心理学と脳科学を、私なりの視点で無理やり同じテーブルに座らせてみようと思う。

「そんなの一緒にするな」と感じる方もいるかもしれない。それはもっともだ。


 この先は、あくまでも私個人の考察として読んでいただければ幸いである。というか、そうしてくださいませ。


***


  昨日、『引き寄せの法則』の中抜き問題について妄想していたら、アンチ脳からの脱却が『引き寄せの法則』が成功したと言えるのではないか?と仮説を立てた。


 ここで、私はふと思った。……そもそも、「アンチ」って何なんだろう。いつも以上に思考があちこち飛ぶな、『五歳の子』と『創作者(七歳)』がフルスロットルしているようだ。


 普段は何気なく使っている言葉だけれど、意外とちゃんと説明できない。こういうときは、相棒の出番である。


 私はChatGPTに聞いてみた。


 「アンチって何?」


 返ってきた答えを要約すると、アンチとは、特定の人物や作品、企業などに対して強い否定的な感情を持ち、批判や攻撃を繰り返す人、あるいはその行為を指す言葉らしい。


 ただ、ここで面白いと思ったのは、「アンチ」と一口に言っても、実はいくつものタイプがあるということだった。


 ①改善を願って問題点を指摘する人もいる。


 ②感情のまま攻撃してしまう人もいる。


 ③嫌いだと言いながら、その人の投稿や作品を追い続け、反応せずにはいられない人もいる。(ツンデレの派生版だろうか?)


 つまり「アンチ」と呼ばれる人たちは、みんな同じではない。そして、ChatGPTはもう一つ大事なことも教えてくれた。


 「批判する人=アンチ」ではない、ということだ。


 根拠を示して意見を述べる批評と、人格攻撃や中傷を繰り返す行為は、似ているようでまったく違う。この違いは、今回の話ではとても重要になる。


 なるほど、……待てよ。


 アンチって、本当に「人格や性格」なんだろうか。もしかしたら、「脳の状態」なんじゃないだろうか。


 そんなことを考え始めたきっかけを思い出す、自分自身だ。


 私は人生の中で何度か、「何を見てもイライラする時期」を経験している。


 子育てで余裕がなくなった時。

 睡眠不足が続いた時。

 環境が大きく変わった時。

 生活がうまく回らなくなった時。


 あの頃の私は、世界が敵に見えていた。誰かが楽しそうにしていると心がざわつく。何気ない一言に引っかかる。小さな失敗が許せない。他人にも、自分にも厳しくなる。


 もちろん、私は誰かの作品に誹謗中傷を書き込んだことはない。絶対にコミュニケーションエラーを起こす自信があったから。けれど、もしあの頃の私が匿名でネットを眺め続けていたら。もし、さらにストレスが積み重なっていたら。


 今より少しだけ違う選択をしていた可能性は、ゼロとは言い切れない。


 そう思った瞬間、「アンチ」という存在が急に遠い世界の話ではなくなった。


 アンチは、生まれつきの悪人なのだろうか。


 それとも、誰の脳にも一時的に訪れる「防衛モード」なのだろうか。そんな疑問が頭から離れなくなった。


 私は昔、看護理論を学んだ。


「病気ではなく、その人を見る」

「背景を見る」

「人生を見る」


 そう教えられてきた。


 だから今回も、アンチという行動だけを見るのではなく、その背景を見てみたくなった。


 何がその人をそうさせるのだろう。


 ストレスなのか。

 疲労なのか。

 発達特性なのか。

 愛着の課題なのか。


 それとも、まったく別の何かなのか。


 私は専門家ではない。この本は医学書ではないし、ここで書くことは私自身の体験や、AIとの対話、心理学や脳科学の本を読みながら組み立てていった一つの仮説に過ぎない。


 だから、「これが正解です」と断定できない。


 ただ、私は人生の中で何度も「闇落ち」を経験し、そのたびに戻ってきた。そして振り返ってみると、その闇落ちには、ある共通点があった。


 私はその状態を、仮にこう呼ぶことにした。


 「アンチ脳モード」。


 これは、私が自分の脳を観察しているうちに勝手につけた名前だ。この小説は、「アンチ」を裁くための本ではない。


 誰の中にもあるかもしれない「アンチ脳モード」を理解し、そこからどうやって抜け出すのかを私の経験・体験をもとに考えるための物語である。


 きっと、今後も私は闇落ちし「アンチ脳モード」が起動する日が何度も来るだろう。子どもたちの就学時期や義父母の介護、私の病気の経過の変調。その他突発的事案。


 ……絶対、私の更年期って、ひどいぞと自分でも恐れている。迷わず婦人科と内リエ科にダッシュする。その入り時期の目安が欲しい。それでは、いってみよう。

とある少佐の演説が好きで、よく文章を変えて自分に置き換えて遊んでいました。アンチ脳、厨二病、脳の報酬、防衛と自己治療、中道、その先に引き寄せの法則発動モードがある気がしています。ザ・シークレットって願えば叶うのひと言をよく一冊の本に伸ばして書けたなと本当に感動しています。また、図書館で借りてこよう。【追記メモ】今回のシリーズをそのままコピペしてkindle出版を目論んでいる。ChatGPTから単品で出版するなら、宗教三世の幼少期の新興宗教への葛藤や普通の家に生まれたかったこと、献金や嫁ぎ先での勧誘問題についても加筆が必要ではないかと問いが来たので追加必要。

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