第五十話:「愛着障害」という言葉に私の扁桃体が発火した日
今年に入ってから、私のInstagramのおすすめ欄には、繰り返し同じ言葉が流れてくるようになった。
扁桃体の過活動。
愛着障害。
脳の報酬系。
この三つは、私の中で勝手に開催されている2026年上半期トレンドワード大賞の有力候補である。
ただ、正直に言うと、愛着障害という言葉を初めて見たとき、私は身構えた。
なんだか責められている気がしたのだ。
「親の愛情不足が原因です」
そう言われたような気がして、私の扁桃体は見事に発火した。
いやいや、ちょっと待ってほしい。
毎日必死なんですけど。
私なりに頑張っているんですけど。
そんな心の声が、脳内で一斉に立ち上がる。
けれど、投稿をよく読んでみると、どうも発信者たちが言いたいことは、それとは少し違うようだった。
まず、そもそも「愛着障害」は、SNSで広く使われている言葉と、医学的な診断名が一致していない。
医学や心理学の世界で土台になっているのは、「愛着理論」という考え方だ。
子どもは養育者との関係を通して、「世界は安全な場所なのか」「自分は大切にされる存在なのか」を学んでいく。
それが愛着理論の基本的な考え方である。
一方で、正式な診断名として存在するのは、
・反応性アタッチメント障害
・脱抑制型対人交流障害
といったものだ。
これらは、虐待や極端なネグレクト、養育者の頻繁な交代など、とても厳しい養育環境が背景にある場合に診断される。
つまり、SNSでよく見かける愛着障害という言葉は、本来の診断名ではなく、愛着に関連した困りごとをまとめて表現するための言葉として使われていることが多いと私は解釈した。
人との距離感に悩む。
見捨てられる不安が強い。
自己肯定感が低い。
感情のコントロールが難しい。
そうした悩みを説明するための、少し広い言葉なのだろう。
だから、愛着障害=親の愛情不足と単純に結びつけるのは、正確ではない。
ここまで整理したところで、私はようやく肩の力が抜けた。そして、別の疑問が浮かんできた。
もしかして、愛着の問題って、愛情の量だけの話じゃないのではないか。
私がずっと感じていた、「脳の特性が噛み合わない」という感覚も、関係しているのではないか。
* * *
息子が園に落ち着いて通えるようになるまで、一年かかった。
園の先生、支援センターの職員さん、療育の先生。
毎月のように会議をした。
「息子は、こういう刺激が苦手です」
「こういうときにパニックになります」
「好きなものはこれです」
「得意なことはこれです」
みんなで情報を持ち寄り、「この子にとって安心できる環境は何か」を考え続けた。
その結果、今の息子は、加配の先生に見守られながら、園で穏やかに過ごせる時間が増えた。
クラスの子とのトラブルも減った。
自分と同い年や年下の子にも興味が出てきた。
年下の子におもちゃを取られても切り替えらるようになった。
笑顔で機嫌よく過ごせる日が増えた。
迎えに行くとまだ帰りたくないと毎日逃げられる。
私に後追いが出て来て、姉を家族の一員と認識できるようになった。
一年半前とは、まるで別人のようだ。
もちろん、息子自身の頑張りがあってこそだ。
そして、支えてくださっている先生方のおかげでもある。
でも、ここで私が驚いたのは、脳の特性そのものは大きく変わっていないはずなのに、環境が変わるだけで、こんなにも穏やかになれるのかということだった。
息子にとって刺激の強いおもちゃ屋さんやお菓子売り場では、今でもパニックになることがある。けれど、慣れた小さなスーパーや、静かな児童館なら、息子は落ち着いて過ごせる。
つまり、問題は息子の特性そのものではなく、「息子と環境の相性」にあったのかもしれない。
最近の発達支援では、子どもの困りごとは、本人と環境とのミスマッチから生まれるという考え方が重視されているという。
私は、その意味を、息子から教わった。そう、息子は私にとって発達特性の先生なのである。
* * *
愛着も、きっと同じなのだと思う。どれだけ愛しているかだけでは決まらないのでは?と感じる。
「困ったときに助けてもらえる」
「怖いときに守ってもらえる」
「自分の気持ちを受け止めてもらえる」
そんな経験の積み重ねによって育っていくものなのだ。
心理学では、これを「安全基地」と呼ぶ。
そして、安全基地は、親だけが担う必要はない。
園の先生
療育の先生
支援センターの職員さん
祖父母
地域の人たち
行政の方々
子どもを支える大人が複数いることは、弱さではなく、強さだ。
息子が安心できる場所を増やそうと、一年かけてたくさんの人とつながってきたこと。
それ自体が、息子の安全基地を増やしていたのだと思うし、親二人ないし一人で子育てできるわけがない。子ども一人育てるのに最低大人三人はいる。発達障害関係ないよ。
親族が頼れなかったら、近所を。
近所が頼れなかったら、行政をガンガン使おうぜ。
市役所の福祉課の人たちってあったかいよ。泣きながら助けてくださいって言ったら五人くらいすっ飛んできてくれた。遠慮しないで福祉をドンドン使いなさいって言われた。
スーパーマンとスーパーウーマンは市役所に勤務している。
* * *
娘との関わりも、最近変わってきた。
「今はハグいらない」
「元気がないときはしてほしい」
娘は、自分の気持ちを言葉で伝えてくれるようになった。私は、「分かった」と答える。
嫌だと言われたら、無理にはしない。
でも、してほしいと言われたら、全力で抱きしめる。
子どもが嫌と言えること、大人がそれを尊重すること。
必要なときに助けてと言えること。
それもまた、安心できる関係の土台なのだろう。
一方で、息子はまだ言葉で伝えることが難しい。
だから私は、探偵みたいに情報を集める。
声のトーン。
表情。
園での様子。
睡眠時間。
昼寝の有無。
食事量。
排泄状況。
疲労度。
その日、どんな活動をしたのか。
そうした小さな手がかりを集めて、「今日は刺激が多かったのかな」「お腹が空いているのかな」と考える。
食事やお風呂の時間を調整する。
息子の好きなアニメやピタゴラ装置の動画を一緒に見る。
娘にもしてた。
そして、私が疲れたときには、遠慮なくYouTubeを召喚する。
全部、一人で頑張ろうとは思わない。
だって、私自身も安心基地が必要だからだ。
* * *
子どもを育てていると、不思議なことが起こる。子どものことを考えているはずなのに、気づけば、自分自身の子ども時代を振り返っている。
「私は何が欲しかったんだろう」
「何が苦しかったんだろう」
「本当は、どうしてほしかったんだろう」
そんな問いが、次々と浮かんでくる。私自身も、「愛着の傷」と呼ばれるものを抱えているのかもしれないと考えた。宗教三世だし、土地・時代・経済状況・私の特性・母の特性や相性、状況もあっただろうな。いや、もっとたくさんの要因があったんだ。私には見えなかっただけで。
だから私は、小説を書く。
頭の中に何年も積み上げてきたネタを、言葉にして外へ出していく。
自分の取扱説明書を作るみたいに。
脳内外在化メンバーと会議をしながら。
そうしているうちに、心が落ち着いてきた。
すると今度は、娘や息子に対しても、「この子は、どうしたら安心できるんだろう」と考えられる余裕が生まれてきた。
結局、私が探していたのは、「誰が悪いのか」という犯人ではなかったのだ。
親が悪い。
子どもが悪い。
そういう話ではない。物理的にできない。憎んだり怒ることは宗教上禁じられていて、すぐに私の偏桃体が過活動を起こして自分嫌悪モードに入ってしまうからだ。もはやOSに近い、直したいがすぐには直せない。
「怒るなんてみっともない。どうして許すことができないの。勉強(新興宗教の教義理解)が足りないのね。なんて可哀想な子なの。悪い子になっちゃダメよ。ほら、経典を開いて。たくさん勉強すれば良い子になれるから」
幼少期に繰り返し言われた祖母や母の言葉も聞こえない。泣かずにすむし、動悸もめまいも起こらない。
別に宗教自体は悪くないし好きな部分もカッコいいなと思った部分もある、しかし、この部分だけは私の特性とはマッチしなかった。
大切なのは、「どうすれば安心を増やせるか」を考え続けることなのだと思う。
だから、SNSで「愛着障害」という言葉を見かけたら、私はこう翻訳することにしている。
「これは誰かを責める話ではない」
「安心を増やす方法を考える話なんだ」
「子どもと親、両方の」
そう思えるようになってから、少しだけ、扁桃体の警報音が小さくなった気がしている。
***
「親分」
「どうした?」
本文を書き終えたら、小鬼が横にちょこんと正座して現れた。
「昨日と今日の小説……おいらのことも、書いてありやすね」
「そうだね」
「おいらぁ、昔は本当にうるさかったでござんしょう?」
「まあね」
「嫌われるぞー、傷つくぞー、やめとけーって、毎日大騒ぎしてやした」
「してたねえ」
小鬼は、しゅんと肩を落とした。可愛いな。
「……面目ねぇ」
「なんで?」
小鬼はパソコンの原稿を見つめる。
「息子さんのために、先生方と何度も話して、娘さんの気持ちを聞いて、自分のことも、必死で考えて、
助けてくだせぇって、ちゃんと言えて。安心できる場所を、ずっと探してた。なのに、おいらぁ……親分が一番苦しいときに、後ろから石投げてやした」
「そんなつもりじゃなかったんだよね?」
「へい!」
勢いよく小鬼が頷く。さっきのしゅんがもういない。
「おいらぁ、親分を守りたかっただけなんでござんす!」
「うん、知ってるよ」
「嫌われる前に止めりゃあ、傷つかねぇと思ってやした」
「うん」
「恥かく前に諦めりゃあ、泣かずに済むと思ってやした」
「うん」
「でも、間違ってやした」
「全部じゃないよ」
私がそう言うと小鬼は目を丸くした。
「……」
「危険を教えてくれたのは助かった。ただ、警報が鳴りっぱなしだっただけ」
「あっ」
小鬼は、ぽかんと口を開けた。
「火災報知器が、トースターの煙でも鳴るみたいな感じかな」
「おいら、誤作動しまくりでござんしたか」
「しまくりだったねえ」
小鬼はがっくりとうなだれた。しばらく黙り込んでから、小さな声で言った。
「親分」
「なに?」
「親分は、悪くなかったんでござんすね。お母上も、お祖母様も、悪人じゃなかった」
「うん、相性とかいろんな事情があっただろうし」
「宗教も、全部が悪かったわけじゃねぇ。息子さんも、娘さんも、悪くねぇ」
「そうだよ、子どもたちは悪くない」
「じゃあ……誰が悪かったんでござんすか」
私は、少し考えてから答えた。
「誰も悪くなかった」
小鬼は黙った。
「ただ、みんな一生懸命だった」
「……へい」
「でも、一生懸命だけじゃ、うまく噛み合わないこともある」
「……へい」
「だから、悪い人を探すより、安心できる方法を探したい」
小鬼はしばらく俯いていた。ゆっくり顔を上げる。
「親分」
「うん」
「おいら、これからは『誰が悪いか』を探すんじゃなくて、『親分がどこなら安心できるか』を探す子分になりやす」
「成長したねえ」
「へへっ」
小鬼は照れくさそうに鼻をこすった。
「おっかさんにも、『社長』殿にも、いっぱい教わりやした」
私は小鬼の頭を撫でた、小鬼が笑った。ギザギザした歯がチャーミングだった。もう、追い出そうとは思わないよ。
いてもいい。
騒いでもいい。
最後には、一緒に安心できる場所を探せばいい。
それが私と小鬼の付き合い方なのだと思う。
今は被害妄想アドバイザーの小鬼が助けてくれます。ありがたいです。今後ともよろしくと言ったら機嫌よく『観測者』のところに帰っていきました。今度、平安パロディのあっちの小説に出演させようと思います。




